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数年後は実力派スターか。初の出演作での煌めきを われわれは浴びることになる

斉藤博昭映画ジャーナリスト
ドミニク・セッサ(写真:REX/アフロ)

新人俳優が世に現れるとき、「候補者××人の中から選ばれた」などというフレーズは、よく目にする。しかし候補者の数をふまえたうえで、選ばれた当人が真の実力を秘めているのか、当たりハズレもある。

彼は、完全に「当たり」だ。映画への出演は初めて。監督とキャスティングがそれまで800人の候補者を精査し、最後の最後に見つけたのが彼だった。しかも選ばれたきっかけは、映画のロケ先となった高校の生徒だったから。偶然がもたらした奇跡だ。

今年のアカデミー賞では作品賞など主要5部門にノミネートされ、日本では6/21に公開となる『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』でメインキャストの一人に抜擢されたのが、ドミニク・セッサ。作品への高い評価はもちろん、彼の演技は大絶賛され、放送映画批評家協会賞の新人賞など各賞に輝いた。まさに「原石の輝き」に、誰もが魅了されたのである。

2002年10月生まれの21歳。

全米でも屈指のエリート全寮制高校ディアフィールド・アカデミーで演劇部に所属していたセッサは、ある時、校長から「映画のスタッフがロケ地探しのために我が校に来る。もしかしたら出演者も見つけるのでは?」と聞かされ、教室に座るエキストラのチャンスがあるかも…という気持ちから、オーディションに参加。撮影を数週間後に控えたギリギリのタイミングでアレクサンダー・ペイン監督の目に留まった。それがすべての始まりだった。

身長178cm。もともとアイスホッケーで高校の地方大会で勝ち進むことが夢だったセッサは、こうして演技の道に進むことになった。そして高校卒業を前に、学校に特別の許可をもらって『ホールドオーバーズ』の撮影に参加する。

『ホールドオーバーズ』は全寮制の名門高校で、クリスマス休暇に学校に居残ることになった3人の物語。嫌われ者の教師ポール、寮の料理長メアリー。そして生徒の居残り組で最後の一人になったアンガス。彼は教師に対して反抗的な態度をとる、やや頭デッカチなタイプで、母親との関係では屈折感も抱える複雑なキャラクター。ポールやメアリーとの関係から、彼が“変化”していくというプロセスが本作の大きな軸であり、観た人の多くがアンガスの心の機微、成長に自分を重ねてしまうのは、ドミニク・セッサの才能の賜物。間違いなく、演技者のセンスを持った人材であることを、われわれは認識できる。

昨年(2023年)行われたオンライン会見では、ペイン監督、ポール役のポール・ジアマッティ、メアリー役のダヴァイン・ジョイ・ランドルフ(本作でオスカー受賞)という大物を相手に、セッサはまったく物怖じしない受け答え。将来の大器を予感させた。『ホールドオーバーズ』は1970年が舞台だが、セッサは「こうした伝統的な高校は、時間自体が止まっているようなもの。授業やスポーツ、遊びも時間に縛られて生活する感覚は変わってないので、時代は意識せず演じられました」と余裕のコメントも発していた。70年代の高校生の姿に馴染んでいたのも納得。

『ホールドオーバーズ』の撮影を終えたセッサは、名門カーネギー・メロン大学に進学し、演劇を専攻。「実際に舞台に立てるのは3年生から」と彼が告白するように、本格的に基礎から演技の腕を磨いている。『ホールドオーバーズ』の後、おそらく大量のオファーが舞い込んだはずで、学業との両立でどんな仕事を選ぶのか、注目が集まった。現在、クロエ・グレース・モレッツ、ミシェル・ファイファーが出演するコメディ『Oh. What. Fun.』の撮影に入っているようで、その後も、あの『グランド・イリュージョン』の第3作や、オスカー女優、アリアナ・デボースと共演のヒューマンドラマ『Tow』など次々と出演が決まっている。着実に俳優の階段を駆け上がっている模様。

『ホールドオーバーズ』を観た人の多くは、ドミニク・セッサの「顔」、とくに終盤にかけての繊細の極みともいえるエモーショナルな表情がいつまでも印象に残り、この俳優がどのように成長するのか、未来の姿に思いを巡らせるはず。実力派スターとなる大きなポテンシャルを、ぜひスクリーンで確認してほしい。

アカデミー賞授賞式でのドミニク・セッサ
アカデミー賞授賞式でのドミニク・セッサ写真:REX/アフロ

『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』

6月21日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

Seacia Pavao / (c) 2024 FOCUS FEATURES LLC.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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