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【河内長野市】大迫力!裸馬と一緒に走る馬駈け神事。伊勢大神楽の奉納もある、小山田・住吉神社の秋祭り

奥河内から情報発信奥河内地域文筆家(河内長野市・富田林市)

馬を使ったお祭りや神事は全国にあると思いますが、その多くは鞍(くら)がついた馬に騎乗してのスタイルが多いのではないでしょうか。

しかし、河内長野の小山田にある住吉神社の馬かけ神事は馬には騎乗せず、氏子たちが裸馬と一緒に走るという、大迫力のある驚きのお祭りです。

この馬駈け神事は、河内長野地域にいくつもある秋祭りの終盤を飾る印象です。かつては10月12日の行事でしたが、1993(平成5)年以降は、体育の日(現:スポーツの日)に行われています。主要秋祭りの地車(だんじり)の翌日に行われていて2024年は10月14日となります。

小山田住吉神社の場所をおさらいすると、今年、産業用地化のために閉鎖となった赤峰市民広場のすぐ近くに鎮座しています。

ちなみに、小山田住吉神社には秋祭りがふたつあります。ひとつはスポーツの日に行われる馬駈け神事ですが、もうひとつはその数日後に行なわれる伊勢大神楽神前奉納です。今年は次の日程で行われる見込みです。

  • 馬駈け神事 10月14日(月)15:00~
  • 伊勢大神楽奉納 10月18日(金)14:00~

小山田住吉神社は、小塩地区の地車(だんじり)に彫られている息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)こと神功皇后と深いつながりがあります。伝承によると、神功皇后が摂政52年(西暦252年)に小山田に来られた際、10月中の卯之日(10月12日)を選び、裸馬の競争を催したとのこと。

このように、御祭神である住吉大神に裸馬の競争を奉納したことが馬駈け神事の始まりとされるので、単純に計算しても1800年近い歴史があることになります。

昨年の様子を紹介しましょう。当日は雨模様でしたが、馬駈け神事は開催されました。この日のために遠くから馬がトラックに乗せられて住吉神社に来ています。

すでに境内には馬がいて、神事のときまで控の場所でくつろいでいました。近くで見ても、馬の立派な肢体は大迫力でした。

馬がくつろいでいる場所は小山田丘陵の自然が残る住吉神社の境内、鎮守の森の中です。馬には鞍がついていません。裸馬なので、普段からずっと馬が境内で生息しているような、そんな気にもなりそうですね。

雨はときおり強く降っていますが、時間が近くなると、地元の人を中心にたくさんの人が集まってきています。

関係者(総代)の方々は、なんと裃(かみしも)姿でした!

入口から社殿までは長い参道、年に一度の馬かけ神事の時には馬場として馬と人が一緒に走ります。

最初に、関係者の方々が神社本殿で神事に出席しました。

それが終わると、神職と裃を着た関係者の方々が馬が待機している方に向かいます。

馬かけ神事の前に、神職が馬にお祓いをしました。

こうして再び本殿に戻ります。

本殿での神事が終わり、宮司をはじめ関係者が外に出てきましたが、残念なことに雨脚が強くなってきました。レインコートに身を包んでいます。

馬駈け神事は、宮司と複数の神職の方と裃を着た関係者、それから馬と一緒に走る氏子で行われますが、最初は馬と一緒に来賓の方々も氏子とともに走りました。

河内長野では烏帽子姿で白装束の宮司さんが多い中、住吉神社の宮司さんは、冠をかぶり赤い装束をつけています。神職の世界で地位の高い方とお見受けします。

宮司さんたちが、馬場に設けたお立台と呼ばれる位置に立ち、馬駈け神事が始まります。

最初はお立ち台の周りを馬が3周し、やがて馬場を走り始めます。

宮司が手にしているのは神功皇后が捧持されたとされる伝承を持つ木製の鉾です。

最初は、来賓の方々が馬と一緒に走ります。

いちばん最初は、当時の市長だった島田前市長です。

馬が本気で走り出しましたが、さすがは日本最速の市長と呼ばれた前市長だけあって、走る馬にもちゃんと着いていっていました。

そのあとは、当時、大阪府議だった西野市長です。走ると馬が想像以上に飛ばしてしまうため、以降は走るというより早歩きに近いような状況でした。

こちらは峯ますと市議です。

来賓の後は、次々と氏子の方々が馬と一緒に走ります。先ほども書きましたが、ほぼ歩いていました。これは馬を刺激して暴走しないようにしたものと考えられます。

住吉神社を氏地としている小山田・下里・天野地区には地車がありません。調べると昔は小山田の地車があったようですが、地車の詳しい情報(外部リンク)によると以下の説により、現在はもうなくなったという情報を見つけました。

①明治初期に楠町の消防車と交換
②明治期に原に売却

②の場合はさらに続きがあり、小山田の地車は、1988(昭和63)年に原が地車を新調した際に、滝畑に売却。1997(平成9)年まで滝畑で曳行しましたが、過疎化などにより曳行休止となりました。

滝畑では2008(平成20)年まで保存されたのち、八尾市の太鼓業者に譲渡され、2010(平成22)年から大阪市生野区生野神社地車講を経て、柏原市上市地区にあるとのこと。②の説が事実なら、現在も柏原市内でかつて小山田や滝畑で活躍した地車が曳いていることになります。

小山田に地車はもうありませんが、その代わり馬駈け神事というほかの地区にはない秋祭りがあります。村の若衆(青年団)は、地車を曳く代わりに馬と走っているということなのかもしれません。

あらためて馬を見ると、きれいな白馬も混じっています。

馬駈け神事は繰り返し氏子によって続けられ、40分くらいにわたって行われました。

動画も撮影しました。

お立ち台での合図(世話人が日の丸の扇で神事の納をつげる)で、馬駈け神事が終わります。

馬駈け神事が終わると、馬はトラックの中に戻っていきました。

こうして、昨年の馬駈け神事は無事に終わりました。

その数日後、同じ住吉神社で伊勢大神楽が神前奉納されました。これは一般社団法人(非営利型) 伊勢大神楽講社(外部リンク)が各地を旅して神楽の総舞を奉納しているものです。河内長野では唯一、住吉神社だけで総舞が奉納されています。

伊勢大神楽は、獅子舞や天狗(猿田彦)の存在など、市内で行われている西代神楽に似ていますが、これは西代神楽が伊勢大神楽の流れを受け継いでいる神楽だからです。つまりこちらが本家ということになります。

全国を渡り歩いているプロの神楽集団です。

曲芸や笑いを交えた演目が続きます。

また、この時に、河内長野出身者が3人も伊勢大神楽に入門して演じているというエピソードも伺いました。そう聞くと、より親近感がわきますね。

「和のサーカス」と言うべき神楽の演技はどれも素晴らしいです。

サーカスなら室内で有料で見る必要がありますが、住吉神社の伊勢大神楽は無料で見られるのですから、とても嬉しいですね。

片手だけですごいバランスです。

次は皿が登場します。

皿をおでこに乗せたバランスが素晴らしい。

そして獅子舞が肩車の上に乗って神楽の芸を披露します。

動画に撮りました。

1時間の素晴らしい芸はあっという間に終わりました。馬駈け神事ほどではないにせよ、この日も小雨がぱらつく天気。それでもこの日を楽しみに多くの人が詰めかけました。

住吉神社の秋祭りをふたつ紹介しました。地車熱気の余韻が残るスポーツの日10月14日に馬駈け神事が、その4日後の18日に今年の伊勢大神楽が奉納されます。どちらも無料で見られるので興味のある方はぜひ。

小山田・住吉神社

住所:大阪府河内長野市小山田町453
馬駈け神事:10月14日(月)15:00~
伊勢神楽神前奉納:10月18日(金)14:00~

アクセス:南海・近鉄河内長野駅、南海千代田駅からバス 福祉センターあかみね及び神社前バス停下車徒歩3分(福祉センターあかみねバス停からの方がわかりやすいです)

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奥河内地域文筆家(河内長野市・富田林市)

河内長野市の別名「奥河内」は、周囲を山に囲まれ3種類の日本遺産に登録されるほど、歴史文化的スポットがたくさんある地域です。それに加えて、都心である大阪市中心部に乗り換えなしで行ける複数の大手私鉄(南海・近鉄)と直結していることから、新興住宅団地が多数造成されており、地元にはおしゃれな名店や評判の良い店なども数多くあります。そして隣接する富田林市もまた、歴史文化が色濃く残る地域。また南河内地区の中核都市として、行政系施設が集まっています。これを機会に、奥河内(一部南河内含む)地域に住んでいる人たちのお役に立つ情報を提供していければと考えています。どうぞよろしくお願いします。

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