「伝統的家族観」は自民党政権下で失われた。働き手の減少や賃金凍結、産業構造変化による3世代維持の崩壊
今月、性的少数者に対する差別的発言が問題視されて首相秘書官が更迭されました。秘書官は国会で「主」の岸田文雄首相が同性婚の法制化に対して「家族観や価値観、そして社会が変わってしまう課題」と発言していたのをフォローするつもりであったようです。
首相が「変わ」らないでいてほしい「家族観や価値観」とは異性の夫婦が法律婚して子をなし、主として育児は母が担うといった役割分担や3世代同居といった伝統的価値観をおよそ指すのでしょう。ここが壊れてはいけないと。では現実に伝統的家族観・価値観は維持されているのでしょうか。官公庁のデータを元に確認してみます。
本稿ではイデオロギーは無視。あくまで数字で迫るのが目的です。
働き手が減れば女性の手を借りなければ成り立たない
「男は仕事。女は専業主婦」という姿は1980年には成立していました。「男性雇用者と無業の妻からなる世帯」1114万世帯に対して614万世帯であったからです。以後、両者は急速に接近して90年代はほぼ拮抗、今世紀に入ると後者が明らかに上回っていって2019年は共働き1245万世帯に対して「男性雇用者と無業の妻からなる世帯」は562万世帯に過ぎません。
他方、雇用されている人は非正規も含めれば緩やかに増加しています。ただし正規雇用数は1994年の3805万人が最大値。とはいえ働き口があるのは基本的に「良い現象」のはずです。
働き手を意味する生産年齢人口(15歳~64歳)は1995年頃がピーク。以後は減少しています。
いうまでもなく男女の数はほぼ同じだから、働き口が緩やかに増加していて生産年齢が減少している以上、女性が労働市場に出て行くのは必然です。すなわち「男は仕事。女は専業主婦」を守りたくても人口論では不可能といえます。
「カネはオレに任せておけ」と胸を叩ける環境の喪失
「男は仕事。女は専業主婦」を維持したければ「男」の「仕事」の対価である賃金で妻と子どもが養えないと絵に描いた餅です。高卒国家公務員初任給でみてみましょう。
まだ「男性雇用者と無業の妻からなる世帯」が数的優位にあった1970年代。71年が3万2100円に対して80年が8万2000円と2.5倍以上。81年と90年の比較も約1.36倍です。対して2011年と20年の対比はわずか1.07倍。ほぼ凍結です。
もちろん背景にある消費者物価指数の伸びと勘案しなければなりませんが、近年まったく賃金が増えていない実感の方がほとんどのはず。
要するに伝統的家族観の信奉者であっても「カネはオレに任せておけ」と胸を叩ける環境が失われていったのです。無い袖は振れません。
しかも上記のように安定した収入が長期にわたって望める正社員の数は90年代を頂点にいまだ超えられずにいるのです。
農林水産業の見る影もない衰退
今度は産業構造の変化をみてみましょう。1955年は第1次産業(農林水産業)が1929万人とトップでしたが60年にその座を第3次産業(サービス業)へ譲り、2015年になると第1次は200万人代と見る影もなく衰退。反対にサービス業が約4000万人と総数の67%を占めるに至ったのです。
産業の発展につれて第1次→2次→3次へと移り変わっていくのはペティ=クラークの法則と呼ばれて高度化を示す現象だから、そうなった自体はおかしくも何ともありません。
サービス業と3世代同居の相性と自営業の減少
ただし以上の産業構図の高度化は伝統的家族観の1つである3世代同居にはマイナスです。仕事の性質上、農林水産業では比較的容易な半面で、サービス業は難しいから。
サービス業は人の集まる場所ほど栄える職種です。都市部、できれば大都市部であるほど多種多様なサービスが可能(収益化できる)なので。結果的に地方の若者は職を求めて地方から離れていきます。
非農林水産業の自営業率も顕著な下落を示しています。自営業もまた3世代同居と相性がいいため減少は支え手の不足に直結するのです。
今世紀に入って激減した「3世代世帯」
こうした背景を押さえつつ「65歳以上のいる世帯の世帯構造の年次推移」をみてみます。「3世代世帯」は前世紀末、例えば1998年は440万世帯を記録して他の類型と比して1位でした。しかし2001年にはその座が「夫婦のみ」へと移ります。
以後「3世代世帯」は減るばかりで10年には「単独」「親と未婚の子のみ」も含むすべての類型に抜かれて最下位となり、その後も回復の兆しはみられません。
現在は10%ほど。しかもこの割合は「65歳以上のいる世帯」限定で全世帯で比較すると5%ほどまで落ち込むのです。
家族観や価値観は既に変わってしまった
以上のような変化をもたらした期間の大半は自民党を中心とした政権が担ってきました。その間に「男は仕事。女は専業主婦」を男性側が標榜したくてもできない仕組みへと変わり、3世代同居をしたくてもできない状況へと導いたのです。
岸田首相の言葉を借りれば「家族観や価値観、そして社会」は「変わってしまう」のではなく既に変わってしまいました。数字上「男は仕事。女は専業主婦」も「3世代同居」も少数派なのです。
何も少数になったから蔑ろにせよといいたいわけではありません。それでもなお大切にしたいならば是非はともかく「男は仕事」で稼ぐカネをドーンと引き上げて「専業主婦」の「女」を子どもともども安心して暮らせるようにするとか、地方や都市部でも通勤に不便な実家でもガッツリもうかるような産業を育成するとかしないと歯車は逆回転しないという話をしたいのです。