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シリア:「現地の声」をどう聴くか

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
「中東世論調査(シリア2017)」の調査風景

「中東世論調査(シリア2016、2017)」

イラク軍のモスル奪回作戦をはじめ、イラクとシリアの各地で「イスラーム国」の占拠地域が奪回され、同派の敗勢は明らかである。そうした中、イラクでも、シリアでも、紛争の当事者は各々「イスラーム国」後を見据えた行動を強めている。また、筆者がたびたび指摘したとおり、シリア紛争についても諸当事者が「紛争後」の状況を見越した行動に出ている。イラクでのクルディスタン地区の独立を問う住民投票問題、シリアでのトルコ軍によるYPG攻撃、アメリカ軍によるイラクとの国境地域の占拠のような問題は、みな「イスラーム国」討伐後のイラクやシリアでどれだけ有利な立場に立つかをそれぞれの当事者なりに判断した結果生じたものである。

そうした中で気になるのが、シリア紛争の展開や帰趨から疎外され、紛争の惨禍に苦しむ一般のシリア人がどのように生活し、彼らを取り巻く諸問題についてどのように考えているかだ。一般のシリア人の生活状況や意識を知るためには、ごく短期間、限られた場所に「現地入り」して、少数の人間や調査実施者の気心が知れた人々の意見を聞くだけで十分だろうか?「現地入り」には一定の重要性や意義があるが、それでもごく限られた体験や人間関係に「シリア社会全体を代表させる」ことには無理があるだろう。この問いへの答えの一つとして行われたのが、シリア国に居住する一般のシリア人を対象に実施された世論調査である。

この調査は、調査実施にあたっては、質問票の内容の最終調整、サンプリング、面接対象者への聴取、データ入力などにおいて、シリア世論調査研究センター(Syrian Opinion Center for Polls & Studies、略称SOCPS)の全面協力を得てシリアの5地域の各々を代表するダマスカス・ダマスカス郊外県、ヒムス県、ラタキア県、アレッポ県、ハサカ県で1500人を対象に行った。調査実施に際し、SOCPSの側が彼らの関心事項に応じて質問票の改定を提案したり、特定の場所で彼ら独自の質問を追加したりしていたことが明らかになった。従って、調査実施機関やその背後にいるシリア当局が「あらかじめ回答を用意した」とは考えにくい。また、一般論であるが、「独裁政権」は選挙結果を通じて民意を知ることができないので、本当は「独裁政権」のほうが住民の意識を知るための調査を必要としているし、実際にやっている場合が多いと考えられる。今般の調査でシリア側が特に関心を示したのは、「信頼する/しない衛星放送局」、「シリア国外に転居する際に重視する事項」だった。これらを含む調査結果の単純集計は、文末のリンクを参照されたい。また、回収した質問票をつぶさに見ると、調査実施機関か回答者のいずれかが「回答者の宗教的状況」に強い関心を持っており、筆者が想定していた(というよりは必要としていた)以上に詳細な回答が寄せられた。

1.シリア人の暮らしぶり

シリア人の月収
シリア人の月収

紛争の結果社会資本や生産設備が破壊され、生産活動を担うべき人々の多くが戦闘に駆り出されたり、国外に逃亡したりする中、シリア人の多くが生活に困窮していると思われる。グラフの通り、2016年、2017年のいずれの調査においても月収が200ドル以下の者が7割以上を占めており、人民の困窮は深刻といえる。

その一方で、月収200ドル以下の者の比率は2016年の88%から2017年は75%へと低下している。中でも、比較的早い段階で戦闘が沈静化したハサカ県で所得が改善したようだ。このような結果は、現状が「経済活動や人民の生活の復旧に資する形で、戦闘のない地域を拡大する」ことや、「急場をしのぐ人道援助に加え、人民の生活状況の改善に資する支援」が必要な局面にあることを示している。

2.外国に対する意識

シリア紛争には、様々な国が様々な動機で介入し、それをシリアへの「支援」と称した。シリア人民に対する各国の「支援」をどう評価するのか、という問いに対する回答をまとめたものが下の表である。「支援」という語をどのように解釈するのかは個々の回答者に委ねて質問したのだが、シリア政府・親政府勢力の制圧下の人々は、ロシア、イラン、中国のように軍事的・政治的に政府を支援する諸国を高く評価した。これに対し、「反体制派」やイスラーム過激派武装勢力を支援したサウジ、カタル、欧米諸国の多くに対する評価は低かった。

一方、ドイツ、スウェーデン、日本が、比較的評価の高いグループに位置付けられた。これらの諸国のシリア紛争に対する政策は、政府・親政府勢力に友好的なものは限らないが、シリア人民がこれらの諸国に抱いている印象を反映しているものとして興味深い。

各国の「支援」に対するシリア人民の評価
各国の「支援」に対するシリア人民の評価

なお、「(外国に)「非常に滞在したい」、「滞在したい」と答えた人は次の質問に答えてください。あなたが滞在したい外国を3 つ優先順に書いてください。」との質問への回答では、滞在希望先として人気があった上位5カ国は、ドイツ、アメリカ、スウェーデン、カナダ、日本となった。ドイツ、スウェーデンの「支援」が高く評価され、両国が滞在を希望する外国の上位に入ったことは、シリア人民の間で、シリアからの移民・難民の受入れや処遇について両国の評判が高いことを示している。

3.日本との関係についての意識

それでは、シリア人民は日本からの支援や日本との関係について、どのように考えているのだろうか。「あなたの国(=シリア)と日本との関係、及びあなたの国の社会情勢について、以下の見解のどの程度同意しますか?」という問いについての回答が、下の表である。確かにいずれの意見についても「大いに同意する」、「同意する」との回答が多かったのだが、興味深い点は、「難民の受け入れよりも、留学や職業訓練の機会の提供への期待の方が高い」、「企業・援助機関、NGOなどの受け入れよりも、両国の政府間関係を改善すべきだという意見への同意のほうが強い」という点だろう。

日本との関係についてのシリア人の意識
日本との関係についてのシリア人の意識

シリア領内における援助や復興への関与に先立ち、二国間関係の改善が必要であるとの見解は、アサド大統領をはじめシリア政府が再三表明している見解である。これが、回答者の反応に影響した可能性があるが、紛争期間中に多数の国がシリアとの外交関係を断つ一方で、テロ対策や移民・難民問題でシリア政府の協力を必要としたり、支援や復興への関与を試みたりすることに対し、一般にも不満が募っている可能性もある。

まとめ

当然のことながら、シリア国内、トルコ、ヨルダン、レバノン、EU諸国など、調査を実施する場所によってそこに住むシリア人の経験と意識は著しく異なるだろう。今般のような、シリア国内での調査「だけ」ではシリア人全体の意識を知るには不十分かもしれない。しかし、この点についての批判は、「シリア国外に住むシリア人の意識も調査すべき」となるべきであり、「独裁政権の制圧下のシリアで世論調査をしても無意味」ではない。現在、トルコ在住のシリア人の意識調査を準備中で、EU諸国在住者についても移動先として人気が高いスウェーデンでの調査を進めている。

また、世論調査の結果などに示される情報をいかに分析するか、という問題も重要である。どのような調査でも、回答者が周囲に状況から影響を受けたり、なにがしかに配慮したりして回答することは自然なことである。重要なのは「なぜそのような回答になったのか」を分析することであり、単に数字を読むことではない。紛争下で現場の状況について十分な情報が得られないシリアやシリア人について「解説する」ならば、とりわけ思考力と分析力が必要である。

最後に、日本や日本人はシリア紛争、シリアに対し今後どのような態度をとるのか、という問題を提起したい。シリアは大規模な産油国ではないし、日本からは遠く離れている。さらに、日本の安全保障や外交に課せられている様々な制約に鑑みれば、「できること」などほとんどなく、結局のところ「かまわないでおく」という態度に終わってしまうこともありがちだ。しかし、シリアとの二国間関係、難民や留学・教練の受け入れのような問題は、それに直接従事する官庁や機関に職責を負わせればよいという問題ではなく、本質的には官庁や機関の行動を方向付ける日本の一般の有権者や出資者が判断すべき問題である。国際機関の要請や外国の報道機関などの報道に押されて「できることをさがす」のではなく、日本国内においてもシリアに対して「どうしたいか」という発想で政策や反応を考えていきたい。一連の世論調査が、そうした議論のヒントとなるよう願っている。

参照資料

「中東世論調査(シリア2017)」単純集計

https://cmeps-j.net/wp-content/uploads/2017/04/report_syria2017.pdf

「中東世論調査(シリア2016)」単純集計

https://cmeps-j.net/wp-content/uploads/2017/04/report_syria2016.pdf

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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