最速148キロ、奪三振率は驚異の18.21 秋吉亮(ヤクルト―日ハム―福井)、NPB復帰へ向けて万全
■三者連続三振で5セーブ目
「あと1球!」「あと1球!」
福井県営野球場に野球少年少女たちのかわいい声がこだまする。九回表、マウンドには福井ネクサスエレファンツのクローザー・秋吉亮投手(東京ヤクルトスワローズ―北海道日本ハムファイターズ)の姿があった。
5月29日、対石川ミリオンスターズ戦は先制を許し、六回が終わった時点で2-4と劣勢だった。しかし七回に阪口竜暉選手の第5号3ランで逆転し、5-4の1点リードで九回を迎えた。
自身の持ち場で登場した守護神は、打者の内外を巧みに投げ分け、三者連続で三振を奪ってゲームを締めた。5セーブ目を挙げ、満足そうに汗をぬぐった秋吉投手には、スタンドの子どもたちから惜しみない拍手と賛辞が贈られていた。
「嬉しいよね。声援もよく聞こえていたし、自分が投げるとき、バックネット裏まで来て見てくれていた(笑)。水色、目立つやん。すぐわかった」。
一塁側ベンチ上あたりで応援していた子どもたちは、秋吉投手が登板するやネット裏に移動して、そのピッチングに見入っていたようだ。
■小学生対象のピッチング講座
秋吉投手が指摘したおそろいの水色のTシャツ。前面には友人が描いてくれた自身の似顔絵とマスコットキャラクター「ネクぞうくん」がプリントされている。
これは試合前に開催された「秋吉亮投手のピッチング講座」に参加したメンバー17名に配布されたものだが、参加者たちは秋吉投手の講習を受けたあと、さらに実戦での“生きた教材”を目にすることができたわけだ。
講座での子どもたちは、秋吉投手の一言一句を聞き漏らすまいと真剣に耳を傾け、積極的に手を挙げて質問をぶつけていた。
参加チーム「宝永パワーズ」のキャプテンが「プロのピッチャーが意識しているところとか、毎日どのような練習をしているかを知ることができた。L字にしたところから足をまっすぐ出して相手の胸に向かって投げることとか、ボールの握り方も教わった」と笑顔を見せると、副キャプテンも「秋吉選手の教え方がうまくてわかりやすかった。『絶対にこのバッターを抑える』という気持ちをもって投げると教わった。僕もその気持ちでやります!」と気合を入れていた。
そのほか「秋吉選手はこんな気持ちで、このようなリリースポイントで、1球1球を大事に投げているんだとわかった」とか、「すごくかっこよかった。『九回に出るよ』って言ってたけど、ほんとに出てくれて嬉しかった」など、口々に感想を聞かせてくれた。
初めて触れ合えたプロ野球選手、初めて教わった技術、そして初めて知り得たプロの意識…小学生ながらにそのすごさは十分に感じ入ったようで、子どもたちの興奮はずっと収まらなかった。
■真剣に教える秋吉投手
「小学生に教えるのは好き。教えたあとに試合を見てもらえると、より喜んでもらえるし、ああいう活動をたくさんしていきたい」。
そう語る秋吉投手の指導はとても丁寧だ。「小さい子は難しいことは理解できないと思うから、わかりやすく教えることが大事だと思っている。学年によっても違うし、わかりやすい言葉を心がけている」と子どもたちの目をみて、理解度を計りながら言葉を選ぶ。
「すごく真面目に聞いてくれていた。あんなにみんなが質問するのも、なかなかない。時間が15分で短かったけど、ああいうのを月に1回でも入れていければおもしろいかな」。
今後も積極的に取り組んでいきたいと意気込んでいる。
球団設立当初から地域密着や地域貢献を考えてきた篠田朗樹社長は、これまで福井市に野球教室の企画を提案してきたが、「今回、初めて球団主催で開催できた」と喜ぶ。
「前日もほかの選手による野球教室をやって、この日は投げる動作に特化してやろうと秋吉さんを講師に開催した。初めてで不安はあったけど、やってよかったなと思った。参加した子どもたちが試合中に踊ったりして、すごく盛り上がった(笑)。こどもたちの反応もめちゃくちゃ嬉しかったし、最後も秋吉さんの登板で終わって最高に気持ちよかった」。
大成功に終わり、篠田社長の顔から安堵の笑みがこぼれた。今週末のホームゲームでも急遽、野球教室の開催を決め、今後さらに力を入れていく方向だ。
■驚異の奪三振マシーン
さて肝心の秋吉投手のピッチングだが、現在めきめき調子を上げている。球速、キレともに格段に上がり、この日は最速148キロを計測した。
「まっすぐの質が上がってきてるから、空振りがしっかり取れている。三振は全部まっすぐ。その前にインコースを使って、スライダーも織り交ぜて、最後は外勝負って感じだった」。
この日のピッチングをこう振り返った。
特筆すべきはやはり奪三振数だろう。この日の3つに加え、同31日にも3つ奪って通算29コ、奪三振率は18.21になった。イニング数の倍以上の三振を奪っているという計算になる。
開幕からここまで12試合、14回1/3に投げて、三振が記録されなかったのは初戦の1試合のみ。9試合で複数三振を奪っている。4連続が2度、3連続は3度に上る。驚異の…いや、脅威の“奪三振マシーン”と化しているのだ。
開幕当初はストレートの球速が135キロ前後しか出なかった。これまでより遅いシーズン前の始動、経験したことのない寒さ、コロナ禍による実戦不足…さまざまな要因が重なった。
「球場練習とかも少なかったから、調整も遅れていた。NPBでいえば、やっと今、キャンプが終わったかなくらいの状態。めっちゃ寒かったから、最初は肩の状態もあんまりよくなかった。回らなかったりとかね。それがやっと肩もよくなってきたって感じかな」。
ようやく戦える体に整ってきた。それが結果にも表れだした。
もちろん、相手がNPBの選手と比べて打撃技術の劣る独立リーガーたちだということも、考慮せねばならない。ただ、ストレートを狙ってそのタイミングでどんどん振ってくる。そういった若武者たちにストレートで真っ向勝負ができ、これだけ三振が奪えているのだから、その力は本物だ。
三振は常に狙っているのか。
「空振りは狙いにはいっている。いいコースに投げれば空振りは取れる。甘く入るからフライアウトとかゴロアウトになるだけで」。
三振を狙うのではなく、あくまでも「いいコースに投げる」ことが主眼だ。それが思いどおりにできるようになってきた今、結果的に三振という形に帰結しているようだ。
防御率3.77は決していい数字とはいえないが、これは序盤の調整遅れによる失点が祟ったもので、現在の状態を表すものではない。5月は1失点のみの0.97で、好調であることは疑いようがないだろう。
■日本海オセアンリーグの至宝
そんな秋吉投手を、オセアンリーガーたちはみんな慕っている。練習時からピッチングについての薫陶を授かり、ブルペンでは配球について教示を受ける。
「秋吉さんに教わって変わりました」「秋吉さんに言われたことをやったら、よくなりました」という投手は後を絶たない。
さらに自チームのみならず、他の3球団の選手たちも隙あらば話を聞きたいと寄ってくる。先日行われた横浜DeNAベイスターズとの選抜試合(*注)では、ここぞとばかりに「教えてください」と“秋吉詣で”が展開された。
元NPB選手だからといって偉そうなところは微塵もない。年上だからといって先輩風を吹かせるわけでもない。壁を作らず、誰もが気さくに話しかけやすい雰囲気を醸し出している。
「(チームメイトと)普通にごはん食べに行ったりするし、フレンドリーにやっている。あ、石川の野村(和輝)だけは俺のことナメてるけどね(笑)。でもまぁ、かわいい感じなんだけど」。そう言って、相手チームの15歳下の弟分に目尻を下げる。
元NPB選手としての存在感は、日本海オセアンリーグにとっても大きな財産になっているのだ。
■福井の篠田朗樹社長からの熱烈オファー
「秋吉さんが来てくれて、本当に助かっています」と頭を下げるのは篠田社長だ。秋吉投手の入団は、同い年の篠田社長からの熱烈ラブコールが始まりだった。
古巣からノンテンダーを通告され、“浪人”状態だった秋吉投手に、「共通の知人がいたので。でも無理だろうとは思ったけど」とダメ元でオファーを出した。電話で熱い思いを届けること3度。すると秋吉投手から「福井で頑張りたい」との返答がきた。
「もう、嬉しかったですね」と篠田社長は飛び上がって喜んだ。
秋吉投手も他の独立球団から何件か話があった中、新しいリーグの新球団というところに魅力を感じ、篠田社長の熱意にも心動かされ、ネクサスエレファンツでNPB復帰を目指そうと決意を固めたのだった。
福井には単身で乗り込んだが、「大変っていうのはない。洗濯とかも普通に日課で、帰ってきてすぐ脱いで洗濯機回す、みたいな(笑)。ごはん作ったりもたまにするけど、めんどくさくなったら食べに行ったりしちゃう」と、不自由なく順応できている。柔軟性があり、適応力が高いということだろう。
今、秋吉投手が憂いているのは観客の少なさだ。「もうちょっと入ってほしい」と自ら頭を捻り、企画やアイディアを社長に提案している。
「野球選手だけじゃなくて、そういうのも考えないといけないかなと思って」と、プレー以外でも何か貢献できないかと模索しているのだ。
また、自身の個人スポンサーも募りたいと考えている。ユニフォームにロゴを入れたり会社訪問をしたりと、還元できることを検討中だ。
■NPB復帰に向けて
ただ、秋吉投手自身、いつまで福井にいられるのかはわからない。まずはNPBに復帰することが一番の目標であるからだ。
「今の状態をキープというか、もっとよくなるに越したことはないけど。とにかく呼ばれたときに、いい状態でいかないといけない」。
試合はほぼ土日に集中し、多くて週に3試合だ。好調を維持するのも至難だが、「練習でもピッチングをして、状態を下げないように調整する」と工夫している。
あとはいいタイミングでスカウトに見てもらうのを待つだけだ。
■篠田社長の夢
見守る篠田社長には、こんな夢がある。
「秋吉さんにNPBに戻ってもらうっていうのも僕も一つの目標ではあるんですけど、今いる若手もNPBに行ってほしいんですよね。その育成も秋吉さんにやってほしいなと期待してるんですよ」。
秋吉投手の復帰に続いてチームからドラフト指名となったら、こんなに嬉しいことはない。
「ドラフト指名されて、そのときには秋吉さんはどこかのチーム(NPB球団)にいる。指名会見で『秋吉さんのおかげで僕は指名されました』って言って、そのときに動画とかで秋吉さんのコメントをもらえたら、すごくドラマチックだなぁなんて考えてるんです」。
素晴らしい夢だ。しかしその実現には、とにもかくにもまずは秋吉投手のNPB復帰である。
NPBも開幕から2ヶ月が経過し、交流戦に入った。中継ぎ投手不足に悩むチームも見えてきた。今こそ秋吉投手の力が必要なチームがあるのではないだろうか。
秋吉投手にとっても、NPB復帰はもう自分だけの目標ではない。福井球団の、そして球団社長の思いも背負って腕を振る。
(表記のない写真の提供:福井ネクサスエレファンツ・ボランティアスタッフ)
(*注)
日本海オセアンリーグ4チームから代表メンバーを選出して1チームを結成し、NPB球団のファームと対戦する。
その第1弾として5月11日、12日に横浜DeNAベイスターズ戦(横須賀スタジアム)が行われた。