内部告発が止まらない宝塚歌劇団 傷口を広げたのは血も涙もない冷淡で最悪な報告書と記者会見
宝塚歌劇団の団員が転落死したことをきっかけに内部告発が相次いでいます。原因は長時間労働とパワハラであると遺族は訴えていますが、劇団側は長時間労働のみ認め、いじめ・パワハラはなかったとする記者会見を行いました。
9月30日の死亡直後は、現役劇団員とOG、保護者らからの告発が一部週刊誌のみで報道されていましたが、11月10日の遺族代理人による記者会見、11月14日劇団側会見の後には、職員、元職員からの告発も加わり、連日あらゆるメディアで新たな内部告発が次々と報道されています。劇団を事業部として抱える阪急阪神ホールディングスによる再調査が決定しても内部告発は止まる様子はありません。
調査報告書と記者会見はダメージを最小限にする危機管理の機能を全く果たしませんでした。なぜこのように事態は悪化しているのでしょうか。経営陣はどうすればよかったのでしょうか。
■動画解説(リスクマネジメント・ジャーナル:日本リスクマネジャー&コンサルタント協会提供)
不備だらけの調査報告書
「治療や心理系の専門家がチームメンバーにいない。否定系の言葉が多すぎる。言葉の選び方が冷たく、血も涙もない表現だらけ。事実認定をする気もないし、故人や遺族の気持ちにも全く配慮していない。見たこともないほど最悪の調査報告書だ」、これが報告書を読んだ時の筆者の正直な第一印象でした。
劇団経営者の直近の対応における最大の問題は、調査体制にあるように見えました。筆者が最も驚愕したのは、概要版2ページ目のヘアアイロンで火傷した(以下、ヘアアイロン事件)治療の記録がない、とされている部分を読んだ時でした。
劇団側報告書では「劇団診療所の看護師によると、当時故人の火傷を見たが痕には残らない程度の火傷と思われた」「記録は残していない」「幸いにも傷は痕は残らなかった」「翌日に撮影された写真からは、故人の額に小指の第一関節から先程度の長さの茶色の傷ができていることが確認できる」と記載されています。
治療の記録がないということは、劇団員のケガが隠ぺいされうる環境、安全な環境ではないことを意味しています。故人の痛みを無視し「幸いにも」と無神経な言葉を使っています。「小指の第一関節から先程度の長さの茶色の傷」というのはかなり大きな痕であるにもかかわらず、「痕は残らない」と過小評価。皮膚科医師など専門家の意見がありません。
今回争点となっているヘアアイロン事件とは、2年前の2021年8月14日、故人が上級生からヘアアイロンを押し付けられて火傷を負った事件です。
文春に寄せられた数々の内部告発によると「あまりに痛々しかったので、たくさんの生徒が心配して集まり、どうしたんですか、と声をかけていました。彼女は涙を堪えて『自分でやると言ったのに、ヘアアイロンを奪われて押し当てられた』」、「じゅくじゅくと水膨れになるほどのヤケドを負い、長い間、ミミズ腫れのような傷が残ってしまったんです」「メイクで隠していましたが、近くで見ると傷の部分がムラになっていて痛々しかった。役者にとって命と同じくらい大事な顔に傷をつけられたことでショックを受け、新人公演の時は精神状態がギリギリだったようです」として報道されています。
さらに、遺族代理人も「本人が痛がってLINEで家族とやりとりしている資料を提出したのに報告書に反映されていない!」(11月14日)としています。
つまり、「目撃者はいた」「ミミズ腫れのような傷」「本人が痛がっていた」「精神的ダメージも大きかった」のに、その情報は調査報告書のどこにも見当たりません。これらのことから、劇団員が安心して本当のことを言える調査ではなかった、もしくは意図的に書かない、隠ぺいしたと推測ができます。既に多くの内部告発と遺族の資料があるのに、報告書に反映せず、大っぴらに嘘をついてしまう感覚がわかりません。法律事務所の能力の問題なのか、宝塚歌劇団経営者の指示によるものか、は今のところはわかりません。再調査ではこの点を明らかにする必要があります。
記者会見では「報告書通り」逃げ姿勢で信頼回復設計を失敗
記者会見の場ではどうだったか。11月14日の記者会見で説明したのは、木場健之理事長(こばけんし、2023年12月1日辞任予定)、村上浩爾専務(むらかみこうじ、元阪急電鉄執行役員、新理事長就任予定)ら3名。残念ながら、調査報告書と記者会見での対応の両面で多くの失敗をしています。
会見では報告書を読みあげ、「報告書の通り」「報告書にこう書いてあるから」と報告書を逃げ口上で使っていました。「この報告書が全てだとは思ってません」「十分な内容ではない」「ご遺族が納得できる内容とならなかった」といった発言があれば、多少は誠実に向き合うメッセージとなったのですが。ここでの態度・発言でも傷口を広げてしまいました。
あるいは、報告書については調査にあたった弁護士らに説明させれば、書面で不十分なニュアンスについて補足できた可能性があります。報告書というのは書いた人でなければわからない部分もあるからです。調査報告書を書いた本人らが出席して丁寧に補足説明していれば印象は変わっていた可能性はあります。報告書を書いていない人達が読み上げるだけで十分収束できると考えた時点で、信頼回復の設計に失敗していると言えます。
それにしても驚いたのは、宝塚の記者会見に参加している報道陣は国民の怒りを背負っていると見えないほど、クールな態度だったことです。関西ならもっと市民感情を背負って質問をするはずですが。ここにもやや違和感をもちました。
宝塚歌劇団のHPには、ようやく11月28日に「11月14日に公表した調査報告書の内容のみにとどまることなく、ご遺族のお気持ちやお考えを真摯に受け止め、誠実に協議してまいる所存です」としています。こういったコメントは残念ながら広がりません。記者会見のパワーとは比較にならないほど小さいからです。しかし、ないよりはましです。引き続き経営者に向き合い方の変化があれば公式コメントを発表し続けるとよいでしょう。
ダメージを広げるのは事実に向き合わない姿勢と冷淡な表現
ヘアアイロン事件そのものは2年前ですが、文春で報じられたのは今年の2月です。(週刊文春電子版 2023年2月1日「宝塚イジメ新疑惑ヘアアイロンで後輩の顔をヤケドさせたトップ娘役候補」)取材をうけた宝塚歌劇団は、前日に「事実無根」として返答し、そのコメントも報道されています。
このヘアアイロン事件の報道後に上級生によるいじめ、パワハラは激化します。文春で報道された2月1日、故人は宙組プロデューサーから電話を受け、回答しています。プロデューサーに説明した翌日、4人の上級生に故人は呼び出され、ヘアアイロン事件はなかったとするように強要されました。その後、故人は8月に劇団を退団することになっていましたが、新人公演を仕切る同期(当初は8名)が次々に退団し、故人が退団すると1名になってしまうことから退団を来年に延長することになりました。そこで、長時間労働とパワハラが重なり追い詰められてしまいました。(11月10日、14日遺族代理人)
文春での報道後の対応について、報告書では「宙組プロデューサーのメモとご遺族の供述との間に食い違いが見られる」「客観的証拠はない」「録音は存在しない」「どちらが事実か判断することは困難である」「プロデューサーのメモに上級生が故意でヘアアイロンを押し当てたとする記述は見当たらなかった」「劇団内部で故人のヒヤリング結果を隠ぺいした形跡や、改変した形跡は見当たらなかった」と記載されています。「指導叱責は業務上の必要性が認められる。大声や人格否定を伴うものではないから、社会通念上に照らして許容範囲を超え、相当性を欠くものとはいえない」。
このように調査報告書は否定形の羅列だらけです。故人への労りや遺族への配慮に欠け、事実に迫る気迫が全くない報告書になっています。会見においてもパワハラがあったなら「証拠となるものをお見せいただきたい」と強気の姿勢でした。
当然、遺族側を怒らせます。「故意であるかどうかにだけ焦点を当てている。故意であろうがなかろうが火傷をさせたのは事実なのだから謝罪すべき。・・・・劇団と上級生がヘアアイロン事件はなかったことにする発言の強要はハラスメントに当たる」(11月14日)などと強く反論しています。
筆者はこれまでさまざまな調査報告書を読んできましたが、この調査報告書の全体を覆っている前代未聞の冷淡な表現にショックを受けました。文章作成者は心がある人なのだろうか、と疑いたくなるほどです。故人の無念さとご遺族の気持ちを思うと心が張り裂けそうなほどの痛みです。当事者でなくても傷つきます。その意味で、報告書の表現と会見での態度は、多くのステークホルダーに対して宝塚歌劇団への信頼失墜をもたらしたといえます。
旭川市で2021年に凍死した14歳少女のいじめ認定に3年もかかった問題と重なります。今津寛介旭川市長が「報告書を見て感じることは、淡々と事実が書かれていて、非常に感情がなく、率直に無機質な印象を受けています。特に被害者の気持ちや、心情が抜け落ちていると感じています」(2022年4月15日)と記者会見で発言しましたが、それと全く同じ失敗が繰り返されているのです。この旭川市いじめ凍死問題も、遺族への聞き取りが不十分であったことから、昨年、市長直轄で再調査が決定し、今も調査中です。
危機管理広報(クライシスコミュニケーション)においては表現が重要な要素となります。傷口を広げるのは事実に向き合わない姿勢と冷淡な表現なのです。これが内部告発を多数引き起こしてしまいます。
調査を請け負う法律事務所も自らの評判を落としてしまいます。調査報告書は証拠がどうこうといった裁判とは別で、ステークホルダーに対する説明責任を果たす役割があると認識して表現を選ばなければなりません。自分達は裁判用の記述しかできないと感じたら、調査チームに文章力のあるジャーナリストや作家を加えることで表現への配慮をし、ダメージを軽減する努力は必要です。さらに、広報部のチェック機能もなかったといえます。作成された調査報告書の表現が被害を拡大させてしまうかどうかのチェック機能を果たす役割が広報部にはあるからです。
今回の記者会見は、阪急電鉄広報部長が司会をしていたことから考えると、阪急電鉄の広報部はこの報告書によって信頼失墜が起こるリスクを予測しなければならない立場でした。
筆者もしばしば弁護士や担当者が作成した文章のチェックをしますが、公表にふさわしくない場合には書き直しのアドバイスをしたり、自ら書き換えたりしています。広報部門は、外部からどう見えるかをチェックする役割があります。そのチェックもスルーして配布され、会見でも使用されてしまった。この点も今後の体制改善に反映する必要があるでしょう。
経営判断の失敗を劇団員問題として責任転嫁
記者会見後も内部告発は続いています。劇団員の前で村上新理事長が「皆さんは歌劇団にいる限り、誰もが被害者であり、また加害者にもなり得る。今回の件を認めれば、これまで起きていた全てを認めることになる。宙組の上級生だけでなく、生徒全員を守るための判断だった」と発言したことが報道されました。(デイリー新潮 11月21日)
新理事長の感覚がずれています。今回の問題は劇団員間というより、経営者側のマネジメントに問題であったとする自覚がありません。経営者が対応を誤らなければ劇団員の自殺は防ぐことができたのです。そう思うからこそ、現役劇団員も内部告発を繰り返しているのです。経営陣はなぜ内部告発が起こるのか、原因を本気で考えていない。
ヘアアイロン事件直後に加害者に謝罪をさせず放置した、文春の取材に「事実無根」となかったことにした、プロデューサーがいじめ激化を抑止しなかった(むしろ引き起こした可能性すらある)、故人への長時間労働の軽減を行わない、専門家をいれず、遺族の資料を反映せず、ずさんな調査報告書を作成した、記者会見で「報告書通り」と冷淡な態度を取った。これらの全ては経営者によるマネジメントの失敗であると気づかない限り、悲劇は繰り返されてしまうでしょう。
<参考サイト>
11月14日16時~ 宝塚歌劇団 理事長による記者会見(日テレ ノーカット版)
https://www.youtube.com/watch?v=REoMqwEVK2c
11月14日17時~ 遺族代理人による2回目の記者会見(THE PAGE)