フランス政府が考える、スタートアップの成長を加速させる最適な枠組み
フランス政府の公式機関による“スタートアップの成長を加速させる枠組み“が功を奏している。パリ市の年間スタートアップ創業数は欧州大都市中最多となる1500社に達し、欧州における資金調達の27%がフランスで行われている状況だ。テロ事件が観光業に深刻な打撃を与える中、フランス政府はどのように取り組んできたのか――。外国投資企業誘致において重要な役割を担ってきた、対仏投資誘致担当大使兼フランス貿易投資庁-Business France CEOのミュリエル・ペニコーに話を聞いた。(敬称略)
■資本と市場に対する加速化
問:フランス貿易投資庁(Business France)は、どのような役割を担っている組織ですか。
ペニコー:我々はフランス経済の国際化を促進する国家機関であり、3つの役割を持っています。フランス企業の国際展開や貿易振興の支援、外国企業のフランス進出への支援、そしてフランスのイノベーションやクリエイティビティを世界へ伝えていくことです。現在は世界73ヶ国に在外事務所を構え、1500人以上のエキスパート(日本には42名が常駐)が国際的な官民ネットワークのもとで活動しています。
問:日本のJETROに似た組織といえますね。Business Franceは2015年1月に発足したばかりの若い機関ですが、その設立には、どのような社会的変化が影響しているのですか。
ペニコー:フランスもこの3〜4年で大きく状況が変わりました。5年前、MBAや研究学位を取得した若者に「どこで働きたいか」を聞いてみると、やはり「大企業で働きたい」と話していました。しかし今では、卒業を控えた学生の40%が「自らスタートアップを立ち上げたい」、もしくは「そういった企業に参画したい」という声が根強いです。こういった若い世代の考え方が変わってきたことで、フランス国内に1万社以上のスタートアップが生まれ、政府としても橋渡し役の必要性が高まりました。
問:スタートアップや学生コミュニティとの連携を深めるフランス大企業として、世界最大級の電気通信企業Orange社の存在感が目立ちます。彼らのような積極的姿勢は、現在のフランス全体に通じるものでしょうか。
ペニコー:スタートアップがもたらす革新性の高まりとともに、高学歴の若者だけでなく、大企業においても思考転換がおこりました。今日では、分野を問わず、どの大企業もスタートアップ向けのプログラムを提案しています。16年7月初旬にパリで開催されたスタートアップカンファレンス「Viva Technology」第1回イベントへ参加した大手企業グループ一覧を確認いただければお分かりになるように、事例は枚挙にいとまがありません。(高級品LVMH、流通Carrefour、サービス&観光Accor、交通運輸SNCF、メディアTF1、保険Axa、スポーツ&ゲーム&娯楽PMUなど)
問:スタートアップのサポートにおいて、フランス政府はどのような点に注力してきましたか。
ペニコー:最初に手掛けたのは、ネットワーキングによる起業家コミュニティの形成です。その際、フランス全土のサポートを一貫させるため、一つのラベリングを行いました。それが、スタートアップを発展させるためのエコシステム「La French Tech」です。重要なのは、このラベル化は“起業家が”コミュニティ形成しやすくするための取り組み、という点です。公共・民間パートナーのネットワーク構築という段階においては、政府主導ではなく、起業家が主体となってエコシステムを構築してきました。
問:その次に、どのような打ち手をされましたか。
ペニコー:資本と市場という2つのアクセスに対する“加速化”を行いました。資本については、政府はシードマネーとして2億ユーロをスタートアップに拠出する一方で、投資銀行も大きな役割を果たしました。官民が協力した結果、ベンチャーキャピタルによるスタートアップへの投資額においてフランスは欧州1位、ベンチャーキャピタル額の都市別比較ではパリがロンドンに次ぐ2位となっています。(Eurostatの調べ)
■スタートアップや若者を海外に送り出す
問:政府機関主導の手厚いサポートの副作用として、官や支援制度に頼り切ってハングリー精神が失われてしまうのではないか――、といったリスクも少なからず存在するかと思います。適度な距離感・緊張感を保つために、どのような姿勢を重視していらっしゃいますか。
ペニコ―:そのようなリスクは、確かに、政府の支援が直接的であったり、また助成金やスタートアップ向けの資金援助といった経済支援の場合にはあるでしょう。フランス政府の考えるシステムは、スタートアップを起業させようというものではなく、スタートアップの成長を加速させるための最適な枠組みの提供です。そのため、主な政策は1税制優遇、2既存の行政手続きの簡素化とそれにかかる時間のスピードアップ、3資金援助:主に民間投資家側に重きを置く、という3点に絞っています。
問:そういった方向性を掲げた上で、どのようなアクションプランを立てていかれたのですか。
ペニコー:イグニッション(発火させる)の部分では、選抜したスタートアップを各国に向かわせ、彼らの存在を海外で“目に見える形”にしていきました。例えば、世界最大規模の国際家電見本市であるCES、携帯通信関連見本市であるMWC、スタートアップの祭典Slushなどへのピッチ出場やブース出展です。2016年のCESでは、フランスからは128のスタートアップが参加して、参加スタートアップ数ではアメリカに次ぐ2番目でした。またそのうち24社が32のイノベーション賞を受賞しています。
次の段階として、企業に合致したテーラーメイドのサポートを行ってきました。この企業にはこのパートナーが、このクライアントが、この投資家が合うというように“正しい人”をマッチングさせるのです。その実現のために、該当企業をシリコンバレーやニューヨークへ10週間送り込み、毎日色々な方々とのミーティングを設定、最終的には資金調達へつながるようサポートしてきました。
そして、才能ある人材に対してのアクセスを可能にすることです。フランスは新たなエンジニアを毎年3万人輩出していますが、彼らを海外に送り出す手段を提供することも必要だと考えています。そこでV.I.E(ボランティア・インターナショナル・エンタープライズ)プログラムを立ち上げ、若い人材を海外に1〜2年ほど送り出しています。V.I.E参加者は一定の手当を受け取れ、任期満了後は派遣先企業の希望によって、そのまま正社員として採用されることも多くあります。採用されない場合でも、海外での職務経験として貴重なキャリアのひとつとなるのです。
問:フランスのスタートアップや若い人材が、海外での存在感を強めていくことを重視しているのですね。
ペニコー:はい、全てにおいて“目に見える形”にしていくことが大切だと考えています。「フレンチテック」というラベルの下に集まったスタートアップの展開をより積極的にサポートするため、フランス政府は「フレンチテック・ハブ」というシステムを提供し、世界中に存在するフランス人起業家のためのエコシステムを構築しています。
15カ国に点在する「フレンチテック・ハブ」では、フランスとその国のスタートアップが交わる場を提供してきました。日本においても東京や大阪でピッチイベントを開催しており、日本で起業したフランス人起業家や、日本のテクノロジー企業に勤めるフランス人技術者らによる日本版エコシステムは急速に活発化しています。例えば、NTTドコモ・ベンチャーズは2015年、Sigfox社やSunparter Technologies社というフランスのスタートアップに投資しています。
■テロ事件による経済活動への影響は限定的
問:Business Franceでは、年間約1500社のフランスIT関連企業を世界各国へ紹介していると伺っています。日本との関係性については、如何でしょうか。
ペニコー:当日本事務所のIT部門を通じて、毎年50社の新規企業が日本市場へアプローチしています。日本は研究開発において世界を率いていますので、フランスのスタートアップが実際に日本へ来るのは非常に重要だと考えています。16年12月、フランスのVOGO社がパナソニックとMOU(覚書)を結んだのは一つの好例です。
また、洋上風力発電を開発するIDEOL社は日立造船とパートナーシップを組みましたし、エンタープライズITのScality社は、ソフトバンクが非常に大きな顧客となったので、日本に小会社を設立しました。このように、フランスのスタートアップが、日本の技術系大企業と一緒に手掛ける事例が出てきています。
問:そういった成功事例のプロセスにおいて、Business Franceは具体的にどのようなサポートを行ってきたのでしょうか。
ペニコー:例えば、スポーツのライブ配信アプリケーションを開発するVOGO社においては、フランス国内のスポーツ大会(サッカー、柔道など)ではすでに実績があったのですが、2015年10月のフレンチテック東京ローンチイベントで初来日した際に、我々を通じて、日本のサッカー協会やラグビー協会などにアプリケーションを紹介しました。これがきっかけとなり、2016年12月の「ジャパンラグビー トップリーグ」公式戦で、パナソニックがこのVOGOのモバイル動画配信サービスの実証実験へとつながっていきました。
また、セキュリティソリューションを手掛けるSecure IC社は、2012年12月にBusiness France日本事務所がオーガナイズしたフレンチテックツアーに参加し、日本の潜在的顧客に初アプローチしました。そして2015年10月のフレンチテック東京ローンチイベントへの参加中、日本支社開設のためのリサーチを日本事務所の法務担当者と共に実施し、2016年5月に日本支社を設立する運びとなりました。
問:日本からフランスへの流れについてお伺いします。テロ事件のニュースを目にして、フランス進出に尻込みする日本企業もいるかと察しますが、この点について如何でしょうか。
ペニコー:フランスの経済指標からは、2015年11月13日に起きたパリおよびサンドニでの事件の経済活動への影響は限定的で、一時的なものに留まったといえます。またテロ行為は企業や一般世帯からの政府の信頼感に影響を及ぼすことなく、逆に2015年末にはその信頼が高まりました。観光への影響は顕著ですが、一定の地域の一定の観光客層、主に国外からの観光客に限定されています。国外からの投資に関しては、企業の決断に要する時間が平均して2年ほどかかるため、そのインパクトを判断するには尚早と考えております。
スタートアップにおいては、昨年、数か月間フランスでの起業を支援するという「French Tech Ticket」プログラムの第2回の公募がフランス国外の起業家に向けてなされ、9月に締め切られました。今回の応募者数は第1回と変わらず多く、日本からも10のスタートアップから応募がありました。
■過去2年でNASDAQ上場企業3社
問:フランスにおいては、どのような領域を手掛けているスタートアップが特に活躍していますか。
ペニコー:4分野あります。1つ目はIoT、これが最も大きな部分を占めています。例えば、IoTネットワークのSigfox社は、京セラとのパートナーシップ契約を結んでいます。2つ目はビッグデータや人工知能です。Criteo社の時価総額は20億ドルに達していますし、Facebook社がパリにAI研究所を開設したことも押し上げ要因となっています。
3つ目はメドテックやバイオテック、例えばDBV社はアレルギーを治すためのパッチを開発しており、CELLECTIS社はバイオ製薬を手掛けています。4つ目はシェアリングエコノミーで、カーシェアリングのBlaBlaCar社の時価総額は16億ドルに届いています。さらに、DBV社やCRITEO社、CELLECTIS社は、既に米ナスダックへ上場しているのです。
問:人材面では、留学生や研究者を海外から呼び込んでいることも良い循環を生んでいるのでしょうか。
ペニコー:そうですね。フランスの高等教育機関には27万8000人の外国人が登録しており、世界でも有数の留学生受け入れ国です。国際特許申請数においては世界第6位、R&D投資額は1億ユーロを上限に30%控除できる点も、競争力を高めている要因です。(研究開発税額控除制度)
また、中小企業法人税率は2017年に28%へと引き下がり、2020年までには全企業にこの税率が適用されます。イノベーションへ取り組む一部のスタートアップに対しては、8年間の法人税・社会保障費を免除する特例措置も用意されています。この結果、フランスの研究者コストや会社設立コストは、米国やドイツのそれを大きく下回っている状況です。
問:フランスにおけるイノベーションの中心地はパリかと思われます。パリ市としては、どのような施策を進めてきたのでしょうか。
ペニコー:パリ市は2008年から2014年にかけて、イノベーションに10億ユーロ以上の投資を行いました。現在、インキュベーターは60を数え、80以上のコワーキングスペースと23のファボラボが存在しています。2017年にオープンする「Station F」は、3万平方米のスペースに1000のスタートアップが入居する世界最大のインキュベーターとなります。これら施設は国際化を掲げており、2020年までに海外からのスタートアップ受入率を30%とすることを目標にしています。
パリ市の年間スタートアップ創業数は1500社で、これは欧州大都市中最大となります。投資家もひきつけており、2016年上半期には297件、10億ユーロ以上の資金調達がフランス国内で実施されました。これは欧州での総件数の27%に当たり、ベンチャーキャピタル額ではロンドンに次ぐ2位となっています。
■9つの成長テーマを主要都市ごとに当てはめる
問:Business Franceやフランス政府において、今後さらに強化していく取り組みは何でしょうか。
ペニコー:我々は、フランスのスタートアップの国際化のために提案する様々なプログラムについて、数か月前から合理化と均質化を図っています。全プログラム共通のマークとして 「Impact」が採択され、アメリカや中国で行われていたいくつかの既存プログラムにおいては、それに伴った名称変更もなされます。また2017年中に、これまでスタートアップのプログラムのなかった国々でも新規にこの「Impact」アクセルプログラムが開始されます。
フランス政府としては、13の国内主要都市で「フレンチテック」ラベルを掲げ、その後、特に国際化に向けて、これら地理的なネットワークを各分野のテーマ別ネットワークとしてクロスさせる必要があると判断しました。そして、以下の9つのテーマが決定しました。(1 ヘルステック・バイオテック・メドテック、2 IoT・マニュファクチャリング、3 エドテック・エンターテイメント、4 グリーンテック・モビリティ、5 フィンテック、6 セキュリティ・プライバシー、7 リテール、8 フードテック、9 スポーツ)このプロジェクトは16年夏に出されたもので、最初のテーマ別ネットワークに選ばれた都市が、これから発表されようとしています。
問:一貫して、ラベル統一を重視されているのですね。最後に、2017年へ向けて、日本へのメッセージをお願い致します。
ペニコー:17年6月15~17日に予定されているスタートアップカンファレンス「第2回Viva Technologies」において、大きな成功を収めたいと考えています。16年6月に開催された第1回は、スタートアップ5000社、106か国から45000人が集いました。日本からも来場者がありましたが、さらに多くの日本人来場者を迎えるべく、業界の方々がこのプラットフォームに参加しやすいようにしていきます。ぜひ、足を運んでいただければと思います。
後記:取材中に強調していたのは「政府がネットワーキングして作りたかったのは“起業家“のコミュニティであり、一連の取り組みは起業家らがエコシステムを構築しやすくするため」という点でした。フレンチテックのラベル化についても「起業家のコミュニティ形成のため」という位置づけを当初から念頭に置いており、政府主導を良しとしない姿勢が印象的だった。フランス政府が絞った3つの主な政策、そこからの具体的な打ち手を加速させていく2017年以降、このエコシステムがどのように発展していくのか――、他国のそれとも比較しながら引き続き注目したい。