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「多い観客」は、どうしてダメ?-「多い・少ない/遠い・近い」はちょっと不思議な形容詞

高橋亜理香日本語教師/日本語・日本酒ライター

お読みくださってありがとうございます!日本語教師の高橋亜理香です。

あっという間に初夏の爽やかさ…を通り越し夏を感じさせる気温になってきました。

こんな時期はキンキンの冷たい飲み物!アイスコーヒーやビールが恋しくなってくる頃ですね。

キンキンに冷やした、多い飲み物が飲みたい…ってあれ???

形容詞「冷たい」+名詞「飲み物」で「冷たい飲み物」とは言えるのに、形容詞「多い」+名詞「飲み物」で「多い飲み物」って言うとすごく変なのはどうして?そんな疑問を持ったことはありませんか?

今回は、この不思議な形容詞「多い」とその仲間たちの謎に迫ります!

「多い/少ない」は不思議な形容詞

厳しい先生」「かわいい子ども」「楽しい時間」…形容詞で名詞を修飾すると、その名詞の特徴や性質を詳しく表すことができます。

にもかかわらず、同じ「形容詞+名詞」なのになぜか「多い観客」「少ないお金」と言うとはっきりと違和感があります。

文を例にして考えてみましょう。以下のような文は日本語ネイティブなら確実に不自然に感じるはずです。

×会場には、多い観客が集まった。
×財布には、少ないお金が入っている。

この文を自然に感じるように直すとするなら、以下のように似た意味をもつ言葉と置き換えなければなりません。

○会場には、観客がたくさん集まった。
会場には、多くの観客が集まった。
会場には、たくさんの観客が集まった。 
=============================
財布には、お金が少し入っている。
○財布には、少しのお金が入っている。

このように「多い/少ない」という形容詞は、他の形容詞とは違った性質を持っています。では、どうしてこのようなことになるのでしょう?

「多い/少ない」は、数詞のようなもの

そもそも形容詞は大きく「感情形容詞」と「属性形容詞」に分かれています。

「感情形容詞」は「楽しい」「うれしい」「寂しい」のような気持ちを表すもので、本人にしかわからない感情(人称制限)を持つものです。

「属性形容詞」というのは「白い」「丸い」「大きい」のような、人や物といった名詞の性質を表すものです。

そんな中で「多い/少ない」は属性形容詞でありながらも、ちょっと異質。不定数量を表す意味を持っているため、「ひとつ・ふたつ…」「ひとり・ふたり…」「一匹・二匹…」のような数詞または数+助数詞のような数量を表す役割を果たしているのです。

日本語では本来、数量を表す言葉は以下のように動詞を修飾する形で、副詞的な使い方をします。

○会場には、観客が5万人集まりました
○財布には、お札が3枚入っています

この文の語順を変えると、不自然になってしまいます。

?会場には、5万人観客が集まりました。
?財布には、3枚お札が入っています。

この語順のまま自然な形にするには、以下のように「名詞+の+名詞」という形で名詞修飾をしなければなりません。(それでも不自然な場合があります)

○会場には、5万人の観客が集まりました。
△財布には、3枚のお札が入っています。(まだ不自然さはある)

形容詞「多い/少ない」も数量を表す言葉なので、数詞→「多い/少ない」へ置き換えても、同じ結果になります。

○会場には、観客が 5万人 → たくさん/大勢 集まりました
(※数詞→「多い」と同義の副詞への置き換えをする)
○会場には、5万人の観客 → 多くの観客 が集まりました。
(※名詞「多く」+の+名詞「観客」に)

つまり「多い/少ない」はその言葉が持っている性質ゆえに、通常の形容詞とは違った働きをするのです。

「多い/少ない」の仲間:「遠い/近い」

その他に、形容詞「遠い/近い」も「多い/少ない」同様、名詞を直接修飾するのが難しい、特別な形容詞です。

?遠いコンビニへ行く。→ ○遠くのコンビニへ行く。
?近いレストランで食べる。→ ○近くのレストランで食べる。

のように、名詞「遠く/近く」+の+名詞という形にしないと、多くの文が不自然になってしまうので気をつけてください。

また、「遠い/近い」はさらに複雑で、「遠い/近い」+名詞という直接の名詞修飾が可能な場合でも、以下のような現象が起こります。

○遠い親戚(血縁関係が薄い) VS ○遠くの親戚(遠方に住んでいる親戚)

日本語って、説明できない不思議なことが多い!まだまだこの検証では不十分…これは謎のほんの入口なのです。

「冷たい飲み物が”たくさん”飲みたい」

今回は不思議な形容詞「多い/少ない」「遠い/近い」の謎の一部をのぞいてみました。

こんな理由で、冒頭の「“多い飲み物”が飲みたい」はNG!似た意味を持つ副詞「たくさん」に置き換えて動詞を修飾し、「冷たい飲み物がたくさん飲みたい!」となるのです。

(ちなみに「多くの飲み物」にすると、日常的な「飲み物」という語に対し硬い表現になってしまう上、「多種類」なのか「大量」なのかわからなくなってしまうので不自然です)

みなさんも、冷たい飲み物でも飲みながら不思議な日本語について考えてみてはいかがでしょう?

日本語教師/日本語・日本酒ライター

都内日本語学校の専任講師を経て、現在はフリーランスの日本語教師として留学生の日本語・進学指導やオンラインレッスンをしています。外国人の日本語学習を通して日本人の気づかない日本語を探究中。兼業で日本酒ライター・テイスターとして、父の故郷の秋田県をはじめとした日本酒の良さを伝えるお仕事もしています。保有資格:日本語教育能力検定試験、J.S.A.SAKE DIPLOMA、SSI日本酒学講師、SSI利酒師

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