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高速道路の大型トラックの走行速度見直しから約3週間 まだ大きな影響はないが今後を懸念する声も

森田富士夫物流ジャーナリスト
大型トラックの高速道路走行速度見直しの影響は?(写真:イメージマート)

 4月1日から高速道路における大型トラック(大型車と車両総重量8トン以上の中型車)の速度制限が、時速80キロから90キロに引上げられた。大型トレーラについては従来通り80キロのままである。

 大型トラックや大型トレーラなどの高速道路における最高速度は、1963年に道路交通法施行令で定められた80キロのままだった。しかし、働き方改革関連法令により、4月1日からトラックドライバーの年間最大残業960時間が施行になった。また、トラックドライバーの拘束時間や休憩、休息時間などを定めた改正「改善基準告示」も施行された。いわゆる「2024年問題」である。

 これらトラックドライバーの労働時間短縮に伴う対応策として、「我が国の物流に関する関係閣僚会議」は昨年6月2日、「物流革新に向けた政策パッケージ」を決定した。その中の一つに「高速道路のトラック速度制限の引上げ」がある。

 それを受けて「高速道路における車種別の最高速度の在り方に関する有識者検討会」が設置された。有識者検討会では、大型トラックの高速道路における事故件数の推移やデータ分析、実勢速度の調査結果、スピードリミッター(上限90キロ)の装着、大型トラックの車両設計上の安全性能、衝突被害軽減ブレーキなど安全装置の性能向上などを検討。その結果、昨年12月に大型トラックの速度を90キロに引上げる提言をした。それを受けて警察庁は道路交通法施行令を改正して4月から実施した。

 一方、大型トラックの高速道路における最高速度の見直しについては、昨年6月に「政策パッケージ」が発表された当初から反対の声が多かった。ドライバーの精神的疲労の強化になって働き方改革に逆行することや、事故発生の危険性が増大することなどが反対の理由である。

社内速度は80キロ維持の事業者が多く現状では大きな影響はないが、スピードリミッター無視のトラックが増えたというドライバーの声も

 大型トラックの高速道路における最高速度90キロへの引上げから約3週間が経った現在の状況を取材した。速度引上げからまだ間がないので、全体的には大きな変化はないようだ。社内速度も従来通り80キロ維持という事業者が多い。

 「ドライバーも含めて社内で話し合ったが、当社は時速80キロを維持する方針」(関東)。「地域の知り合いの事業者たちに聞いたが、社内速度は80キロのままで変えないという事業者がほとんど。当社も社内の安全会議で話し合ったが、ドライバーも80キロで反対はない」(中部)。

 「社内速度は決めていないが90キロには反対で、これまでの速度は変えない」(四国)。「スピードリミッターが90キロなので影響はない」(中国)。

 また、この間に長距離輸送から撤退したり、モーダルシフトを進めたりした事業者もいる。「とくに影響はない。労働時間の問題もあって長距離輸送からは撤退し、地場の仕事に切り替えてきた」(中部)。「当社では長距離輸送から撤退してきたので2024年問題は関係ない」(近畿)。「長距離輸送の荷物はJRコンテナを利用している」(東北)。

 一方、北海道は高速道路でも最高速度が制限されている区間が多いという。「当社は影響がない。北海道の高速道路は速度を制限している区間があり、たとえば札幌~小樽では最高速度が80キロに制限されている。その他にも部分的に速度制限の区間があるので影響は少ないはず」(北海道)。「影響は全くない。北海道の長距離輸送ではトレーラが多いので、最高速度が変わっていない」(北海道)。

 今回の車種別の走行速度制限の見直しで大型トレーラは80キロのまま据え置かれた。トレーラ輸送が主体の事業者は「速度の引上げには反対だったが、トレーラは80キロのままで変更されなかったから良かった」(北海道)と話す。

 このように現在の時点では社内速度を変えないという事業者が多い。だが、社内でドライバーの情報を集約した事業者によると「かなりのスピード(90キロ以上)で走っている大型トラックが増えてきた」(関東)という報告が多いという。その点については労働組合関係者も「現在の時点ではアンケート調査などをしていないが、個々に状況を聞く範囲では、すでに影響が出ており全体的に大型トラックのスピード(90キロ以上)が上がっているという声がある」と話す。

時速90キロへの引上げは、現状追認、リミッターや新設計による車両への代替えなしなど「実に巧みな落としどころ」だった

 有識者検討会に提出された調査結果によると、実勢速度は大型トラックが87キロ(約3,000台調査)で、大型トレーラが84キロ(約900台調査)だった。つまり、これまでもスピードリミッター(90キロ)の上限以下ではあるが、実際には80キロを上回る速度で走行していたことになる。

 これも現在の時点で「大きな影響がない」が大勢を占めている一因だろう。

 「最高速度90キロは意味がない。これまでも実際にはマックス90キロで走っている」(中国)。「これまでは85キロを超えていると個別に注意していたが、85キロまでは容認していた。今度はそれが合法的になっただけなので、これからも方針を変える考えはない」(九州)。「これまでも80キロでは走っていない。80~85キロで走っているのが実態だったので変化はない」(中部)。「これまでも実態としては92キロまで出ていた。それが合法的になっただけ」(中国)。

 事業者の多くは、スピードリミッターの上限は90キロだが、実際には92、93キロまではスピードが出せたという。これにはスピードメーターの誤差もあるようだ。ある事業者によると、「地図上の距離、オートクルーズの設定速度、実際の所要時間などから社内で試算したスピードメーターの誤差は最大でプラスマイナス5%ぐらいある」(九州)という。

 これらの事業者の話からは、有識者検討会の調査結果のように実勢速度としては87キロぐらいで走っていたようだ。つまり90キロへの引上げは現状追認の範囲内といえる。トラック運送業界団体の関係者も「スピードリミッターが90キロで変わらない限りは、速度的には頭打ちなので外観的には変わっていない。そのため現在の時点ではハレーションがないのだろう」という。

 そのため90キロでは不本意という事業者もいる。「本音をいえば90キロでは物足りない。追い抜き時の安全が問題で、100キロなら追い抜き時の危険が減少する」(四国)。

 また別の事業者は、「最高速度を100キロまで認め、スピードリミッターを110キロにしてもらいたい。これまでは80キロだったので、取引先には高速道路の平均走行速度を75キロという設定で説明していた。今度は90キロになったとはいえ、スピードリミッターが90キロのままでは運行計画の設定速度を変えられない。スピードリミッターを100キロにしてもらえれば平均走行速度を85キロで運行計画が立てられる。高速道路の平均速度を85キロで走れれば、地元のインターから東京まで片道2時間30分の短縮になる。95キロなら5時間の短縮が可能だ」(九州)という。

 いずれにしても最高速度に関しては実勢速度の追認といえる。また、スピードリミッターも90キロのままで、車両設計の前提になっている速度も変わらないため新設計車両への代替えの必要もない。このようにみてくると最高速度90キロへの引上げは、「我が国の物流に関する関係閣僚会議の顔を立てつつ、安全も担保するという実に巧みな落としどころ」(業界関係者)だったようだ。

影響が出てくるのは半年後との見方も、懸念されるのはダイヤ見直しや着時間を変えず出発時間を遅らせるなど「労働強化」と「安全軽視」の強要

 とはいっても、今後に懸念される課題も今回の取材からみえてきた。それは、すでに「90キロを超えるスピードで走る大型トラックが増えてきた」、というドライバーの人たちの証言である。ある事業者は「当社のドライバーの報告では、早速、90キロ以上のスピードで飛ばしている運送会社もあるという。ドライバーたちはスピードリミッターを外しているのではないかと話している」(関東)。

 「ネットでスピードリミッターの上限90キロを解除するソフトが売られている。以前は制限を解除するとそのままだったが、最近は車検の前などにリセットできるソフトもある。このようなソフトを導入している事業者は、関係者に聞くと輸送距離が片道400~500キロぐらいの中距離輸送をしていて、着時間は決められているが、発荷主の積込み時間が遅くなったりする仕事をしている事業者に多いようだ」(近畿)。

 いずれにしても「最高速度90キロへの引上げの具体的な影響が表れてくるまでには半年かかる。秋ぐらいから様々な影響が出てくる」という見方が多い。

 懸念される影響の一つは荷主企業や元請事業者からの要請である。「社内速度は従来通りで90キロを容認していない。だがダイヤ運行している全国ネットの大手事業者の幹線輸送の仕事では、高速道路の走行速度を90キロに上げた運行計画で走らせようとしてくることが予想される」(北陸信越)。

 また、ダイヤは組んでいないが、着時間は変えずに出発時間を遅らせる荷主も予想される。販売先からのオーダーの締め時間を遅くして受注量を増やし、積込み時間を遅くして積載率を高めようとする発荷主だ。だが、「出荷場への着車時間も遅らせてくれるのなら拘束時間の短縮になる」(四国)という意見もある。

 もちろん安全重視の荷主もいる。「当社は80キロのままだが、荷主もスピードアップには反対で安全を強調している」(関東)。だが、そのような荷主ばかりではないのも事実だ。そこで、いずれは荷主から様々な要請があるだろうと想定し、ドライバーの安全のために現状の80キロを死守するにはどのように対応するかを社内で検討している事業者もいる。「社内速度は80キロで行く。もし、荷主から高速道路は90キロを前提にしたリードタイムの要請があっても、社内速度80キロを維持するために安全の重要性の強調など理論武装をしている」(北陸信越)。

 それでも強要してくる取引先からは撤退するという事業者が数社あった。

 また、「契約内容によって受け止め方が違ってくる。当社は原価その他を時間換算している。時間軸での運賃契約なので、スピードを上げて運行時間が短くなると運賃も安くなってしまう。安全を前面に出して80キロを維持するようにして行く」(中部)という事業者もいる。

 一方、「当社は社内ルールを変えない。だが、周りのトラックがみんな速くなって80キロで走っていると危ない、といった逆の意味での悪い影響があれば、見直さなければならなくなるかも知れない」(中部)といった心配もあるという。

 有識者検討会の提言では、「今回の引上げの影響を見極めた上で、更なる社会的要請があり、新たな車両の開発等の状況変化が生じた際には、将来的に引上げを検討する可能性は排除されない」(提言要約より)としている。ここではドライバーの精神的疲労の強化や、それに伴う人的原因による事故発生増加の可能性には触れられていない。だが、将来の「検討する可能性」には、最高速度を80キロに戻すという選択肢も「排除されない」ことが必要ではないか。

物流ジャーナリスト

茨城県常総市(旧水海道市)生まれ 物流分野を専門に取材・執筆・講演などを行う。会員制情報誌『M Report』を1997年から毎月発行。物流業界向け各種媒体(新聞・雑誌・Web)に連載し、著書も多数。日本物流学会会員。

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