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大阪春の陣、府知事と大阪市長「頂上決戦」の足元に広がる小さな戦い

幸田泉ジャーナリスト、作家
大阪府市首長ダブル選挙で投票を呼び掛ける市民=筆者撮影

 降って湧いた大阪府知事と大阪市長のダブル選挙で騒がしくなった大阪。

「大阪維新の会」の松井一郎・前大阪府知事と吉村洋文・前大阪市長は「大阪都構想」を前に進めるため任期途中で辞職し、立場を入れ替えて府市首長選挙に立候補する奇策に出た。これに対し、自民党と公明党は「党利党略の入れ替え選挙に大義なし。大阪都構想に終止符を打つ」と対抗馬を擁立。大阪府知事選には府庁の官僚として松井前知事に仕えた小西禎一・元大阪府副知事、大阪市長選には前回の市長選で吉村前市長に敗れた柳本顕・元大阪市議が、松井、吉村候補との「因縁の対決」を展開している。

 維新VS反維新の一騎打ちとなって白熱する2組の「頂上決戦」の足元で、小さな地べたの戦いが広がり始めた。大阪市を廃止する大阪都構想の是非が最大の争点となった府市首長選挙で、「大阪市を存続させる候補を応援しよう」という市民側の動きである。

夕刻の大阪の街になびく「勝手連OSAKA」の旗

旗を掲げて投票を呼び掛け=筆者撮影
旗を掲げて投票を呼び掛け=筆者撮影

「大阪市を無くす都構想は要りません。市民の生活を脅かす都構想は要りません」

「大阪市長には大阪市を守る柳本顕、大阪府知事には府民の声を聞く小西禎一をよろしくお願いします」

 仕事を終えて帰宅する人々が行き交う大阪市の繁華街で、メガホンを手に声を上げる「勝手連OSAKA」のメンバー。府市首長のダブル選挙に突入したのを受けて、それまで各々の活動をしていた市民団体が急きょ集まり、勝手連として街頭に立った。

 2015年5月、大阪市民を対象に大阪都構想の賛否を問う住民投票が行われることになった際、様々な市民団体が結集して「都構想NO!」の運動を展開したが、その時と似た様相だ。

 住民投票では反対多数となって大阪都構想は市民の手で葬られたにもかかわらず、「大阪維新の会」の松井前知事と吉村前市長は「大阪都構想をバージョンアップして再挑戦する」と蘇らせた。大阪市を幾つの特別区に分割するのかなど制度設計を協議する法定協議会が2017年6月に再始動。この第2ラウンドの法定協議会では、野党会派の議員らから、大阪市の廃止と分割には膨大な分割コストがかかり行政の効率性がかえって低下することをはじめ、大阪市民の住民自治が棄損される、府内の衛星都市と比較して旧大阪市民は府に税金を二重取りされる、など問題点が山ほど指摘されることになった。法定協議会での議論を多数決でまとめようとすると、「大阪都構想否決」となってしまうため、松井前知事と吉村前市長は「民意を問う」と辞職したのが今回のダブル選挙なのである。

 「勝手連OSAKA」が街頭で掲げる横断幕には、「選挙に行って大阪まもろう!」とある。4年前の住民投票は66.83%という高い投票率になり、その結果、僅差で反対多数となった。このダブル選挙も投票率が上がれば、「大阪都構想に終止符」を掲げる候補が当選し、今度こそ大阪都構想は政治の舞台から消える――。横断幕にはそんな思いがにじむ。

法廷で維新の創設者と対峙した元大阪府職員

黄色いベスト姿で街頭に立つ大石さん=大石さんのフェイスブックより
黄色いベスト姿で街頭に立つ大石さん=大石さんのフェイスブックより

 維新VS反維新の選挙戦最中の3月27日、大阪地裁では「大阪維新の会」の創設者である橋下徹前代表がジャーナリストを相手取って起こした損害賠償請求訴訟の弁論があった。橋下前代表が大阪府知事だった時の府政運営を巡るもので、橋下府政下で府庁の幹部職員が自殺したというツイートをリツイートしたジャーナリストに対し、橋下前代表は「名誉棄損だ」と訴訟を起こしたのだ。

 この日は、橋下知事時代の府庁に勤務していた大石晃子さん(41)が被告側証人で登場し、尋問が行われた。

 被告ジャーナリストの代理人弁護士が「2008年に橋下徹さんが府知事選に立候補した時の公務員を巡る発言を覚えていますか」と大石さんに聞く。

「街宣車の上で『公務員は白アリだ』『公務員は特権階級』『公務員のケツを蹴る』と言って、動物を蹴るようなパフォーマンス付きで街頭宣伝をやっていたのを覚えています」

「その橋下さんが知事に就任した後は、府の職員に対してどのような態度でしたか」

「まず、自分の言うことに絶対に従うようにトップダウンを敷いて、現場にはそれを受け入れることが正義だというような態度でした」

「そうした下で職員の態度や仕事への姿勢に変化はありましたか」

「トップダウンが極端に敷かれて、一方で問題が起きた時は現場の自己責任にされるという空気がはびこりましたし、橋下知事はとてもマスコミに影響力があったので、逆らったということになると大変なことになると恐怖感に包まれていたのを覚えています」

「職員の数や仕事の量はどうなりましたか」

「公務員は無駄という行政改革の下で大幅に職員が減らされて、仕事の種類、量はノルマという形で増えていきました」

 まだ小さな子供を育てながら働いていた大石さん自身も、ストレスが極限に達していたという。

「仕事にやりがいを持って働きたいと思ってきました。チームワークも削がれ、みんなで課題を解決するという職場が遠のいてしまったことに疎外感を感じて苦しみました」

 大石さんは今、府庁職員ではない。昨年10月に16年間務めた府庁を退職。3月29日告示の大阪府議選に無所属で立候補する。議員という立場から府政改革に切り込んでいこうと決断した。

 公務員バッシングで支持を集めた維新政治は、もともと「縁の下の力持ち」である公共の姿をさらに市民から見えにくくした。大阪市を廃止する大阪都構想は維新の公共軽視の象徴でもあり、大阪都構想を阻止しようとする市民の動きは、公共の役割を改めて見直そうという意思でもある。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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