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その青年、ウイルス拡散の恐れあり。早く探し出せ――“封鎖”武漢で暮らす20代女子の日記(その4)

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
武漢の病院で作業をする医療関係者=3月12日、ロイター(写真:ロイター/アフロ)

 中国の習近平国家主席はトランプ米大統領との電話会談(2月7日)で、新型コロナウイルス対策について「(国を挙げた)人民戦争だが、打ち勝つ自信と能力がある」と訴えた。一方、湖北省での感染拡大は続き、2日8日に死者が81人増えて699人、感染者も2841人増えて2万4953人。感染者の約6割、死者では約8割が武漢だった。そこに住む王海霞さん(20代女性、仮名)のもとには、この深刻な数字を知った各地の友人から安否を尋ねるメッセージが数多く送られるようになった。

            ◇

≪封鎖18日目(2月9日)、同じ小区(壁やフェンスで囲まれた団地群)に住む人が、武漢で感染が蔓延してからの日常を少しずつ記録し、このほど短編動画をつくりました。小区内での消毒の様子、出入りの行列、食料品の団体購入……。少し前には存在しなかった光景なのです。でも今はすっかり慣れてしまい、それが日常になっているのですよ。まぶたをしっかり開いて見ました≫

 2月10日には中国本土の死者が908人となり、2002~03年に大流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)の世界全体の死者数(774人)を超えてしまった。

 このころ、王さんの身近に起きたことが、中国のインターネット上で大きな話題になっていた。情報を総合すると、次のようになる。

 武漢在住のある50代男性が胃痛で苦しんでいた。胃痛は彼の持病だった。その男性と妻、息子の3人で11日午前、病院に向かう途中、宅配便の青年がたまたま通りかかった。妻が青年に「夫が胃痛なので病院に連れて行ってほしい」と頼んだ。青年は快諾し、男性を電動自転車に乗せて病院まで送った。そして青年は宅配業務に戻った。

 ところが、病院で男性が精密検査を受けたところ、胃痛ではなく新型コロナウイルスによる肺炎であると診断された。男性は翌日未明に亡くなり、妻と息子も14日間、隔離されることになった。

 この話がネット上で広まり、大騒動に発展した。武漢の一部地域で「みなさん、この青年を早く探し出し、隔離せよ!」というメッセージが拡散された。王さんの小区でも住民たちが情報を突き合せて、この宅配青年が来ていないか調べていた。

 王さんをはじめ、小区住民の多くが、この出来事をこうとらえていた。「夫が感染している疑いがあるということを知りながら、妻は宅配青年に『胃痛』と偽って病院に運ばせたのではないか」。このため王さんの日記に書かれてあったのは、その妻に向けたメッセージだった。

≪封鎖21日目(2月12日)、“生きる道を追求する”というのは人間の本能。今回の件はそれを証明したんじゃないでしょうか。私はその妻に言いたい。あなたに「家族を救いたい」という切羽詰まった思いがあった、というのは理解できます。でもね、まじめな青年を騙すのは、道徳に背く行為です。この場面で取るべき方法ではありません。青年はその後もずっと配達をしていたというじゃありませんか。(彼の荷物を受け取った)どの客が安全だったといえるのでしょうか。家には老いた両親と幼い子供2人がいるのに、収入の道が断たれるのですよ≫

 のちに、その妻はメディアの取材に対し、「私は本当に夫が胃痛だと思っていました。肺炎だとわかっていれば、間違いなく救急車を呼んでいます」と泣きながら訴えていた。

 青年は、実は男性を病院に送ったその日のうちに隔離されていた。14日間たったあと、2度の検査の結果、陰性とわかり、隔離を解かれて既に仕事に戻っている。

 王さんも数日後、事の顛末を知った。王さんをはじめ、みなが未確認、不完全な情報に振り回されたのだった。

 ここに中国の特殊事情がある。当局の発表は総じて、共産党の政策や措置を肯定的に伝える。大手メディアも基本的にその路線を踏襲する。ネット上には当局に対抗する形での言論が出されるが、こうした情報は玉石混交であり、どれをどう信じるのかは、受け手の判断がすべてだ。

≪今回の件で思うのは、武漢のみなが、発生直後に「他人に迷惑をかけない」という発想を持っていれば、このような疫病はここまで広がらなかったと思います≫

 湖北省は13日、死者が242人、感染者が1万4840人増えたと発表した。1日当たりの死者数が200人を超え、感染者の増加数が1万人を超えるのはいずれも初めて。感染拡大の勢いが止まらない。感染拡大に医療現場がついていけない。

≪封鎖22日目(13日)、数字を見れば、一夜にして暴騰しています。ターニングポイントが早く来ることを希望します≫

 翌14日、王さんは外出が許可された。4日ぶりに小区から外に出ることができた。

≪封鎖23日目、「完全武装」のうえ、家を出て、出入りの手続きの場所の行列に並びました。手続き場所で聞くと、次に小区の外に出られるのは3日後ということでした。

 久しぶりにスーパーに来ました。この3、4日間、自宅でネットの動画を見ていて、どこかのスーパーで客が我先に豚肉を買おうとするシーンがありました。「我先に」というのは、多くの人々にある本性です。しかし今回行ったスーパーには秩序があり、商品を購入できる人数、数量が管理されています≫

 中国の春節(旧正月)休暇は1月24~30日の予定だったが新型肺炎を受けて2月2日まで延長され、同3日以降も地方政府が企業や学校の再開延期を通知した。

≪仕事に戻る日が、再び先送りされました。私たちはもっと我慢しなければなりません。ウイルス騒動が収まったあと、武漢市民の心療その他は、今から考えなければなりません。

 現在、多くの情報はそれぞれが所属する小区の微信(ウィーチャット)グループで共有されています。同じ町内の人たちは、かつてないほど親密です。本当に、それは「隔離病毒、不隔離愛(ウイルスを隔離し、愛は隔離しない)」というものです。いまの状況が過ぎたら、必ず、町内会の祝賀会をやりますよ。その日まで遠くない!!≫=つづく

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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