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1年で主演作が3本も公開。異次元レベルの演技も。快進撃の江口のりこ、もはやバイプレイヤーではない?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『愛に乱暴』より

こんな状況になって、本人がいちばん驚いているかもしれない。しかし俳優たるもの、これは夢のひとつの実現ではないか。

ここ数年、映画やドラマでメジャーな人気を獲得した江口のりこ。一般的ブレイクのきっかけが2020年の「半沢直樹」だったように、どちらかと言えばバイプレイヤーで存在感を発揮してきたタイプ。そんな彼女が、2024年は主演を務めた作品がなんと3本も映画館で公開。ちょっと異例ともいえる活躍ぶりである。

過去にも江口が主演を務めた作品はある。ドラマは「野田ともうします。」(2010〜2013)、「SUPER RICH」(2021)、「ソロ活女子のススメ」(2021〜2024)など。映画も『月とチェリー』(2004)、『砂の影』(2008)、『戦争と一人の女』(2013)など。しかし他の大量の出演本数を考えると、主演作品はあくまでもレアな枠。にもかかわらず今年だけで3本なのは、偶然が重なったとはいえ、江口の絶好調ぶりを証明する。彼女を「メインの役で撮りたい」と強く思うクリエイターが増えたからに違いない。これは江口を「観たい」という人の数に比例している気もする。

2024年の1本目の主演作は、すでに4月に公開済み。『あまろっく』。クレジット的には中条あやみとのW主演だが、ストーリーの軸として観る者を最も感情移入させるのが、江口が演じる優子である。39歳で独身。仕事に生きる人生だったが、リストラされて目標を喪失。尼崎の実家で不本意な生活をしている役どころ。こう言っては失礼だが、たしかに江口が演じたらハマり役で、実際にそうなっている。特に父親役の笑福亭鶴瓶を相手にした、江口のツッコミ演技は賞賛され、コミカルなヒューマンドラマを予想していたら意外に感動してしまった…という声も多数。こうした「意外性」も江口らしい。

母を連れて温泉旅館に来た三姉妹のドラマ『お母さんが一緒』。江口はクレジットのトップ、つまり主演である。
母を連れて温泉旅館に来た三姉妹のドラマ『お母さんが一緒』。江口はクレジットのトップ、つまり主演である。

この「あまろっく」の延長線上とも感じられる役が、2本目の主演作『お母さんが一緒』(7/12公開)。これはもともとCSのホームドラマチャンネル用に作られ、すでに2月から放映されたものを、劇場公開用に再編集した作品。厳密に言えばドラマなのだが、映画バージョンということで3本の主演作のひとつと数えていい。

ここで江口が演じたのは三姉妹の長女・弥生。2人の妹が「美人姉妹」と呼ばれ、ずっとコンプレックスを抱えていたため、結婚など考えず、仕事一筋だった。このあたりは「あまろっく」と重なる。江口のイメージに添ったパターンか。

性格もかなり屈折しており、好き勝手に生きているように見える妹たちの言動が我慢ならない。仕事に生きてきたのに、今さら結婚しなかったことを母親からは責められる。そんな自分の顔を鏡で見て、なんだか切なくなる……。クセ強めながら、思わず共感も誘う弥生役は、かなりハイレベルな演技力が要求されるのだが、それを軽々とこなす(ように見える)姿は、江口のキャリアが凝縮された印象。次女役の内田慈、三女役の古川琴音とのバランスも絶妙で、過激な姉妹ゲンカにも“家族あるある”で笑わせる。通常、なかなか評価されづらいコメディ演技だが、この作品の江口のりこは、自分では真剣なのに観る側が笑ってしまう…という難度の高い技を、全編にわたって披露する。

そして3本目の『愛に乱暴』(8/30公開)が、言ってみれば「とどめを刺す」衝撃作。『あまろっく』や『お母さんが一緒』と違って、江口が演じるのは主婦の桃子。小泉孝太郎の夫との冷めた日常や、些細ながら謎めいた出来事の連続で、精神的にも追い詰められていく役どころだが、吉田修一の原作を読む限りでは、江口のいつものイメージとはかなり異なっていると感じられる。しかしそんな役を、江口は自分に引きつけていく。もし今年度の映画賞に彼女が絡むとしたら、この『愛に乱暴』ではないか。いやむしろ、今年の日本映画界を代表する演技と言っても過言ではない。

近所で不審火が続き、可愛がっていた猫がいなくなり、SNSでは謎のアカウントが表示され…。不穏な日常に、主人公・桃子はどう対処するのか。『愛に乱暴』
近所で不審火が続き、可愛がっていた猫がいなくなり、SNSでは謎のアカウントが表示され…。不穏な日常に、主人公・桃子はどう対処するのか。『愛に乱暴』

この『愛に乱暴』は原作の構成からして、映画化が非常に難しいと思われた。演じた俳優によって、またちょっとしたアプローチのズレで、作品全体が瓦解するリスクもあった。そこを江口のりこに任せた作り手のセンス、その勝利か。

これら江口のりこの主演作は、特大ヒットを狙う映画ではない。だから2024年のこの活躍を「快進撃」と表現するのは、やや大げさかもしれない。しかし同時に、メジャー作品では、たとえば『もしも徳川家康が総理大臣になったら』(7/26公開)では北条政子を演じるという、バイプレーヤーとしての本領も発揮。ますます演技の幅を広げているのは確かだ。

少なくともーー自分にぴったりの役を任される絶大な信頼、そしてイメージを覆すほどの野心的なキャスティング、その両側面をフルに受け止めるという、俳優としての「至福」を江口のりこが味わっているのは、事実ではないだろうか。

『もしも徳川家康が総理大臣になったら』7月26日(金)、全国東宝系にてロードショー

(C)2024「もしも徳川家康が総理大臣になったら」製作委員会

『お母さんが一緒』7月12日(金)、新宿ピカデリーほか全国公開

(c) 2024 松竹ブロードキャスティング

『愛に乱暴』8月30日(金)、全国ロードショー

(c) 2013 吉田修一/新潮社 (c) 2024 「愛に乱暴」製作委員会

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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