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なぜ不動産の口コミ情報は重要?AIと人の協働で信頼性を高めるマンションノートの挑戦

土橋克寿クロフィー代表取締役、テックジャーナリスト
マンションノート公式サイトより

企業でのAI活用が進む中、業務効率化の実感が広がっている。その際、人件費抑制による経費削減効果に注目が集まりがちだが、効率化で生まれた余白が、更なるサービス価値向上の可能性を生み出していることにも目を向けたい。今回は、日本最大級のマンション口コミサイト「マンションノート」におけるAI活用事例を取り上げ、その取り組みを探る。

不動産業界の情報の非対称性

不動産業界では長年、おとり物件や両手取引などの問題が根深く存在し、個人の立場が弱くなりがちな構造的な課題がある。住む場所によって生活は大きく変わるにも関わらず、多くの人にとって不動産取引は一生に一度の経験であるため、専門家である不動産会社と対等に渡り合うのは難しいのが実状だ。空き物件情報や妥当な価格、物件の人気度など、業者が持つ情報量は個人とは比べものにならず、情報の非対称性が非常に大きい。

結果的に個人は、自身の状況に合った住まいかどうかの判断基準、その判断に必要な情報、その情報の取得方法について、適切に得るのが難しい状況だ。この問題を解決するためにマンションノートでは、実際に住んだ人の体験談を共有し、集合知として蓄積してきた。公共性を重視し、口コミを通じて個人の情報量を増やすことで、業界や法人主導ではなく、個人が主役となる不動産取引の実現を目指してきた。

マンションの口コミの多様性

マンションノートを運営する株式会社レンガでは、ユーザーが投稿した口コミを社内の専任チームが細かなチェックシートを用いて審査し、承認するというフローを取ってきた。このチームは、パートタイムも含めて全員が直接雇用された従業員十数名で構成されている。

マンションの口コミ審査には、様々な難しさがある。マンションは個人の所有物であり資産性もあるので、ネガティブな投稿内容に関しては公共性とのバランスで判断が難しいからだ。一方で、ある1つの事象に対してポジティブ・ネガティブ色々な意見があること自体は、大変重要であり、まさに口コミサイトの特徴だといえるだろう。

では、1つの事象に対して意見がわかれるとは、どういったケースがあるのだろうか。例えば、首都高の近くにあるマンションでは、利便性を評価する口コミと、排気ガスを問題視する口コミが併存することがある。住宅街の静けさについても、静かさや緑が多いことを評価する好意的な意見と、夜の不安を訴える意見が混在する場合がある。中古車の場合なら、良いものは良いと多くの人が同じように評価するだろうが、住まいに関しては、1人暮らしの男性と子育て世帯では重視するポイントが全く違う。

マンションノート公式サイトより(口コミを11のカテゴリーに分類)
マンションノート公式サイトより(口コミを11のカテゴリーに分類)

そこでマンションノートでは、治安・安全、お買い物・飲食、住人の雰囲気など、11のカテゴリーに分類し、さらにそれぞれのカテゴリーの良い点と気になる点を一目で確認できるようになっている。口コミ承認業務においては、そもそも口コミとして成立するかどうかの判断も行なっているため、現在の住民にとっての不安材料もない。例えば、あるマンションが駅から遠回りしないとアクセスできない場合、裏側から入れば近道だという情報は口コミとして有用だが、セキュリティ上の問題があれば掲載できない。このような、公共の場に出すべきでない口コミ情報を、サイト上に誤って掲載しないようにしている。

また、マンションの口コミでは、いわゆる「サクラ」のような偽の口コミが混入するリスクも存在する。そこでマンションノートでは、良い点と気になる点の両方を必ず投稿しないと口コミが通過しないシステムを採用することで、多様な価値観に配慮しつつ、一方的に良いことや悪いことだけを書くような投稿は比較的入り込みづらくしている。

ただそれでも、悪意を持った投稿が全く入ってこないわけではない。偽の口コミを完全に防ぐことは難しい課題だが、同社では投稿ルールの設定や審査体制の強化により、できる限り信頼できる情報を提供できるよう努めてきた。相反する意見であっても、内容が適切であれば掲載を認める一方で、不適切な投稿は排除していく方針にしたという。

審査基準が変更された場合には、以前は許容されていた口コミであっても、現在の基準に照らして不適切と判断されれば削除するという対応も取る。本来なら、掲載し続けることでオリジナルのテキスト量を増やせるというSEOメリットもありそうなものだが、レンガの小原和磨CTOはこう話す。

「価値あるサービスを提供するためには、そうした対応も必要だと考えました。しっかりとしたプラットフォーム作りを目指す上で、単に口コミの数だけ増やしてSEOを稼ぐようなことは避け、口コミの質を守ることを何より大切にしてきました」

マンションノートはこれまで、大手不動産ポータルサイトであるSUUMO、LIFULL、アットホーム等と提携しており、SUUMOには口コミの情報提供も行っている。同社の取り組みが、業界の主要プレイヤーからも一定の評価を得てきたことを示すだろう。

マンションノートを運営する、株式会社レンガの小原和磨CTO
マンションノートを運営する、株式会社レンガの小原和磨CTO

AIで口コミ承認工数を65%削減

口コミサイトはその性質上、法人からの一方向的な情報ではない双方向の流れを促進するため、そもそも口コミサイト自体が公共性が高いものといえるだろう。一方で、事業構造自体が公共性が高かったとしても、運用がしっかりしていないと逆に公共性を損なうことも確かだ。

「弊社は、個人と法人、買う側と売る側、借りる側と貸す側の情報格差が少しでも解消できるよう、住まい探しをしている方にとって有益な情報をきちんと掲載していけるよう、運用体制を改善してきました。公共性を考える上で、『運用の改善』こそが非常に大きな意味を持つと考えており、そこに大きな費用・リソースを投下しています。具体的には、システム面での管理画面自体の強化、オペレーション自体の強化、人員増強、法的側面強化という4つの観点で、改善を重ねてきました」(小原CTO)

その改善の成果は、数値にも表れていた。マンションノートは2013年のサービス提供開始から僅か10ヶ月で口コミ100万件を突破、サービス開始から10年以上経過した直近でも、口コミ投稿数が昨年比で+50%増えており、昨年比+100%(2倍)の時もあったという。当初から、口コミの信憑性や信頼性、質の維持を重視してきた同社では、口コミ掲載の判断基準を10年以上かけて強化してきた。人的にチェックを行うための管理画面などを作り込み、1件の口コミを素早く承認できる体制を整えている。

人的に判断してきた口コミ承認のチェック項目は100近くあり、一定期間のトレーニングを経て審査業務に関わっていく。このように、正しく審査するための体制作りに多くの時間を掛けているのに加え、判断基準も日々更新されていくため、承認審査フローの工数はどうしても肥大化しがちだったという。そこで、これまで培ってきたオペレーションの強みを活かしつつ、AIを活用する形で、効率化プロジェクトに着手した。

2023年4月頃からオープンAIの言語モデルを活用した効率化プロジェクトを開始し、複数のエンジニアが通常業務と並行して進めてきた。同年10月頃から、AIを活用した口コミ承認業務の効率化へ本格的に取り組み始め、2024年3月に本格導入した。その最初のトライアルで全体の審査工数の65%以上を削減し、人手を介さない掲載判定についても99.9%以上の精度を叩き出すことに成功したという。

この65%削減効果は、大きく2つの軸で分解できるそうだ。1つ目は、人手で確認しなくても良くなった口コミの割合で、これは全体の3割から4割程度を占める。2つ目は、人手で確認する際の作業の観点が減ったことによる効率化で、こちらも作業量が半分程度に減った。今後は更なる改善を進め、早々に80%程度まで改善できる見込みだ。口コミ承認作業の効率化によってできたリソースを、データ整備やプロダクト改善に向けていき、今後はオペレーションチームとも連携しながら、AIによって生み出された時間をどのように活用していくかを検討するという。

「単なる工数削減を目的とするのではなく、いかに適切にAIを活用していくかにこだわりを持って取り組んでいきます。工数削減を優先するのであれば、実は精度はもう少し低くても事業としては成立するかもしれません。ただ、人生の重要な判断に貢献する、公共性の高いプラットフォームを運営するという目的に全メンバーが情熱を注いでおり、一概に事業効率重視の判断は行いません。一方で、その公共性へのこだわりが結果として事業を強くしてきたとも感じています」(小原CTO)

マンションノート公式サイトより(エリア情報の確認も可能)
マンションノート公式サイトより(エリア情報の確認も可能)

ユーザーの意思決定に役立つ、質の高い情報

同社の口コミには、サービス開始当初から続けてきたユニークな特徴がある。それは、全ての口コミに対して内部で得点が付けられている点だ。この得点の計算は、住まいを検討している人にとっての有益度や、その地域に住んでいる人の日常生活における参考度などに基づいて評価されている。

「日常生活や人生にとって大切な項目であると考えた視点も盛り込まれています。例えば、人の健康に影響を与える『大気汚染データ』なども第三者機関から客観的な情報を取得して入れ込んでいます。このようなパッと見、ユーザーの目に見えないところでも『公共性の高い、きちんと役立つプラットフォーム』としてのこだわりを持って運営しています」(小原CTO)

ユーザーはこの得点自体を確認することはできないが、これらの得点を基に、サイト上での掲載方法や露出の制御を行うことで、ユーザーにとってより有益な情報を優先的に表示したり、将来的には個々のユーザーに合った情報を提供したりすることが可能になる。この得点付けの判断についても、最近はAIが担っているという。

また、マンションノートではこれまで、マンション周辺のエリア情報も意識した口コミ情報整理を行ってきた。一般的な口コミサイトでは、例えば新宿駅周辺の口コミを一括りにすることが多いが、実際には都庁側、ショッピング街、歌舞伎町とそれ以外では印象が変わってくる。他にも、品川駅や新橋駅でも、海側と内陸側によってエリア特性が異なるし、とある新宿駅の高級マンションの周辺情報は新宿駅全体の口コミとは異なる可能性がある。

つまり、あるマンションの口コミが、当該エリア全体の他マンションにとって役立つ情報とは限らない。そこで、AIを活用して、特定のマンションの口コミが他のマンションやエリアでも有益かどうかを判断させている。明確なエリアの境界線がない中で、このような緩やかな判断を下すことは、従来のAIでは難しかったことだといえる。

マンションノート公式サイトより(口コミは良い点だけでなく、気になる点も閲覧できる)
マンションノート公式サイトより(口コミは良い点だけでなく、気になる点も閲覧できる)

AI精度向上に向けた継続的改善

このように、ユーザーの意思決定に役立つ情報提供に向けた、適切なAI活用の模索は続いているが、AIの精度向上に時間が掛かったところもあったという。第1に、これまで紹介してきたように口コミ掲載基準は複雑で、100近くの判断項目が存在する。そんな中、同社には批判的な内容でも極端でなければ掲載したいという考えがあり、単純に口コミ特性が悪いものを排除すれば良いというものではない。また、口コミのカテゴリと投稿された内容の合致度も考慮する必要があり、文章自体の判断だけでなく、この掛け合わせの難易度が高いことが挙げられる。

第2に、掲載判定だけでなく、承認処理の過程で口コミに複数の観点でラベル付けする必要があり、それぞれ完全に別の観点でAIが判定しなければならない。例えば、口コミの有用性評価や、そのマンションだけでなく近隣マンションにとっても有効な口コミかどうかの判断など、様々な審査が求められる。中には全口コミの中に数%しか該当データがないものもあり、判定の難易度が高くなってくる。第3に、AIによる口コミ審査の精度に対する要求水準が高いことも、適切なAI活用を難しくしている要因の一つといえるという。

「全てをAIに置き換えるのではなく、人の関与により精度の継続的な改善を図ることが重要だと考えています。人の感覚を取り入れれば、トレンドの変化にも柔軟に対応できます。弊社ではこれまで、人とAIだけでなく、AI以外のシステム面を組み合わせて、口コミの質を高めてきました。例えば、NGワードのチェックや、意味不明な文字列の羅列、適当に打たれたような投稿などは、AIを使わずともシステム的に排除できます。こうした3つの要素を組み合わせることで、口コミ審査の精度を高めていきたい」(小原CTO)

不動産トレンドの変化と同様、検討者が住まい選びに求める情報や口コミで投稿されやすい内容、口コミサイトとして掲載すべき基準などは、時代時代で変化している。その変化に対してAIの判定基準を追従させていく為に、一定の割合の口コミに対して人間が判断を行い、その情報を元にAIの判定基準を随時アップデートしていく考えだという。

例えば、住まい選びの際に20年前は通信環境を気にする人はいなかったかもしれないが、今は気にする人も多いだろう。また、環境意識が社会的に高まれば高まるほどマンションにも求められ、そして口コミもそのような情報が求められていく。このようなトレンドの変化に対して柔軟に対応していく上で、AIと人の協働が生み出す意味は大きい。

マンションノート公式サイトより(新たな口コミが蓄積されていく)
マンションノート公式サイトより(新たな口コミが蓄積されていく)

AIと人の協働が生みだす、サービス向上の可能性

AIの導入効果に関する議論では、単なる効率化や人件費等のコスト削減の話題に終始しがちだが、サービス全体の質を高める上でも重要な役割を果たすだろう。人とAIのハイブリッドな運用を通じて、より信頼性の高い情報を提供することで、ユーザー満足度が更に高まっていくことが期待できる。

「サービス提供開始以来、NPS(顧客ロイヤルティを測る指標)を継続的に測定していますが、サービスに対して非常に好意的な意見が多く聞かれます。他のWebサービスでは普通に発生するような、不適切なクレームがほとんどないのもマンションノートの特徴です」(小原CTO)

実際に同社へ寄せられた、過去のユーザーコメントをいくつか読ませていただいた。すると、「住民の意見はマンション選びで一番大切。不動産会社はそこまで知らないし、管理会社は知っていても教えてくれない」など、マンションの口コミ情報を閲覧できる点について評価する声が、シンプルながらも、とても目に留まった。

マンションノートの事例は、AIと人が協働することで、より良いサービスを生み出せることを示している。AIの処理能力による効率化で生まれた時間を、人の創造性を活かしてサービス品質の向上に充てる。そして、公共性を重視し、ユーザーに価値あるサービスを提供することこそが、AIを活用する上で大切にすべき観点なのだろう。マンションノートの取り組みは、AIと人が共存する未来における、ひとつの理想的なあり方を示唆しているのではないだろうか。

クロフィー代表取締役、テックジャーナリスト

1986年東京都生まれ。大手証券会社、ビジネス誌副編集長を経て、2013年に独立。欧米中印のスタートアップを中心に取材し、各国の政府首脳、巨大テック企業、ユニコーン創業者、世界的な投資家らへのインタビューを経験。2015年、エストニア政府による20代向けジャーナリストプログラム(25カ国25名で構成)に日本人枠から選出。その後、フィンランド政府やフランス政府による国際プレスツアーへ参加、インドで開催された地球環境問題を議題に掲げたサミットで登壇。Forbes JAPAN、HuffPost Japan、海外の英字新聞でも執筆中。現在、株式会社クロフィー代表取締役。

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