総合格闘技UFCはマネーに目がくらんだ?無観客試合が急転中止の舞台裏
政府の権限が及ばない領地
コビット19(新型コロナウイルス感染症=海外ではこの名称で統一)の猛威が続く中、総合格闘技UFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)が予定したイベント「UFC249」がキャンセルされた。現地時間の8日、UFCのダナ・ホワイト社長は「2ヵ月前から確定している4月18日のイベントは実現に向かう。私は“島”を確保した。素敵なショーが始まる」と吹聴。“島”とは大陸から離れた孤島ではなく、米国カリフォルニア州中央のリーモアにあるタチ・パレス・カジノ&リゾートのことだ。
同カジノが選ばれたのはアメリカン・インディアン居留地(自治区)に位置するからである。インディアン・リザベーションと呼ばれる領地は連邦政府と州政府の法律、権限が及ばない。カリフォルニア州アスレチック・コミッションはコビット19の感染拡大により5月末まで格闘技スポーツの全面中止を通達した。同カジノも3月20日に閉鎖された。しかしUFCは法、規制の抜け穴をくぐるように同カジノと結託。無観客試合ながらイベントを強行しようとしたのだ。
だがホワイト社長は翌日9日、試合をPPV(ペイ・パー・ビュー=番組ごとに料金を支払ってテレビやパソコンで視聴するシステム)中継するスポーツ専門メディアのESPNを通じてイベントの中止を発表。同時にカリフォルニア州選出のダイアン・ファインスタイン連邦上院議員が声明を発表。「UFCとタチ-ヨークトの人々がタチ・パレス・カジノ&リゾートで予定したイベントをキャンセルしたことを喜ばしく思います。今は死をまねくウイルスとの戦いが続く厳重警戒の時ですから」
ちなみにタチ-ヨークトとは、かのインディアン・リザベーションに居住する部族の名称。86歳の女性議員ファインスタイン氏を一安心させたホワイト社長だったが、ゴシップサイトTMZのインタビューでは「全面的に私の後ろ盾になってくれたタチ・パレスに感謝している。将来イベントを開催することを約束する。カリフォルニアに戻ってくる時は真っ先にタチ・パレスで挙行したい」と発言。後ろ髪を引かれるような印象を残した。
カジノ内は治外法権
ボクシング試合でも使用されている同カジノはこれまで現WBC・WBOスーパーライト級統一王者ホセ・ラミレスや前ヘビー級3冠統一王者アンディ・ルイスJrが登場している。一時期インディアン・リザベーションのカジノはボクシング試合の定番だった。私も取材で周辺のカジノに何度も足を運んだものだ。その数は10ぐらいにも及ぶ。今でも時おりイベントを開催しているところもあるが、以前に比べるとずっと少ない。
知り合いの日本人記者の話ではフロリダにあるカジノではリングサイドにインディアン・リザベーションの酋長クラスが陣取りイベントを管理。彼らと接することもできず一種の治外法権を感じたという。まさに今回のUFCの件は、そこに目を付けた策略といえるだろう。
地元メディアが痛烈に批判
ホワイト社長を翻意させたのはESPNと親会社のディズニーの説得だった。ホワイト氏は「権力者とお偉方には勝てない」と心境を吐露。そこにはカリフォルニア州コミッション、州政府そして米国政府が加わるだろう。まずは一件落着というムードだが、UFCとタチ・パレスを厳しく批判するメディアもある。地域最大の都市フレズノを拠点にする新聞「Fresno Bee」(フレズノ・ビー)だ。
「UFCとタチ・パレスの計画は恥じるべきマネー略奪」という見出しで今回の件を一刀両断。「コビット19の流行でカリフォルニアをはじめアメリカ全土の人々が被害に苦しんでいる最中にUFCのトップがタイルマッチを開催したいとアナウンスしたのは驚きではなかった。しかしながらそれがリーモアのカジノだったことは何と驚きだろう」と地方紙ならでは?の指摘をする。
そして十分な対策が講じられることなくイベントが挙行されようとしたことを強く非難した。
「出場選手、トレーナー、サブセコンド、オフィシャル陣……彼らが自宅にいるより安全だ、リングドクターはすべての面で対処できるというけれど本当だろうか。格闘技は選手の肌と肌が触れ、汗、呼吸が触れる。UFCの試合では(コロナウイルス予防対策で)規定されている人と人との距離、ソーシャル・ディスタンスを保つことができない。リングサイド・ドクター協会とコミッションはすべての格闘技イベントを延期せよとアドバイスしたが、リスクを考えていないのだろうか」
マネーに目がくらんだ主催者たち
もし今回のイベントが行われていれば、人気選手ジャスティン・ゲイジーらが出場予定だった。
会場は無観客でもコビット19の影響で自宅にこもりがちなスポーツファン、格闘技ファンは生の試合観戦に飢えている。料金を払うPPV中継にしても相当数の契約件数が予測された。いくら上から忠告されてもイベントを強行しようとした背景にはおいしいマネーが絡んでいると同紙は力説。また一時的にせよ閉鎖を解除しようとしたカジノにも批判が浴びせられる。同紙の記者に対しカジノ側がノーコメントを貫くことが責任を感じている証拠ではないだろうか。
UFCを率いて飛ぶ鳥を落とす勢いだったホワイト社長だが、今回の汚名を返上するには時間を要するかもしれない。