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鬼滅、進撃の「漫画思考」×テクノロジーが示す、社会課題解決への鍵とは?

土橋克寿クロフィー代表取締役、テックジャーナリスト
海外でも人気の『鬼滅の刃』(写真:つのだよしお/アフロ)

経済産業省の「コンテンツ分野の海外市場規模調査」によると、海外コンテンツ市場全体の規模が約81兆円であるのに対し、日本のアニメ・漫画コンテンツの海外売上は約5000億円にとどまっている。一方、同コンテンツの国内市場規模は約2兆2700億円、世界的に知名度の高い作品が多いことを考えると、グローバルでの成長余地は大きい。日本のコンテンツの可能性を、世界で発揮することが求められる中、日本発のディズニー型コンテンツビジネス企業を目指す株式会社ファンダムの取り組みが注目される。同社の取り組みを通じ、日本コンテンツのビジネス化の現状と未来を探る。

(『連載30周年記念 地上最強刃牙展ッ!in東京ドームシティ』で入場待ちする長蛇の列:ファンダム提供画像)
(『連載30周年記念 地上最強刃牙展ッ!in東京ドームシティ』で入場待ちする長蛇の列:ファンダム提供画像)

日本の漫画・アニメの海外展開における流通革命

インターネットやスマートフォンの普及、プラットフォームの発展、サブスクリプションサービスの登場により、いつでもどこでもコンテンツにアクセスできる時代となった。「鬼滅の刃」の新作が放映されれば、Netflixなどを通じて全世界に多言語で同時配信される。各国でローカルなコンテンツを中心に消費され、ヒット作品があれば翻訳・配給される流れは、完全に過去の話となった。テクノロジーの進化により、コンテンツ産業における国境を超えた自由競争の時代が到来している。

日本のアニメや漫画は、これら流通チャネルの整備により真価を発揮できるようになった。世界の人気番組ランキング「IMDb Charts Most Popular TV Shows」では、「進撃の巨人」「ワンピース」「呪術廻戦」などの日本アニメが同週に上位ランクインした。「ワンピース」「シティーハンター」「幽☆遊☆白書」などのアニメ原作の実写化作品も高く評価されている。海外向け日本アニメ配信サイト「Crunchyroll」は1億人以上の会員を獲得し、有料会員は1100万人に達した。

近年は「推しの子」や「葬送のフリーレン」なども世界から注目を集めた。「推しの子」はアニメとして流通しただけでなく、作中に登場するアイドルグループの楽曲も実際にリリースされ、大きな話題を呼んだ。主題歌はApple Music年間ランキングで全世界7位を獲得、劇中のアイドルグループ「B小町」の楽曲がビルボードのグローバルチャートで1位を獲得した。流通チャネルの整備により、日本のアニメが、主題歌などの音楽コンテンツを世界的にヒットさせるための強力なマーケティングメディアとして機能し始めている。

日本のコンテンツは、質が高いものの流通チャネルが不十分なために、その力を十分に発揮できていない部分があった。しかし、アニメの世界的な普及によって、他のコンテンツにもスポットライトが当たり、日本のコンテンツ産業に大きなチャンスが訪れている。

この数年で、海外の書店における日本の漫画の英訳版の売上が伸びている。Dark Horseなどのアメリカの出版社が、積極的に日本の漫画を翻訳して出版し、海外の書店での販売が増えた形だ。わかりやすいアニメから入った後、子供たちが原作の漫画にハマっていく流れができている。

一方、LINEマンガのようなスマホアプリの存在も大きい。集英社などの大手出版社も、ジャンプの連載作品を独自のグローバル向けアプリで同日・多言語展開するようになっている。このように、アニメの流通チャネル整備に刺激を受け、書店やスマホアプリなどを通じて日本の漫画がグローバルに同時配信される土壌が、着実に整ってきている。

ファンダムの保手濱彰人会長は、この流れを最大限に活かす考えだという。「我々は、まさにこの流れに乗っかっており、海外市場の拡大によってアニメ市場全体が急成長していることが追い風となっています。日本コンテンツの可能性を最大限に引き出し、世界の81兆円市場で存在感を示していきたい」。次のセクションでは、同社のビジネス面での取り組みについて紹介する。

(『NARUTO-ナルト- 疾風伝』のご当地キーホルダー:ファンダム提供画像 (c)岸本斉史 スコット/集英社・テレビ東京・ぴえろ)
(『NARUTO-ナルト- 疾風伝』のご当地キーホルダー:ファンダム提供画像 (c)岸本斉史 スコット/集英社・テレビ東京・ぴえろ)

(『おさるのジョージ』のご当地グッズ:ファンダム提供画像 (c) & (R) UCS LLC and HC LLC)
(『おさるのジョージ』のご当地グッズ:ファンダム提供画像 (c) & (R) UCS LLC and HC LLC)

ファンダムとパイレーツファクトリーの役割分担

ファンダムは、日本コンテンツを活用した事業を展開しており、デジタルグッズ販売やアートに関連するECサイトなどを運営している。子会社のパイレーツファクトリーでは「鬼滅の刃」などのIP(知的財産・版権)を用いたグッズ展開を担当している。この事業体制について、保手濱会長は次のように説明する。

「日本の優れたコンテンツを通じて日本の良き精神性を世界に発信するには、ビジネスとして一定の影響力とスケールが必要だと考え、このような事業体制をとっています」

参考になるのがウォルト・ディズニー・カンパニーだ。同社は年間売上7兆円、営業利益1.5兆円を上げるが、「ドラゴンボール」や「ワンピース」といった世界的に知名度の高いコンテンツを持つ日本の出版社群は、例えば売上1000億円、営業利益100億円といった数字に留まる。IPの知名度・人気については世界的に見て大差無いが、ウォルト・ディズニー・カンパニーの売上高・利益率は、日本の大手企業を遥かに凌ぐ。コンテンツ業界の日米の圧倒的な差を解決するには、日米のライツ利用システムの違いなど、ビジネス構造の違いに目を向けることが必要だといえる。

ファンダムは、ウォルト・ディズニー・カンパニーのように上流から下流までを一気通貫で手がけるビジネスモデルを開拓している。ライブイベントやご当地コラボ、アート展開などを通じて、コンテンツの新しい活用方法を提案してきた。

ファンダムとパイレーツファクトリーは、異なるターゲット層に向けて事業を展開している。前者は「ベルセルク」や「ソードアート・オンライン」のような深いファン層を持つコンテンツを対象に、コアなオタク向けの高単価商品を展開。一方、後者は「ちびまる子ちゃん」のような幅広い知名度を持つコンテンツを活用し、ライトユーザー向けの低単価商品を展開している。この戦略的な役割分担について、保手濱会長はこう語る。

「ハイブリッド型の会社として、コンテンツへの愛情を持ちながらビジネス面の話もしっかりできることが、IPホルダーや原作者の方々に評価されています。この業界では、良いコンテンツにはファンが必ずついていますが、ファンが求めているものを新しく開発して提供するベンチャー企業がなかったため、従来の商品やサービスしかなかった。そこで我々は、『飢えているユーザー層』に向けて新しい商材を提供してきました。コンテンツは人々の生活に欠かせない『栄養』のようなものです」

実際、同産業の多くはコロナ禍でも売上は落ちず、むしろ巣ごもり需要で業績が伸びた部分もあるという。先行して市場を開拓してきた、フィギュア領域という良い前例もある。日本の職人魂がこもったお家芸といえる同領域は、国内で大きな市場を作った後、海外へと手を伸ばし大きく進捗し続けている市場だ。某国内フィギュアメーカーの海外売上比率は、2014年時点で20%だったが、2021年には50%まで伸長した。特に中国ではフィギュア市場の成長が著しく、2020年から2023年のわずか3年間で、619億円から1541億円へと、市場規模が2.5倍にまで拡大した。

(大ベルセルク展:ファンダム提供画像 (c)三浦建太郎・スタジオ我画/白泉社)
(大ベルセルク展:ファンダム提供画像 (c)三浦建太郎・スタジオ我画/白泉社)

(大ベルセルク展の展示物:ファンダム提供画像 (c)三浦建太郎・スタジオ我画/白泉社)
(大ベルセルク展の展示物:ファンダム提供画像 (c)三浦建太郎・スタジオ我画/白泉社)

AIを活用した没入感のあるコンテンツ体験

ファンダムには、今後特に注力していく3つの方向性があるという。1つ目は、ライブエンタメや大型展示会(前述の大ベルセルク展や刃牙展など)といった新たなマネタイズ手法の開拓だ。2つ目は、海外市場への本格展開とコンテンツを深く楽しむための体験の場の提供だ。3つ目は、AI技術を活用した、没入感のあるインタラクティブなコンテンツ体験の提供だ。AIの力を借りて、より多くのファンが推しキャラクターとの充実した時間を過ごせるようにしたい、と保手濱会長は話す。

「我々は『推し活』に特化した会社でもあります。そこで、AI技術を活用して、自分の応援しているキャラクターがもっとファンに寄り添えることを目指して、研究開発を進めています。将来的には、ファンがAIで再現された推しキャラクターと自由に会話したり、一緒に冒険したりできるような、没入感の高い体験を提供できるでしょう。そうなれば、推し活の幅もさらに広がっていくはずです」

VTuber事務所は、所属タレントのIPホルダーの立場にあるので、ファンダムにとってはビジネス展開で協力していく関係になる。既に、大手のVTuber事務所は、ほとんど同社のクライアントになっているという。VTuber事務所は素晴らしいキャラクターを生み出す力を持っているが、所属タレントの活動支援が主な役割であり、マネタイズまで手が回らないことも多い。そこをファンダムが担うことで、Win-Winの関係を築いていく狙いだ。

(ファンダムの保手濱彰人会長:ファンダム提供画像)
(ファンダムの保手濱彰人会長:ファンダム提供画像)

漫画とアニメが持つメッセージ性とファンへの影響力

日本の漫画やアニメが世界中に届きやすくなったことで、その社会的なメッセージも伝わりやすくなり、多くのファンの心を捉えている。この点について、保手濱会長は自身の書籍『武器としての漫画思考』に触れながら、次のように語った。

「世界で最も広がった思想や哲学はキリスト教ですが、それはコンテンツとしての聖書が何十億部も売れているからです。聖書が50億部ほど売れているのに対し、良き精神性を伝える日本の漫画、例えば『ワンピース』は累計5億部程度。まだ10分の1です。日本ならではの良い思想を伝えるコンテンツとしての漫画の発行部数がもっと増えて世界中のファンに伝わっていけば、相互理解や融和という形での良い世界につながっていくと考えています。それが私たちの会社の理念でもあります」

実際、日本の漫画では敵対者も理解され、時には仲間になることが少なくない。保手濱会長は続けて話した。

「『鬼滅の刃』の冨岡義勇は、悪を倒すことは倒すが、常に相手の立場に立って理解しようとします。また、『進撃の巨人』も非常に考えさせられる作品でした。重いテーマでしたが、なぜ世界から戦争がなくならないのかを理解し、多様な価値観を受け入れる姿勢を持つことを促してくれる、示唆に富んだ作品でした」

たしかに、日本のアニメ・漫画が世界的に人気を博している理由の一つに、作品の持つ優れたメッセージ性が挙げられる。「鬼滅の刃」では敵対者への理解、「進撃の巨人」では戦争への警鐘と多様性の尊重など、これらの作品は社会的に重要なテーマを扱っており、世界中の読者・視聴者の共感を呼んでいる。

テクノロジーの発展により、日本の漫画やアニメは今や全世界で同時に楽しまれるようになった。この流通革命の現状を踏まえると、社会的メッセージを持つ日本コンテンツの可能性を最大限に引き出し、グローバルなコンテンツ市場で存在感を示すビジネス展開が求められている。その一翼を担う、ファンダムの挑戦に期待したい。

クロフィー代表取締役、テックジャーナリスト

1986年東京都生まれ。大手証券会社、ビジネス誌副編集長を経て、2013年に独立。欧米中印のスタートアップを中心に取材し、各国の政府首脳、巨大テック企業、ユニコーン創業者、世界的な投資家らへのインタビューを経験。2015年、エストニア政府による20代向けジャーナリストプログラム(25カ国25名で構成)に日本人枠から選出。その後、フィンランド政府やフランス政府による国際プレスツアーへ参加、インドで開催された地球環境問題を議題に掲げたサミットで登壇。Forbes JAPAN、HuffPost Japan、海外の英字新聞でも執筆中。現在、株式会社クロフィー代表取締役。

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