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AZ-COM丸和のC&Fロジに対するTOB、潮目が変わった分岐点は? 対抗馬SGと企業価値評価

森田富士夫物流ジャーナリスト
「同意なきTOB」と企業価値(写真:イメージマート)

 セブン&アイ・ホールディングスがカナダのコンビニ大手のアリマンタシォン・クシュタールから買収提案を受けたというニュースに驚いた人は少なくないだろう。日本国内でも大手企業間のM&Aが珍しくない時代になってきた。物流業界ではAZ-COM丸和ホールディングス(以下AZ-COM)のC&Fロジホールディングス(以下C&F)に対する株式の公開買付け(TOB)が、業界関係者の関心を集めた。

 その後、佐川急便を傘下に持つSGホールディングス(以下SG)がホワイトナイトとしてTOBを提案。C&FはSGの提案に賛同して応募を推奨することを決議し、両社は5月31日に共同記者会見を開いた。

 7月13日には、SGが下限の66.67%を上回る84.83%の株式を取得してTOBが成立したことを発表。C&Fは9月20日に臨時株主総会の開催を予定し、10月9日に東証プライム市場から上場を廃止する見通しである。

 これら一連の経緯を振り返り、今後ますます増加するだろう物流業界のTOBなどの参考にしたいと思う。そこで、①AZ-COMがC&FのTOBを開始するまでの経緯、②経済産業省の「企業買収における行動指針」(2023年8月31日公表)を踏まえたC&Fの対応と状況が一変したターニングポイント、③SGによるC&Fに対する企業評価の3点に絞ってまとめた。

AZ-COMの和佐見勝社長はC&F設立後間もなく株式を所有しTOB開始公表時には3.35%を保有、5年ぐらい前から業務提携などを打診

 名糖運輸とヒューテックノオリンが経営統合してホールディングスのC&Fロジが設立されたのは2015年10月。だが、AZ-COMの和佐見勝社長とC&F前社長の林原国雄氏とは経営統合以前の名糖運輸社長の当時から面識があり、一説によるとそのころから業務提携などの話があったといわれる。

 5月13日の決算説明会の会見で、和佐見氏が、少なくとも5年前から提携や経営統合に向けた話をしてきたと語ったことを複数の業界紙が伝えている。つまり3月21日発表のTOB開始予定に関するお知らせは突然のものではない。

 和佐見氏は2016年6月からC&Fの株式を所有し、逐次追加取得してTOB開始予定を公表した3月21日時点では3.35%を保有している。

 そしてAZ-COMとC&Fの両社はTOB開始予定を公表する以前から何度も交渉を持っている。最初は2022年10月に、AZ-COMが経営統合に関する提案をC&Fに打診した。同時に、AZ-COMが埼玉県松伏町に建設する「国内最大規模の食品物流センター(以下松伏C)」プロジェクトでの協業を提案した。

 それを受けて両社の役員間では非公式の面談を2023年3月までの間に数回行っている。そのような経緯を経て、両社間で公式に検討を始めることになった。同時並行で松伏Cプロジェクトの協議も進められた。

 これらの結果、統合ありきではなく業務提携でも十分ではないか、というのがC&Fの意向だった。また松伏Cをめぐっては、両社間の意見の相違が大きかった。そこでC&Fは2023年10月5日に、AZ-COMに経営統合などの検討中止決定を通知した。

 この検討中止の通知がなぜ10月5日だったのか。大手企業のIR(投資家向け広報活動)などに詳しいある関係者は、C&Fが11月16日に自己株式の取得実施をリリースしている点に注目。M&Aや経営統合などを検討中では自己株式取得はできないので、いったん中断するというタイミングだったのではないかと指摘する。同時にこれがC&Fの結論ともいえる。いずれにしてもAZ-COMからの経営統合提案からほぼ1年が経った時点での検討中止通知だった。

 業界は違うが同年11月20日に、ニデックがTAKISAWAに対するTOB成立を発表した。経産省が「企業買収における行動指針」を公表してから初めての大型企業による「同意なきTOB」(行動指針以前は『敵対的TOB』)として注目された。

 C&Fに経営統合案を断られたAZ-COMは、2024年1月に「同意なきTOB」を判断したとされるが、経産省の「行動指針」が影響したのだろうか。この点についてAZ-COMは「基本的に当該TOBに関するご取材は全てご辞退申し上げております」とのことで、確認は取れなかった。しかし、どの業界に限らず、同指針が今後の大型M&Aなどの推進力になることは間違いないだろう。

潮目を大きく変えたのは4月10日のC&Fの「一部報道について」と「公開買付けの開始予定に関する質問事項」の2文書

 AZ-COMは3月21日にC&Fに対する「公開買付け開始予定に関するお知らせ」を公表した。完全子会社にする目的で5月上旬を目途に買付け開始を予定するもので、1株当たり3000円を提示した。この金額は基準日(3月19日)終値2040円に対して47.06%のプレミアム率である。それに対してC&Fは4月1日開催の取締役会で、AZ-COMからの提案と、真摯な対抗案が第三者からだされた場合に検討を行う特別委員会の設置を決議した。

 その後、両社は質問や回答をくりかえし、そのつど公表している。詳細は割愛するが全体的には短期決戦での決着を目指して攻めるAZ-COMと、有力な対抗馬出現に時間を稼ごうとする守りのC&Fという構図で事態が進行したようにみえる。

 だが、両社が公表した資料などから感じるのは、早くも4月10日に潮目は大きく変わり、実質的には攻守所を変えたのではないか、ということである。C&Fは4月10日に2つの文書を公表した。「一部報道について」と「‥当社株式に対する公開買付けの開始予定に関する質問事項の送付に関するお知らせ」である。

 「一部報道について」は、日本時間の4月9日付けで「Mergermarketの有料会員向け英字記事の配信において、『当社がホワイトナイトを探索している』との趣旨の報道がありましたが、当社が発表したものではありません」というもの。ここまでなら珍しいものではない。だが、注目すべきなのはその後に「当社は複数の初期的な提案を受領したことは事実‥」としている点だ。報道された記事は当社が発表したものではないというだけでも良いはずだ。後半の部分は、しかし対抗馬はいますよ、とAZ-COMに牽制球を投げたに等しい。

 もう一つのAZ-COMに対する質問事項の送付に関するお知らせもそうだ。質問事項は、①公開買付けの開始時期、②公開買付けの下限について、③松伏Cのプロジェクトについて、④和佐見氏について、⑤ディスシナジーについて、⑥本取引後のAZ-COMの財務リスクについて、⑦ガバナンス体制についてを質している。

 この点についてIRや広報に詳しい一人は、あえて各質問項目について詳しく公表した点がミソという。外部への発表は、ただ何項目の質問を送付したというだけでも良い。するとAZ-COMも質問に回答したという発表だけで済む。だが、質問項目も細かく発表されると、回答内容も公表しなければならない。AZ-COMの4月15日の「‥4月10日付質問状に対する回答書の提出に関するお知らせ」がそれだ。

 C&Fは4月19日にも「‥追加質問事項の送付に関するお知らせ」を公表しているが、4月10日の質問状とそれに対する4月15日のAZ-COMの回答書を読むと、印象効果が明らかだ。かなり関心の高い業界人や荷主関係者のシンパシーの喚起に成功したように思える。それを契機に潮目が変わった観がある。

AZ-COM提示の1株3000円かSG提示5740円か、物流企業の企業価値は定量的な算出だけではなく定性的側面からの評価も必要

 その後の経緯は割愛するが、SGの1株5740円はかなり高いという報道が多かった。だが、そうだろうか。

 AZ-COMのTOBに対して対抗馬は9社あり、そのうち最終的に残ったのは4社だった。取材によれば、この4社はいずれも5000円台を提示していたという。5740円は4社中で一番高かったのだろうが、必ずしも突出したものとはいえないようだ。そこでTOBにおける物流企業の価値という面から見ることにしよう。

 あるM&Aのコンサルタントは、AZ-COMの3000円は妥当な線と思っていた、という。理由は、総資産より高い差額をのれん代というが、のれん代は10年以内で償却する。それ以上の利益が出せないと「のれん負け」といって買収時の判断が問われるが、3000円はその範囲だった、と説明している。

 だが、対抗馬として残った4社はいずれも5000円台を提示していたと思われる。そのギャップはどこにあるのだろうか。

 やはりM&Aに詳しいある関係者は、AZ-COMは最初は3000円で行けると思っていたのだろうという。ただし、対抗馬に時間を与えないように短期決戦を挑んだとみている。だが、対抗馬が現れた場合には、おそらく最高で4000円台の半ばまでは覚悟していただろうと分析する。かりに4500円としても3000円の1.5倍である。それでも5740円とは1240円の差がある。

 一方、SGは株価、アセット(拠点や車両)、ノウハウ、希少価値(冷凍冷蔵物流の大手はメーカー系が多くC&Fは独立系の最大手)、資産時価総額、DCF(ディスカウントキャッシュフロー)、プレミアム(のれん代)、シナジー効果などから算出したものと思われる。

 ここでノウハウについて触れておきたい。物流企業のノウハウといえば一般には荷物の取扱いなどのレベルを考えるだろう。だがそれだけではなく、C&FにはBCP(事業継続計画)など危機管理面で特異なノウハウを持っている。

 まだ経営統合前のヒューテックノオリンだが、2011年の東日本大震災で6カ所の自動倉庫が壊れた。だが、5カ所は24時間以内に、1カ所も5日目には社内の技術スタッフの力で復旧させた。ほとんどの物流事業者は自動倉庫のメンテナンスや修理をメーカーに委託している。東日本大震災では被災した自動倉庫が多く、メーカー任せでは復旧に日数がかかった。しかし当時のヒューテックノオリンの施設本部には車両部、情報システム部、施設マテハン部があり、施設マテハン部だけでも40人の技術者がいて全国26カ所(当時)の拠点に配置されていた。物流事業者でこれだけの技術要員を揃えている企業は珍しい(「M Report」2011年7月号より)。現在では名糖運輸でも自動倉庫には技術スタッフが配置されている。

 TOBなどにおける物流事業者の企業価値は、定量的な分析や試算だけでは評価できない。このような定性的な面も含めて総合的に判断することが必要だ。

 SG内における今後のC&Fの位置づけは、中間持株会社という形になる。名糖運輸やヒューテックノオリンなどの事業会社は、中間持株会社であるC&Fの下に位置づけられる。

 だが、5740円は安くない。中間持株会社となるとC&Fのコストもかかるので「のれん代」の償却にも関係してくる。この点については、中間持株会社のコスト以上のシナジー効果を見込んでいるようだ。SGによると、C&Fの利益成長イメージとして「2024年3月実績での営業利益47億円を2029年3月期には約120億円に成長する計画」という。

物流ジャーナリスト

茨城県常総市(旧水海道市)生まれ 物流分野を専門に取材・執筆・講演などを行う。会員制情報誌『M Report』を1997年から毎月発行。物流業界向け各種媒体(新聞・雑誌・Web)に連載し、著書も多数。日本物流学会会員。

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