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今年も走る、ユーカリが丘の「おしぼり電車」乗車記

鳥塚亮大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

山万ユーカリが丘線は京成本線のユーカリが丘駅から分岐する距離約4.1kmの新交通システムと呼ばれる路線です。

運行方式は案内軌条式と呼ばれ、軌道上中央に設置されているガイドレールに沿ってゴムタイヤの小型車両が列車として走る地域鉄道で、日本初の不動産会社が経営する鉄道として、1982年(昭和57年)9月に開業した路線で、不動産会社山万が自社の開発する住宅地内の利便性を高めるために自らが交通事業者となってかれこれ40年運行を続けている鉄道です。

ではなぜ「おしぼり電車」なのか

都心から快速電車で約1時間。ユーカリが丘駅で京成電車を下車して案内に沿って進むとユーカリが丘線の乗り場につきます。

ユーカリが丘線は地方鉄道に分類される路線ですが、地方鉄道と聞くと田舎のローカル線を思い浮かべる方も多いでしょう。でもここは自動券売機に自動改札という立派な都市交通機能を備えているのに少し驚きますが、ホームに上がって列車を待つことしばし。入ってきた列車を見るとすぐにその理由がわかります。

ユーカリが丘線の切符売り場
ユーカリが丘線の切符売り場

ユーカリが丘駅に到着するユーカリが丘線の電車。
ユーカリが丘駅に到着するユーカリが丘線の電車。

小さくてかわいらしい電車がホームに入ってきましたが、乗ってみるとすぐに気が付くこと。それは、この電車は冷房車ではないということです。

開閉する窓の上部をスライドさせて風を入れています。
開閉する窓の上部をスライドさせて風を入れています。

実はこの小さな電車は昭和57年の開業当時に製造されたもので、かれこれ40年選手なのですが、乗車時間が短いことなどから製造時の設計に冷房はありませんでした。

当時はこのような新交通システムがブームであったために各鉄道車両メーカーがいろいろな車両を製造していましたが、時代の変化でしょうか。現在は車両メーカーの撤退が相次ぎ、新型車両への車両更新ができる状況にはありません。

また、路線の中にトンネルが存在するために、通常の冷房化改造では車体の屋根上に冷房装置を搭載するのですが、トンネル断面の制約からその工事ができないという現状なのです。

つまり現状では冷房化が困難な状況にあるわけですが、お客様へのサービスをないがしろにするわけにはいきません。

そこで、山万ユーカリが丘線ではお客様に少しでも涼しい思いをしていただこうと、3年前から「冷たいおしぼりサービス」を開始し、今年はそのおしぼりにプラスしてうちわのサービスも行っているのです。

車内には「つめた~い おしぼり あります」の表示が。

車両の一角にクーラーボックスがありまして、開けてみると中に紙おしぼり、それもなかなかしっかりしたおしぼりが入っています。

「おひとり様1つですよ。」

ということで、1ついただくと、このおしぼり、キンキンに冷えていて実に冷たくて気持ち良いのであります。

そういえば昔は汽車に冷房などなかった時代、冷凍ミカンというのが駅で売っていて、それを買ってもらっておでこに当てたり首に当てたりしながら、溶けるまで楽しんだものでしたが、そんなことを思わせる粋なサービスです。

さらに今年はうちわのサービスも。

千葉県のキャラクター「チーバくん」(左)と、ユーカリが丘線オリジナルの鉄道娘(右)。裏面にはボツヘッドマーク集とは何やらシュール感漂うマニアックさ。

きっとこの鉄道のスタッフの皆さんは、なかなかマニアックな方が揃っていらっしゃるのでは。

そんなことを思ってしまいました。

ふと見渡すと駅構内にはいろいろな掲示物が。

どれもローカル色たっぷりで、このインターネットの時代にあってもネットにはなかなか出てこないような地域情報満載感がたまりませんね。

グッズなんか売れないんだろうなあ~と思いつつ、よく見ると「完売」の表示が。

これは失礼いたしました。

しかし、こういうローカル情報満載の駅広告というのも、自宅で何でも手に入る情報時代の現代においては、これだけで旅気分が味わえる貴重なコンテンツと言えましょう。

地域鉄道の役割は輸送だけではない

地域鉄道はどこもお金がなくて四苦八苦しています。

でも、お金がなくたって工夫次第でいろいろおもてなしはできるというもの。

この冷たいおしぼりサービスはまさにそんな気がしました。

山万株式会社の林新二郎副社長にお話をお伺いしたところ、「鉄道部門は大きな投資がかかるので赤字です。でも、赤字だから何もしないということではなくて、職員がいろいろ工夫して頑張っています。そうすることで、地域全体の価値が上がれば、鉄道というインフラが使命を果たすということになると考えます。」とのことでした。

実際に山万ユーカリが丘線に乗って町中を一回りしてみると、高層マンションの駅前から公園、田園地帯など、この町がなかなか住みよさそうだということに気づきます。もしかしたら、それがこの鉄道が持つ一つの大きな使命なのかもしれません。

林副社長さんによると、ユーカリが丘線では8月下旬ごろから顔認証システムを改札口に導入する計画もあるようです。ローカル線とは思えないような最新式の「顔パス」となるのでしょうか。とても楽しみです。

コロナ禍の中、なかなか遠くへ旅行に出かけることができない状況ですが、何も遠くへ行くことだけが旅行ではありません。

皆様も、ぜひこの機会にお近くのローカル線や小さな鉄道を訪ねてみてください。

決して密ではありませんし、何かきっと新しい驚きや発見があると思います。

※本文中に使用した写真はすべて筆者撮影のものです。

ユーカリが丘線のおしぼりサービスは9月末までの予定です。

大井川鐵道代表取締役社長。前えちごトキめき鉄道社長

1960年生まれ東京都出身。元ブリティッシュエアウエイズ旅客運航部長。2009年に公募で千葉県のいすみ鉄道代表取締役社長に就任。ムーミン列車、昭和の国鉄形ディーゼルカー、訓練費用自己負担による自社養成乗務員運転士の募集、レストラン列車などをプロデュースし、いすみ鉄道を一躍全国区にし、地方創生に貢献。2019年9月、新潟県の第3セクターえちごトキめき鉄道社長、2024年6月、大井川鐵道社長。NPO法人「おいしいローカル線をつくる会」顧問。地元の鉄道を上手に使って観光客を呼び込むなど、地域の皆様方とともに地域全体が浮上する取り組みを進めています。

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