【パリ】名和晃平さんの彫刻が2022年秋 セーヌの中洲のモニュメントに
2018年、日仏修好通商条約締結から160周年にあたるこの年、フランスでは「ジャポニスム2018」と銘打った日本イベントがさかんに行われ、話題になりました。
なかでもとくに象徴的だったのが名和晃平さんの巨大な彫刻作品「Throne(スローヌ)」の展示。ルーヴル美術館のガラスのピラミッドの中に飾られた彫刻は、パリのまん真ん中に据えられた黄金の心臓のように、昼も夜も輝きを放ち続けていました。
そしてこのたび、名和さんの彫刻が新たなモニュメントになる計画が発表されました。冒頭の画像は完成予想図で、場所はパリの西、隣接するブーローニュ・ビアンクール市(オードセーヌ県)の領域になるスガン島。2022年秋の完成を目指しています。
9月8日、パリの新年度の幕開けイベントのひとつ「ART・PARIS」の会場で、名和晃平さん、オードセーヌ県文化部門のディレクター、エリーズ・ドゥ・ブランリーさん、パリのデジタルアートマーケット「DANAE.IO」CEO、レティシア・マフェイさんによる記者発表がおこわなれましたので、その模様をお伝えします。
彫刻の場所はフランス史の舞台
首都を流れるセーヌ河の中洲のひとつであるスガン島は、20世紀のフランス史を象徴する場所です。1929年から「ルノー」の自動車工場があり、いっときは35000人が働く国内最大の規模を誇る、いわば国の基幹産業のシンボルのような存在でした。けれども、92年に操業停止。廃墟となった工場は世紀をまたぐタイミングで解体され、ひとつの時代が終わったことを印象づけました。
そのスガン島にはいま、「ラ・セーヌ・ミュージカル」という音楽堂が建っています。これは日本人建築家・坂茂(ばん・しげる)氏と、フランス人建築家・ジャン・ドゥ・ガスティーヌ氏の設計によるもので、2017年のオープン。巨大なミラーボールのようにも、セーヌに浮かぶガラス張りの帆船のようにも見える近未来的な建物です。
そしてさらに、オードセーヌ県の新たなプロジェクトとして、スガン島に彫刻モニュメントを据えることになり、今年国際コンペティションが行われました。テーマは「égalité(平等)」。世界中から35のハイレベルの候補作品が集まりましたが、そこで勝利したのが名和さんの作品「エーテル(平等)」です。
名和作品に込められたメッセージ
名和さんは作品についてこのように語っています。
彫刻はいくつかの要素によってできているのですが、その各要素は、水が地面に落ちてゆっくりと広がってゆく様子を段階的に表していて、それをランダムに積み重ねています。
一つ一つの要素は、水と地面の関係を上下反転させて対称の形にしています。このことによって、上から落ちてくる雫の形と、下から上がってゆく雫の形、このベクトルが上下で相殺されて、ゼロ・グラヴィティになる。
自然界を観察すると、地球の裏側に立っている人にとっては重力の向きが逆に働きますし、木も根っこと葉っぱのほうで上下のベクトルが働いているように見えます。自然界を観察すると、相反する力の均衡のなかに生命があるということがわかってきます。
朝が来て夜がくる。起きて寝る。生まれて死ぬ、とか、すべてこのように、ひとつのベクトルとまた別のベクトルのなかにわたしたちが生きているのではないかと思います。
この世で平等とか均衡を保っているという状態を彫刻で象徴し、それが宇宙とか人間の社会にとってひとつのメッセージになるということを信じています。
オードセーヌ県がこのプロジェクトのキーワードにしていたのは、「égalité (平等)」のほかにもうひとつ「écologie(エコロジー)」がありますが、名和さんは「エコロジー」について、次のように語っています。
いわゆる企業がいうエコロジーという観点でいうと、無駄なく、ひとつも無駄がなく造らないと成立しないという彫刻ではあって、まさに重力との均衡を保っているような、人間が計算したぎりぎりのところをせめぎ合って自立したものになるのではないかな、と思います。
社会とエコロジーの関係でいうと、この100年、産業革命後の100年、そうとう地球の環境に無理がいっていることは、もうみなさんが思い知っているような状況です。
近代化とか都市化を進めるなかで、いろんな夢を見ながらそれを進めてきた社会が、ある意味で行き詰まっているということをアーティストも建築家もみんなが感じているようなタイミングです。
僕自身がこのプランを出したということが、それに対するひとつの回答だと考えています。
彫刻の高さは25メートル。当初アルミニウムでの製作を考えていたそうですが、ステンレス製になる予定。かなり「高度な構造計算」が求められるとても難易度の高いプロジェクトであること、目下試行錯誤中であることも名和さんは率直に語りました。
たしかに、セーヌの中洲という場所柄、地盤の安定性、洪水リスクなど、考慮しなくてはならないことが多いことは素人目にも明らかで、それらをクリアしたうえで、巨大にして繊細な彫刻を立たせることはひとつの挑戦のように思えます。
天から舞い降りた贈り物のような彫刻がすっくりとそびえる姿を見る日が楽しみですが、それは「高度な構造計算」が可能にするもの。国際情勢、地球環境などの難題を人知を尽くしてバランスをとることで維持される平和の象徴といえるかもしれません。
「自由」に続く「平等」
ここからはちょっと余談。
パリのセーヌに浮かぶ彫刻としてすでに有名なのが「自由の女神」。
(えっ? ニューヨークじゃなくて?)という声が聞こえてきそうですが、パリにも「自由の女神」像があります。
そもそもニューヨークの「自由の女神」は、アメリカ独立100周年を祝ってフランスから贈られたもの。彫刻家は、フランス人オーギュスト・バルトルディです。
それ以後、地球上のあらゆるところに「自由の女神」のレプリカがお目見えしましたが、パリ市内のセーヌの中洲「白鳥の小径」にも「自由の女神」像が建っていて、これはニューヨークの像の3年後、彫刻家自身も臨席して除幕式が行われたという由緒ある像なのです。
今回のプロジェクトの「平等」というテーマは、フランスの「自由・平等・博愛」のスローガンにもちなむ言葉。「自由の女神」に続く「平等」の像が、日本人アーティストの作品とは、なんと誇らしいことではありませんか。