11盗塁を決めても機動破壊の威力はわずか0.743点?セイバーメトリクスが盗塁を好まない理由
機動破壊で3回戦進出
群馬大会6試合で35盗塁、走塁練習だけで毎日1時間以上こなし「機動破壊」をスローガンに掲げる高崎健康福祉大高崎(以下健大高崎)が、第96回全国高校野球選手権大会2回戦を突破した。
初回、相手バッテリーが警戒する中、四球で出塁した2番・星野が挨拶がわりに初球から難なく盗塁を成功させると3安打に4盗塁を絡めいきなり3得点。試合の主導権を握るとその後もエンドランあり、ディレードスチールあり、バント空振りを装っての重盗ありと豊富なバリエーションで攻め続け15安打11盗塁で10得点を挙げ快勝。1試合最多盗塁記録にはあと2つ及ばなかったものの1953年に土佐高校が記録した13盗塁に迫る勢いで走りまくった。
盗塁を得点換算すると・・・
盗塁を成功させるとどれぐらいの価値があるのだろうか。
鳥越規央 (2014年) 「勝てる野球の統計学 セイバーメトリクス」岩波書店.によれば2004~2013年までのNPBにおける得点期待値(ある状況からイニング終了までに何点入るかを示したもの)は以下の通り
状況 走者なし 1塁 2塁 3塁 1、2塁 1,3塁 2、3塁 満塁
無死 0.455 / 0.821 / 1.040 / 1.360 / 1.417 / 1.721 / 1.974 / 2.200
1死 0.242 / 0.499 / 0.687 / 0.919 / 0,905 / 1.158 / 1.335 / 1.541
2死 0.091 / 0.214 / 0.321 / 0.371 / 0.487 / 0.487 / 0.586 / 0.740
これによると例えば、初回、四球で出塁した健大高崎の2番・星野は盗塁を成功させ、1死1塁を1死2塁に変えた。得点期待値に置き換えると0.499点が期待出来る場面を0.687点が期待出来る場面に変えたということ、つまりこの盗塁には0.188点の価値があったということになる。この計算方法で健大高崎が決めた11盗塁の価値を割り出し全てを合計すると得点価値は1.365点。11盗塁を決めた割には思いのほか少ない、といったところではないだろうか。しかも6回と8回には盗塁失敗があり合計すると0.622点分の得点価値を失っている。1.365点から引くとトータルでは+0.743点、数字で表すとこれが利府戦において健大高崎が盗塁で生み出した得点と言える。セイバーメトリクスは「このプレーには何点の得点を生み出す(又は失点を防ぐ)価値があったか」という考え方を重要視するため、成功しても得点期待値がそれほど増加せずアウトになった時のリスクが大きい盗塁をあまり好まない。仕掛けるならばかなり高い成功率が求められる。盗塁には「相手に心理的プレッシャーをかけられる」「流れを引き寄せられる」というメリットもありそうだがこれを数字で表すことは中々難しい。
ちなみに最も一般的な2塁への盗塁を成功させた場合、無死からだと0.219点の価値があるが1死からだと0.188点、2死からだと0.107点となる。この日の健大高崎は3回を除き先頭打者は全て凡退。その3回も2塁打で出塁した先頭の脇本をバントで3塁に送ったため、無死から仕掛けた盗塁は無かった。その結果、盗塁によって増加した得点期待値は全体的にやや低めの数値となってしまった。
ただ、得点期待値の表は過去10年のNPBのデータを基にしたものであり、高校野球にも丸々当てはまるかと言えば疑問符がつく。また、数字で表すことは難しいと言いながら俊足ランナーが1塁にいる時のプレッシャーや、ワンヒットで生還出来る2塁ランナーの存在感の大きさは投手出身の筆者には痛い程よくわかる。打者への集中力が削がれる、配球がストレート中心になる、ウエストにより打者有利のカウントを作りやすくなるなど、数字を超えた”駆け引き”も野球の魅力の1つである。
選手権大会も折り返しを過ぎ、プロ野球のペナントレースもいよいよ佳境に差し掛かる8月後半、数字の面からと駆け引きの面からと2つの視点で観戦すると野球の新たな側面に出会えるかもしれない。