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食品安全委員会のPFAS評価書、国民の健康を守れるか

幸田泉ジャーナリスト、作家
食品安全委員会がとりまとめたPFASの評価書。「一日耐容量」は20ng/kg/日

 各地で汚染が発覚しているPFAS(ピーファス、有機フッ素化合物)について、今年6月、内閣府食品安全委員会は「食品健康影響評価書」を作成し、指標値として「一日耐容量」を「20ng/kg/日」(ng=ナノグラム=は1億分の1グラム)とした。体重50キロの人が、1日1000ngを摂取し続けても健康に問題はないことになり、PFASの専門家や、汚染調査に取り組む団体からは「この指標値では国民の健康は守れない」と抗議の声が上がっている。「大阪府民1000人血液検査」を実施して血中のPFAS濃度を調べた「大阪PFAS汚染と健康を考える会」(大島民旗代表)では、衆議院選挙の後、関係省庁に評価書の改訂を求める要請行動を行うとしている。

評価書の「一日耐容量」は20ng/kg/日

 水や油をはじく性質を持ち、熱に強いPFASは、日用品に幅広く使われているほか、工業製品の製造工程でも重宝されてきた。しかし、体内に取り込むと排泄されづらく、発がん性など健康への悪影響が徐々に明らかになり、欧米では厳しい規制の流れができている。日本は欧米に比べ国の対応は遅く、昨年1月、ようやく食品安全委員会がPFASを食品健康影響評価の対象にすると決定した。ワーキンググループを設置し、国内外の約3000の学術文献を収集。今年2月に評価書案を作成し、パブリックコメントを経て今年6月に評価書を取りまとめた。

 評価にあたって最も注目されていたのが、「一日耐容量」だった。ワーキンググループは「指標値を示す証拠は不十分」としながらも、1万種類以上あると言われるPFASのうち、最も普及したPFOA(ピーフォア、ペルフルオロオクタン酸)とPFOS(ピーフォス、ペルフルオロオクタンスルホン酸)について、1日耐容量をそれぞれ「20ng/kg/日」と決定した。

1日1000ngの摂取は安全?

「大阪PFAS汚染と健康を考える会」の発会総会で発言する小泉昭夫・京都大学名誉教授=2023年11月11日、大阪市中央区で、筆者撮影
「大阪PFAS汚染と健康を考える会」の発会総会で発言する小泉昭夫・京都大学名誉教授=2023年11月11日、大阪市中央区で、筆者撮影

 20年以上にわたってPFASの研究をしてきた小泉昭夫・京都大学名誉教授は「日本での『一日耐容量』とは、平均寿命まで生存しても健康影響がない用量と定義されている。食品安全委員会の評価書が示した20ng/kg/日という指標値は、1日あたり1000ng以上のPFAS摂取を何十年も続けて『健康影響がない』とするもので、現実離れしており、国民の健康を守れる数値ではない。ワーキンググループは収集した学術文献のデータを背景も含めた読み込みをしていない」と断じる。1日耐容量をもとに、環境省で水道水の規制が検討されることから、「厳しい規制にならないようにする現行の水道行政への過度の忖度があるのではないか」とも指摘する。

 アメリカの学術機関である米国科学・工学・医学アカデミーは、血中のPFASの合計値が20ng/ml以上の人は健康に留意が必要としている。評価書の1日耐容量「20ng/kg/日」の通りに、体重50キロの人が1日1000ngのPFOAもしくはPFOSを摂取し続けるとすると、計算上は約10年でPFOAの血中濃度は143ng/ml、PFOSでは247ng/mlになり、その後は、ほぼこの数値で固定される。小泉名誉教授は「アメリカで採用されている摂取量から血中濃度を導き出す『用量推計モデル』で計算すると、評価書の1日耐容量では科学アカデミーの警告値(20ng/ml)を大幅に超えてしまう。食品安全委員会は『用量推計モデルは採用しない』などと主張して、この問題に蓋をしている」と憤る。

岡山県で1000ngレベルの水道水汚染

岡山県吉備中央町の河平ダム。上流の山中に置かれた使用済み活性炭からPFOAが流れこみ、水道水に混入したとみられている=2024年6月10日、筆者撮影
岡山県吉備中央町の河平ダム。上流の山中に置かれた使用済み活性炭からPFOAが流れこみ、水道水に混入したとみられている=2024年6月10日、筆者撮影

 

 1日1000ngを超えるPFASを摂取した場合を考えるうえで、参考になるのが岡山県吉備中央町の事例だ。2023年10月、町内の円城浄水場の水道水にPFOAとPFOSの合計値が1400ng/Lの濃度で混入していることが発覚。岡山県の調査で、町内の山中に雨ざらしで放置されていた大量の使用済み活性炭が汚染源と判明した。活性炭は2008年から置かれてあり、その頃から水道水が高濃度に汚染されていた可能性もある。

 2023年11月、京都大学大学院医学研究科が円城浄水場の給水エリア住民の中から27人の血液検査を行い、六つのPFASの血中濃度を調べたところ、6種合計の平均値は190.6ng/mlという極めて高い数値が出た。中でもPFOAの値が突出して高く、平均値は171.2ng/ml。使用済み活性炭は何らかのPFOA除去に使われたもので、活性炭から剥がれ落ちたPFOAが円城浄水場の取水源である河平ダムに流れ込んだとみられている。

 血液検査を受けた住民の中には、流産を繰り返す女性や、肝機能障害、甲状腺疾患のある人などもおり、吉備中央町は岡山大学に依頼して円城浄水場エリア住民全員を対象に血液検査と健康調査を行うとしている。住民が何年にわたって高濃度のPFOAを摂取していたのかは不明だが、小泉名誉教授は「27人の血液検査の結果を見れば、1日1000ngというボリュームでの摂取が血中濃度にどう影響するのかは明らか。食品安全委員会の評価書は改訂が必要だ」と言い切る。

どうなる水道水の規制

「大阪PFAS汚染と健康を考える会」の発会総会。前列中央が長瀬文雄・事務局長=2023年11月11日、大阪市中央区で、筆者撮影
「大阪PFAS汚染と健康を考える会」の発会総会。前列中央が長瀬文雄・事務局長=2023年11月11日、大阪市中央区で、筆者撮影

 

 環境省は2020年、PFOAとPFOSの合算値を50ng/L以下とする水道水の暫定目標値を定めた。食品安全員会の評価書を受けて、現在、専門家会議で新たな目標値の検討を進めている。昨年、京都大学大学院医学研究科とともに大阪府民1190人の血液検査を実施した「大阪PFAS汚染と健康を考える会」の長瀬文雄・事務局長は、「アメリカでは飲料水基準を4PFASの合計で4ng/L未満にした。健康影響を考えれば妥当な数値だ。日本の50ng/Lはもっと引き下げなければならない」と話す。

 しかし、食品安全委員会の評価書の1日耐容量が「20ng/kg/日」となったことで、水道の目標値が50ng/Lのまま据え置かれる可能性が出てきた。水道水の目標値は、「1日2リットル飲んでも健康影響がない数値」とされており、PFAS摂取の10分の1が水道水だと設定して計算されている。評価書では体重50キロの人の1日耐容量は1000ngなので、10分の1は100ngであり、1日2リットル飲むとすると濃度は50ng/Lとなり、現在の暫定目標値にピタリと一致する。

 長瀬事務局長は「1日2リットルの水道水を飲んで100ngを摂取すると、血中濃度はアメリカの警告値である20ng/mlぐらいになってしまう」と危険性を指摘する。「大阪府民1000人血液検査」では、血中PFAS濃度が20ng/mlを超えた人には甲状腺機能の検査と腹部エコーを受けるよう呼び掛けた。血中PFAS濃度が高いグループは、脂質異常の割合が高いことや、女性に多い甲状腺疾患が男性でも見つかっているという。「大阪PFAS汚染と健康を考える会」では年内に、内閣府、環境省、厚生労働省などに要請行動をする予定で、「評価書の改訂」「水道水の目標値の引き下げ」のほか「国が主導する大規模血液検査の実施」などを求めていく。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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