入試がもたらすのは「英語力向上」か「英語嫌い」か
大学入試でも高校入試でも、英語の出題傾向が変わろうとしている。しかし、入試で〝脅す〟ようなやり方が、英語力向上につながるのかどうか疑問の声も大きくなってきている。
| 反対の声が強まる東京都の英語スピーキングテスト
8月18日、東京都が今年度から都内公立中学3年生を対象に実施する「中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)」の導入見直しを求める保護者や教員の集会が「夏の市民大集会」(以下、「集会」)と銘打って行われた。その同じ日、文科省は英語4技能(読む、書く、聞く、話す)を総合的に評価するなど大学独自で行っている入試事例を紹介する「大学入学者選抜における好事例集」(以下、事例集)を発表した。
日本の英語教育では4技能のうち「聞く・話す」の力が軽視されがちだったのは事実である。そのため、小学校では2020年度、中学校では2021年度から全面実施されている新学習指導要領の英語では、「聞く・話す」が重視されている。東京都のESAT-Jは、その成果を評価しようとするものだ。
ESAT-Jは、ただ評価するだけでない。その結果は、公立高校の入試にも反映される。入試の合否にもかかわってくるわけで、きわめて高い公平性と採点の厳密性が求められる。
それがじゅうぶんに担保されての実施かといえば、そうでもなさそうだ。ESAT-Jを受験する都内の公立中学3年生は約8万人いるが、その全員が同じ日に試験を受けることになる。一人ひとりを試験官が対面で試験することは物理的にも不可能で、受験者はタブレットからの出題に専用マイクを通じて答える。そして録音されたものが、フィリピンで現地の試験官によって採点される。
これだけでも、試験の内容が「対話」や「会話」にはならないことが予想できる。「集会」に参加した保護者や教員からも、「結局、模範解答に近いものを答えないと点数にならない。それで、いいのか?」という疑問が呈されていた。「自分なりの意見や見方を答えても点数にならない可能性も高い」という意見もあった。
そうなると、「点数のもらえる答を練習しておかなくてはならない」との指摘も「集会」に参加していた教員からあった。点数をとり、入試の合格につなげるには、「テスト対策」が欠かせなくなりそうだ。
新学習指導要領では「聞く・話す」が重視されているといっても、それが全面実施されたのは昨年度からのことで、学校現場でも試行錯誤の段階であり、まだまだ効果的な授業ができているとはいえない。以前の学習指導要領でも「聞く・話す」の重視が謳われたことがあるが、実践されてこなかったのも事実だ。そんななかで試験だけが先行され、テスト対策が重視されるとなれば、生徒の負担感は軽くない。「集会」でも、「英語嫌いな子を増やすことになるだけだ」という意見が多く聞かれた。
| 必要なのは、試験よりも授業を充実させる策の実行
一方の「事例集」では、総合的な英語力の評価・育成で英語で自己表現ができる入試の小樽商科大学や英語外部試験を入試に利用する東洋大学などの例が紹介されている。「聞く・話す」を取り入れることが「好事例」として評価されているわけだ。
英語外部試験については大学入学共通テストでの導入が予定されていたものの、問題を指摘する声が大きく、中止に追い込まれた経緯がある。その英語外部試験を、大学独自に取り入れることを文科省は推奨していることになる。
そうした入試をやっていない大学を、文科省は評価していないことになる。暗に、他大学にも同じような入試を求めているにすぎない。「聞く・話す」の授業がじゅうぶんに行われていないなかで、試験だけを先行させようとしているのだ。
東京都も文科省も、「聞く・話す」の授業を充実させる対策より、入試として課すことを優先したことになる。これでは、「入試にでるのだから、しっかり指導して勉強させろ」と言っているようなものだ。指導は学校現場に丸投げ、負担は子どもたちに丸投げということになる。
英語の「聞く・話す」の力を養うことは、重要である。そのためには、どういう環境が必要なのか考えて整えることが、東京都や文科省の役割ではないだろうか。それを疎かにして、入試で〝脅す〟ようなやり方で、ほんとうに「聞く・話す」の力が養われるのか疑問でしかない。テスト対策優先では、「英語嫌いの子」をますます増やすことにしかならない気もする。東京都も文科省も、そんな英語教育を目指しているのだろうか。