大阪都構想「1.1兆円の財政効率化」に実現可能性なし
大阪市を廃止して四つの特別区に分割する「大阪都構想」は11月1日の住民投票直前になって、大阪市民は得をするのか損をするのか、真逆の数字が飛び交う事態になっている。大阪市廃止・分割によって、行政運営経費が膨らむのか削減されるのかという問題だ。自治体再編の根本的なテーマがこの期に及んで激論になること自体、大阪都構想の制度設計が自治体再編としては「欠陥商品」である証拠だ。
大阪市財政局の試算が騒動に
10月23日から24日にかけて、新聞、テレビで「大阪市財政局が大阪市を4分割すると行政運営コストが218億円増えると試算した」と報道された。自治体の予算編成では地方交付税法に基づき、標準的な行政運営にかかる費用「基準財政需要額」を計算しており、大阪市財政局がこの方法に則って「4分割したら費用がいくらになるか」を算定したところ、現状よりも218億円アップしたという内容だ。地方財政の専門家らは以前から指摘していたことで、住民投票目前にようやく大阪市当局が裏付けした格好だった。
ところが、10月27日には試算した大阪市財政局が記者会見し「試算は今回の(大阪都構想の)制度設計に基づくものではない」と自らの試算結果を否定するかのような見解を述べた。財政局の試算は、何としても住民投票で「賛成多数」にしたい松井一郎・大阪市長(「大阪維新の会」代表)の逆鱗に触れ、修正会見に追い込まれたのではないかと推察される。
大阪市廃止、分割によって「分割コスト」が発生するのは当たり前の話で、市財政局の試算は決して的外れではない。大阪都構想の制度設計を協議する「大都市制度(特別区設置)協議会」(通称、法定協議会)が、分割コストをきちんと計算しないまま制度案を作り上げてしまったのが異常なのである。立命館大学の森裕之教授(地方財政学)は「4人家族で一つの家に暮らすのと、各自が1人暮らしするのとでは、どちらが安くつくかと言うと、明らかに前者。4人バラバラになれば、冷蔵庫、炊飯器、エアコン、テレビなど生活用品を4軒分そろえなくてはならない。それが分割コスト」と説明する。
さらに「大阪市の廃止・分割」(大阪都構想)が問題なのは、大阪市が4特別区になる分割コストによって行政運営経費が増大しても、国の地方交付税は増額されないことだ。特別区の歳入は地方交付税で補填されない分割コスト分の穴が空くため、特別区の行政は何かを削る必要に迫られる。森教授は「大阪府内の特別区は標準的な行政サービスができない。家族に例えれば、バラバラに暮らす4人の部屋には、エアコンがなかったり、テレビがなかったり、冷蔵庫がなかったり、何か『普通ならある』ものがない状態と言える」と話す。
特別区がかなり貧乏になることを隠しておくため、法定協議会では分割コストを計算しなかった。「金が足りなくて住民サービスが削減される」では、住民投票で「反対」票が増えるのは間違いないからだ。
大阪市4分割で行政コスト削減は机上の空論
一方、「大阪市廃止・分割」を党是とし、これを推し進める「大阪維新の会」のチラシには、「大阪市民の住民サービスはよくなっていきます」「大阪都構想実現で住民サービスグーンとUP」などと真逆のことが書いてある。大阪市廃止・分割で「財政効率化が年1000億円、10年で約1兆1000億円」あり、その「浮いた金」を住民サービスに使うという。
これは「大阪都構想の経済効果の算出」として、大阪府と大阪市が嘉悦大学付属経営経済研究所に業務委託した試算が根拠だ。この試算は、人口50万人規模の自治体で住民一人当たりの行政運営経費が最少になるという先行研究に大阪都構想を当てはめて、人口約270万人の大阪市は4分割で人口規模が50万人に近づくため、行政運営経費が「年1000億円安くなる」と導き出している。人口規模が大きくなると住民一人当たりの行政運営経費が増大するのは、都市化による物価上昇やインフラの集積で行政の仕事が増えるのが原因だ。しかし、嘉悦大学の試算はこうした行政運営経費の増大を「自治体の大規模化による無駄の発生」ととらえ、人口規模の縮小で無駄がなくなり「効率化する」としている点で根本的におかしい。
2018年6月にこの報告書が公表された途端、地方自治や地方財政などの専門家から批判が噴出した。
嘉悦大学の想定を大阪市は否定
2018年11月16日、「副首都・大阪の確立」を検討する副首都推進本部会議にこの試算をした真鍋雅史・嘉悦大学付属経営経済研究所長が呼ばれ、詳細を説明した。その中で「大阪維新の会」の横山英幸・大阪府議から「住民サービスを低下させない限り効率化効果は生じないという意見もあるが?」と問われ、真鍋教授は「例えば、市内全部の小学校に剣道場を作ると、剣道をやっている小学校は有効に使えるが、剣道をやらない小学校は使わないとか、一律にサービスを提供することで生まれる非効率性というのがある」と答えている。
大阪市はそんな大雑把な予算編成をしているのか、大阪市会で質疑が行われた。
2018年12月13日の大阪市会、大都市・税財政制度特別委員会で、公明党の山田正和市議が真鍋教授の発言を取り上げて、「大阪市は要らない人にまで財政をつけるような予算編成をしているのか」と問うたのに、東山潔・財政局長は「予算編成に当たっては、施策の選択と集中、優先順位の選択、必要なところに必要なことを効率的、効果的に施策を実施することに全市を挙げて取り組んでいる」と答弁した。つまり、嘉悦大学の試算は、行政の実態を知らない学者の「机上の空論」に過ぎないのだ。
2019年8月26日の法定協議会でも真鍋教授らを呼んで質疑が行われ、公明党の肥後洋一朗・大阪府議が「具体的にどうすれば年1000億円もの財政効率化効果が捻出できるのか、具体的にご教示をお願いしたい」と聞いたが、真鍋教授は「具体的に申し上げるのは非常に難しい」と回答し、「剣道場の例」は挙げなかった。
嘉悦大学VS大阪市財政局
嘉悦大学の「年1000億円の行政運営コストが削減できる」という試算は、住民投票に向けて大阪市が発行し、大阪市内に全戸配布された「大阪市廃止・分割」に関する説明パンフレットにも記載されている。専門家からの批判、反論には蓋をして、「年1000億円もおトク!」という実現可能性のない試算で住民投票を乗り切ろうというのが松井市長の姿勢だった。ところが土壇場になって大阪市財政局の「年218億円ソンします」の試算が公表された。
松井市長は報道陣の取材に対し「(市財政局の試算は)公務員としてまずい対応。公式発表する場合は、僕の所を通らないといけないが決裁していない」と述べているが、市財政局が公表前に松井市長に決裁を取ろうとしたら間違いなく握りつぶされていたはずだ。「218億円騒動」は、大阪市財政を背負う官僚たちが「最後の良心」を振り絞った行動ではないだろうか。