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欧米とロシアが制裁合戦ーウクライナ危機は東西冷戦の序章か!?

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
欧米の対露経済制裁、米石油大手エクソンの北極圏ロシア領での油田開発に悪影響及ぶ=写真はエクソンのサイトより
欧米の対露経済制裁、米石油大手エクソンの北極圏ロシア領での油田開発に悪影響及ぶ=写真はエクソンのサイトより

ウクライナ政府と親ロシア派反政府武装グループは9月5日にウクライナ東部での停戦を含めた12項目の合意文書に調印したが、その後も双方の戦闘は続く一方で、2万人を超すロシア軍もウクライナ領土や国境から撤退しないため、EU(欧州連合)は同9月12日、チェコやスロバキア、オーストリア、ハンガリーなどの反対を押し切る形で、第4弾の対露制裁を発動した。一応、EUのヘルマン・ファンロンパイ大統領は9月末に同制裁を見直しし、双方が合意した停戦が持続し、かつ、または和平協議が開始されれば、制裁を解除するとの含みを持たせてはいるものの、ロシア政府は西側からの食品禁輸に続いて、自動車や衣料品、軽工業品など農産物以外にも輸入禁止を拡大する第2弾の報復制裁の準備に取り掛かるとしており、制裁合戦は長期化の様相を帯びてきた。

双方が合意した12項目の和平条件の内容は明らかにされなかったが、難民救済など人道的援助のための輸送路の確保に加え、ボイス・オブ・アメリカの同5日付電子版によると、ウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領は、反政府武装組織の捕虜となっている東部住民の即時解放を求める一方で、ドネツク州とルハーンシク州での言語の選択の自由や地方分権の確立、さらには戦争犯罪者を除く武装グループの投降者への恩赦について取り組むとしている。

一方、AP通信の同3日付電子版によると、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は同日、ウクライナ政府に対し、和平合意のための条件として、(1)ウクライナ東部に展開する政府軍と親ロシア派武装グループはドネツク州とルガンスク州での戦闘拡大を停止する(2)ウクライナ政府軍は同国南部から撤兵し、上空や人口密集地域への高射砲攻撃を停止する(3)無条件で双方の捕虜を交換する(4)政府軍と親ロシア派武装グループが5日にベラルーシの首都ミンスクで和平会談を開き停戦に合意する(5)国際的な機関による停戦監視(6)住民への空爆禁止(7)戦闘で破壊されたインフラの修復―の7項目を挙げている。

AP通信のジム・ハインツ記者らは同日付電子版で、「アナリストの多くはプーチン大統領の7項目の条件のうち、ウクライナ東部の主要都市からの政府軍の撤退と反政府組織による支配の継続を認めることは、自ら敗者であることを認めることに等しいと見ており、両者が停戦協定を長期にわたって守るかは疑問視する見方もある」と指摘する。

実際、過去には、6月に政府軍と親ロシア反政府組織との間で停戦が成立したが、わずか10日間しか持たなかった。ハインツ記者らは、「今回はウクライナのポロシェンコ大統領とロシアのプーチン大統領の後ろ盾を持った停戦協定なだけに、ウクライナ政府関係者は長期に継続することが期待しているが、NATO(北大西洋条約機構)やEU加盟国は一様に、今回の停戦協定はウクライナ東部での混乱を継続するというロシア側の真の狙いを隠す“煙幕”にすぎないとして、警戒感を緩めていない」と悲観的だ。

EUの第4弾の対露制裁では、7月末に発表された第3弾の制裁措置をベースに内容を一段と強化したものとなっている。主な違いは、欧州の個人投資家や銀行などの企業がロシア国営の金融機関が新規発行、または残存期間が90日を超える社債や株式の購入、または売却を禁止していることについて、90日から30日に変更したほか、デリバティブ取引も新たな制裁対象としたこと、また、国営天然ガス大手ガスプロムは引き続き制裁の対象外だが、石油大手ロスネフチとガスプロムの石油子会社ガスプロム・ネフチ、石油パイプライン建設大手トランスネフチの3社、さらに国営航空持ち株会社ユナイテッド・エアクラフト(統一航空機製造会社)など軍需関連大手3社も新たに制裁対象リストに加わり、欧州資本市場での資金調達が禁止されることだ。また、EU企業による北極圏ロシア領や大陸棚、オイルシェール(油母頁岩)でのロシアへの石油関連サービスの提供禁止は、生産だけでなく、今後は油井の掘削や埋蔵量確認の試掘に関するサービスの提供も禁じられる。米国も12日、EUの第4弾と同じ内容の制裁措置の発動を決めている。

新制裁で米エクソンのロシア石油開発は危機的状況に

米経済紙ウォール・ストリート・ジャーナル(『WSJ』)のダニエル・ギルバート記者は11日付電子版で、「新たなEUと米国の対露制裁発動によって、米政府幹部の一人は、ロスネフチと共同で、北極圏ロシア領南カラ海と黒海沿岸トゥアプセ大陸棚の2カ所の油田鉱区の開発に32億ドル(約3500億円)を投じているが、その大半は北極圏の開発に向けられているので、米石油大手エクソン・モービルに悪影響が及ぶと指摘している。」という。また、「制裁は短期的にはエクソンがこれまで極東地域の開発につぎ込んだ資金はそれほど大きくないので大きな打撃にはならないが、もし、制裁で開発が大幅に遅れるか、妨害されることになれば、エクソンの原油生産量を拡大するという目算が外れ大打撃となる。エクソンの原油生産量は2009年以来の最低水準に落ち込んでおり、ここ数年の原油生産量は横ばいが続いている」という。米投信情報提供会社モーニングスターのアナリストのアレン・グッド氏もWSJ紙の11日付電子版で、「エクソンはロシアでの生産によって石油メジャーの中でも群を抜く存在だったが、それが制裁で不可能となれば再び過当競争に晒されるだけだ」と指摘する。

英オックスフォード・エネルギー研究所のシニアリサーチフェローのジェームズ・ヘンダーソン氏も英紙フィナンシャル・タイムズの1日付電子版で、「エクソンは北極圏ロシア領で1本目の調査井を掘ったもののあとが続かなくなる。来年からエクソンは石油埋蔵量を確認するための試験装置をロシアに持ち込むことはできなくなるからだ。現在の油田開発の認可は制裁発動前に降りているので問題ないと見る向きもあるが、こうした認可は一定期間後に更新されるため、更新時には制裁の効力を免れなくなる」という。

ガスプロム、制裁除外もEU向けガス供給停止する恐れも

EUはロシア産天然ガスへの依存度が高いため、第4弾の制裁措置では、エネルギー安全保障上の観点から天然ガスをEU向けに輸出しているガスプロムを引き続き制裁の対象外とした。ロシアのウラジミール・チジョフ駐EU大使はノーボスチ通信の12日付電子版で、「国際市場から自由に調達できる石油と違って、天然ガスはロシアへの依存度が大きく、ロシア産ガスに代わるものは近い将来手に入れることはできない」と苦肉の選択だったと話す。

しかし、それでもEUは、双方の制裁合戦がエスカレートしてロシア政府が冬の暖房需要期にEU向け天然ガスの供給を停止するという万が一の事態に備えて緊急対応策を策定した。モスクワ・タイムズのアレクサンダー・パニン記者は10日付電子版で、「EU理事会が最近まとめたエネルギー安全保障に関する報告書原案では、冬を迎える前にウクライナ東部の地域紛争が解決しなければ、ロシアからの天然ガス供給は停止する。そうなれば、市場メカニズムに頼っていたのではEU域内の天然ガスの供給を適切にコントロールすることは困難。そのため、緊急対策では、EU当局は市場に介入し加盟国間のガス利用を制限するとしている。短期的には、天然ガスの余剰国からの不足国への融通や、地下貯蔵の天然ガスの戦略備蓄からの市場への放出、LNG(液化天然ガス)への転換、一方、長期的には天然ガスの輸入先の多様化や再生可能エネルギーの活用による天然ガス消費の削減を挙げている」という。

モスクワ・タイムズのアレクセイ・エレメンコ記者は、10日付電子版で、「ウクライナ東部での戦闘が収まってもこれで終わりではない。プーチン大統領はこれまで10年以上の統治にわたって抱き続けてきた旧ソ連の復活を目指すので、新たな東西冷戦の序章が始まったのに過ぎない」、「ここではかつての共産党支配のソ連とは違ったソ連が登場することになる。革命前のロシア帝国と国家主導型資本主義、伝統主義のイデオロギーを併せ持ち、言論や表現の自由はなく、政治の自由や草の根民主主義も禁じられ、インターネットの検閲や同性愛者も取り締まられ、反西洋主義で戦争志向の強い保守的な福祉国家が誕生する」と指摘する。

一方、米ハーバード大学のジェセフ・サミュエル・ナイ教授(国際政治学)は著名エコノミストらが寄稿するプロジェクト・シンジケートの9月3日付電子版で、「プーチン大統領はロシア経済の立て直しの長期戦略を持たず、日和見的に行動する歴史修正主義者だが、この歴史修正主義がどんな結果になろうとも、ロシアは核大国で、石油や天然ガスの資源が豊富で、サイバー技術に優れ、欧州に近いだけに、今後、西側や国際社会にとってさまざまな問題の発生源となっていく。ロシアへの対処法は単にロシアを封じ込めるのではなく、ロシアと長期の良好な関係を維持することが最重要課題」とし、「ロシアへの怒りに駆られた対露制裁でロシアを孤立させることは問題解決にならない」と戒める。(了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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