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「石破氏は米国との関係を複雑にする」「アジア版NATOは早計過ぎる」米メディアは新総裁をどう報じた?

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 自民党の総裁選で、石破茂氏が新総裁に選出された。

 米国でも、多くのメディアが石破氏の選出について報じているが、中でも、米有力紙ワシントンポストの見方が興味深いので、同紙を中心に紹介できたらと思う。

安倍元首相のような頼れるパイプ役がいない 

 ワシントンポストは「率直な意見を述べることで知られる元防衛大臣の石破茂氏が来週、日本の新首相に就任する。国内の物価が上昇し、アジア太平洋地域で緊張が高まる中、世界第4位の経済大国の舵取りを担うことになる」と石破氏が不安定な国際情勢に対処することになると冒頭で述べている。

 面白いのは、同紙が、日本などの安全保障の同盟国に価値を置いていないトランプ氏が再選する可能性がありながらも、日本にはもう、お世辞やゴルフを通じてトランプ氏と緊密な関係を築いた安倍元首相のような、トランプ氏をマネージするのに頼れるパイプ役がいないと指摘していること。不安定な国際情勢下、石破氏ではトランプ氏に対処できないとでも言いたいようである。そして、日米同盟に対する石破氏の考え方を以下のように述べている。

「石破氏は日米同盟の重要性に疑問を呈していないが、日本は同盟でより大きな役割を果たし、米軍の日本への配備方法について発言権を持つ必要があると述べている。同氏は2024年の回顧録で、安全保障を米国に依存しているという“非対称性”のため、“日本はまだ真の独立国ではない”と書いている」

 ちなみにロイター通信は、防衛に関して米国への依存を減らして日本が積極的になることを主張している石破氏の立ち位置は「ワシントンとの関係を複雑にする可能性がある」と指摘している。

中国を非難せず、深い関わりを呼びかける

 さらに、ワシントンポストは、中国への対抗策として、岸田氏がアメリカ政府に近づき、韓国やフィリピンを含むアジア太平洋地域のアメリカの同盟国とより深い関係を築いた一方、「石破氏は中国を非難するのではなく、中国とのより深い関わりと外交を呼びかけている。ロシアの侵攻後、中国に対抗している同じ考えを持つ国々を結集するために岸田氏がよく使った“今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない”というフレーズを石破氏は批判した」としている。

 ロシアによるウクライナ侵攻と中国による台湾攻撃の可能性について、石破氏が回顧録の中で述べたことも紹介されている。

「石破氏は回顧録の中で、ロシアのウクライナ侵攻と恐れられている中国の台湾攻撃の混同は、中国の脅威と日本への影響についての実際的な評価に基づくものではなく、感情によって動かされているものだと書いている」

アジア版NATOは早計過ぎる

 ワシントンポストは、石破氏が中国と北朝鮮からの安全保障上の脅威に対抗するため「アジア版NATO」の創設を提案していることに言及しつつ、「石破氏は外交政策と防衛問題で専門性を発揮してきたが、アジア版NATOというアイデアにワシントンの多くのオブザーバーは懐疑的な見方を持っている」というアナリストの意見を紹介し、「彼は日本の安全保障体制について、大胆とか興味深いなどと言われるアイデアを思いついた。この地域での集団防衛に関する彼の考え方は特に注目に値する。それをどう実現するかは別問題だ」というワシントンのウィルソンセンターでアジアプログラムディレクターを務める後藤志保子氏の声を紹介している。

 また、ロイター通信もアジア版NATOについて「ワシントンは早計過ぎるとしてすぐにこの考えを拒否した」と報じ、ブルームバーグ通信も「石破氏はアジア版NATOの結成を支持しているが、この考えは中国との緊張をさらに高めるリスクがある。中国は、アジアにおける米国のパートナーや同盟国間でNATOのような安全保障同盟を結ぶという考えを激しく非難している。米国は、台湾やその他の係争地域を中国が武力で奪取するのを阻止するため同盟を強化しているので、アジアでNATOのような同盟を作ることは考えていないと繰り返し述べている」と報じた。

安倍元首相を批判したことで有名

 石破氏はその批判的な姿勢ゆえに党内では敵が多いものの、国民からは人気がある点も紹介されている。

「ベテラン政治家の石破氏は、党の長老たちを公然と批判してきたため、党内では厄介者にされている。世論調査によると、新党首に汚い政治を一掃してほしいと望む自民党支持者の間では、石破氏は第一候補だった」

「何十年もの間、石破氏は自民党内では反対意見を表明することで知られていた。最も有名なのは、日本最長の在任期間を誇る首相で自民党の長老政治家だった安倍元首相を批判したことだ。自民党議員数十人が政治資金スキャンダルに巻き込まれた際、石破氏は岸田氏に責任を取って辞任するよう提案したが、同僚議員からは反発を招いた」

「世論調査によると、石破氏は党とその幹部を批判する姿勢から国民に人気があるが、同じ理由で同僚議員の間ではほとんど嫌われている」

1日に3冊の本を読み、クリスチャンと公言

 他には、石破氏は1日に3冊の本を読んでおり、与党の同僚たちと交流するよりも本を読みたいと話していること(ロイター通信)や、宗教観を秘密にする傾向がある日本の政治家の中では珍しく石破氏がクリスチャンと公言していること(ワシントンポスト)も紹介されている。

 また、ロイター通信は「石破氏は日本製鉄によるUSスチール買収提案に対し、米国が政治的反発をしたことを批判し、それは日本を不当に国家安全保障上のリスクと位置付けたと述べた」と報じ、ブルームバーグ通信は「バイデン氏が日本製鉄によるUSスチール買収を阻止すると主張したことで両国関係は緊張している。石破氏は日本製鉄株2791株を保有しており、この問題には慎重に対応する必要があるかもしれない」と指摘している。

 インフレ、景気減速、労働力不足、少子高齢化、政治資金スキャンダル、中国や北朝鮮の脅威などの山積する問題に石破氏がどう対処し、支持率が低下している自民党を再生させることができるのか、アメリカも注目している。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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