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公立の美女木小学校は自由進度学習で子どもたちの学びを深めている

前屋毅フリージャーナリスト
自由進度学習を実施する美女木小は、埼玉県にある公立の小学校   (撮影:筆者)

「どちらが楽かといえば、一斉授業のほうが楽ですね」と、才田恵理子さんは笑いながら言った。教員が授業をすすめるにあたって一斉授業と自由進度学習のどちらが「楽」なのか、という質問への答である。

|教員が楽をできない自由進度学習

 一斉授業とは、教壇に立った教員が教室の子どもたちに向かって行う、いわば「昔ながら」の授業だ。それに対して自由進度学習は、学習者である子どもたちが自分のペースで授業の進度を自由に決めていく。埼玉県戸田市立「美女木小学校」では、自由進度学習の取り組みを続けてきている。

 全学年でやっているのではなく、子どもたちの状況を見極めたうえで、実施する学年と教科が決められている。今年度は、4年生と6年生の算数で自由進度学習が取り入れられている。4年1組の担任として指導にあたっているのが、才田さんだ。

 子どもたちが勝手に学習をすすめていくのだから自由進度学習のほうが教員としては楽だろう、とおもわれがちだ。学習指導要領ではICTを最大限に利用しての「個別最適な学び」が謳われている。新型コロナ禍でICT端末の「一人一台」が前倒しで実現し、その端末を使って子どもたちが自分の能力にあわせたプログラムで個々に違う問題に取り組むことも、理屈としては可能である。そういうやり方なら教員がやることはなくなり、楽にもおもえるのだが・・・。

 しかし、そう単純にはいかない。端末を使って自分だけで学習できる子もいるだろうが、そうでない子も少なからずいるからだ。できなければ、自己責任だとばかりに突き放せば、どんどん落ちこぼれ、学力格差も広がっていくことになる。自由進度学習をそういうものだと決めつけて、「問題だ」と指摘する声もないわけではない。

 それが自由進度学習の姿なら、美女木小は選択しなかったはずである。自由進度学習は「問題だ」と決めつけるようなものではなく、弱者を切り捨てて格差を広げるようなものでもない。才田さんが続ける。

「授業の振り返りを子どもたちは必ず書いていて、それを私はスプレッドシートで管理しています。それで誰が理解できているのか、誰が理解できていないのか、誰が問題を抱えているのかを把握し、次の授業に繋げていきます」

 そのスプレッドシートを覗かせてもらうと、多くの子がびっしりと書き込んでいる。ちょっと驚いて、「最初から、こんなに書き込んでいたのか」と訊ねてみた。

「いまのクラスを、私は3年生のときにも担任しています。そのときから自由進度学習を取り入れていますから、それだけの時間をかけて、ここまできたわけです。ただし、文字数が多ければいいわけでもありません。少ない文字数でも、学習のポイントを抑えて文章にしている子もいます。教員として、それを読み込んで理解して、適切にレスポンスするように心がけています」

 それによって子どもたちは自分の学習の立ち位置を確認し、問題を解決していくことにつなげていく。一斉授業では、子どもたちが理解できたかどうかを個別に教員が把握することも、子どもたちが自分がつまずいている問題を解決する術に気づいて解決していくことも難しいかもしれない。その点では、自由進度学習は深い学びにつながっている。

 といっても、一斉授業を全面否定しているわけではない。「一斉授業には一斉授業の良さがありますから、場合によっては一斉授業も取り入れています」と、才田さん。

 それにしても子どもたち一人ひとりを把握してレスポンスしていくのだから、手間も時間もかかる。一斉授業のほうが楽だ、という才田さんの気持ちもわかる気がする。

|助け合うことで学びは深まる

 その才田さんのクラスの自由進度学習を見学させてもらった。ここでも才田さんは忙しく子どもたちとかかわっている。

 そのなかに、「マイスター」なる役割の気になる子たちがいた。後藤宏清さんが担任する3組の授業も観させてもらったが、そこにもマイスターがいた。簡単にいえば、その日の授業の基本となる問題の解き方を教員に代わって説明し、個別の学習タイムになったときに、困っている子に助けを求められれば飛んでいくののがマイスターの役割だ。後藤さんが説明する。

「すでに理解していて知識・技能的なことはできている子たちがマイスターです。そういう子が困っている子を助けるという関係だけではありません。友だちに教えることによって自分の理解も深まるし、自分の理解が足りていないことに気づくこともあります。教えることで、説明する力、表現力を養うことにもつながっているのです」

 マイスターは固定ではなく、入れ替わりもある。基本的には、希望者本人が手を挙げる。ただし、強制されることはない。「算数の不得手な子はマイスターに手を挙げるチャンスがなかったりしますが、ほかの科目でもマイスターを置くようにしていますから、得意な分野でマイスターになれます」と、後藤さん。困っている子がいれば助ける、困ったら助けを求める、そういう関係が自由進度学習をつうじて広がってもいるのだ。子どもの成長に資していることは言うまでもないだろう。

 子どもたちが助け合って学習しているなかでの教員の役割を訊いた。後藤さんからは、「算数では、溺れさせないことだ」という答が戻ってきた。

「プールでの水泳の授業なら、泳いでいるのか溺れているのか、ひと目でわかります。しかし算数だと、パソコンやプリントの前でジッとしている子が、困っているのか考えているのか、わかりません。困っているのに放っておけば、溺れてしまいます。それを子どもたちの顔つきなどから見極めて、溺れていそうなら声をかけるのが私の役割だとおもっています」

 自由進度学習における教員の役割は大きい。それこそ教員の専門性が問われることになる。やはり、楽ではないのだ。

|保護者の理解は欠かせない

 自由進度学習をすすめていくなかで、重要なのが保護者の存在である。一斉授業のなかで育ってきた保護者にしてみれば、自分が経験していない自由進度学習は未知すぎる学習法だ。不安をもって当然でもある。保護者に反対されれば、新しい学習法の実施は難しくなる。1組担任の才田さんが言う。

「年度初めの懇談会とか個人面談の場で、自由進度学習のメリットを説明しています。先生の話を聞いて、ひたすら計算ドリルを解くことで得られる力もあります。ただし、これから先の社会では、言われたことをやっているだけでは通用しません。自由進度学習で得られる自分で考え、協力していく力が子どもたちの将来に役に立つ、という話をします」

 美女木小で自由進度学習がすすめられているのは、保護者の理解が深まっているからだともおもえる。

 ICT端末とプログラムがあれば子どもたちが勝手に学習していくのが自由進度学習ではない。教員の努力と保護者の理解をはじめとする環境が整うことによって、自由進度学習は成り立つ。そして一斉授業とは違う学びを子どもたちは経験し、学びを深めていくことになる。

 

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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