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教員は、出産も育児も健康も犠牲にしなければならないのか?その理不尽さと改善策は、はっきりしている!

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:アフロ)

 深刻な教員不足の要因として、しばしば持ち出されるのが「産休・育休」である。産休や育休をとる教員が多いことが教員不足の要因だ、というわけだ。まるで、産休や育休をとることが「悪い」かのような言われ方である。そうなのだろうか?そうした言われ方に、疑問をもたざるをえない。

|教育委員会の認識は正しいのか

 文科省は「『教師不足』に関する実態調査」という、主に教育委員会を対象とした調査結果を、2022年1月31日付で公表している。そこに「『教師不足』の要因」という項目があり、教育委員会が教員不足の要因についての認識を聞いている。

 ここでトップの要因となっているのが、「産休・育休取得者数が見込みより増加」である。「よくあてはまる」が24%、「どちらかといえばあてはまる」が29%、合わせて53%となっている。半数以上の教育委員会が、教員不足の主な要因を産休・育休取得者が増えていることにあると認識していることになる。

 言い方を変えれば、産休・育休取得者が減れば教員不足も軽減される、と考えているようにもおもえる。そういう認識から、「教員が産休・育休をとるのはケシカラン」という発想さえも生まれてくるのかもしれない。

 しかし、教員不足を深刻化させるような産休・育休のとりかたを、教員はしているのだろうか。

「民間企業にくらべて、教員の休暇制度はすごく充実しています」と言うのは、日本教職員組合総合政策局局長で女性部長の西嶋保子さん。とはいえ、その充実した休暇制度を教員が思う存分利用できるかといえば、そうではないらしい。

|出産・育児のタイミングを逃すケースが多い

 教員になった初年度からクラス担任になるのが普通で、大きな責任を課せられる。そうしたなかで、なかなか産休をとる決断はしにくい。「クラスを放っておけない」という教員の責任感もあるが、「担任を放りだして産休をとるなんてトンデモナイ』という周囲のプレッシャーもあるからだ。教員不足が深刻な状況にある現在では、そのプレッシャーは強まるばかりである。

「そうして出産時期を先送りにしているうちに、高齢出産になってしまうケースが増えています。それでも、すぐ妊娠できればいいのですが、高齢になると妊娠の可能性も低くなります」と、西嶋さん。

 不妊治療が必要なケースも少なくない。しかし、簡単に治療がうけられるわけでもない。

「病気休暇を利用すれば不妊治療もうけられることになっています。しかし忙しい仕事を後まわしにして病院に行くのははばかれる環境なので、なかなか思うように不妊治療もうけられないのが現状です」

 制度はあるものの利用できないのが現実なのだ。治療すれば出産の可能性があったにもかかわらず、出産をあきらめてしまっているケースも少なくない。

|健康さえ後まわしの現状

「出産だけではありません。健康管理についても同じことがいえる。それは女性教員だけでなく男性教員でも同じです」と、西嶋さんは言う。

 たとえば健康診断をうけて「精密検査の必要あり」との連絡があっても、「授業に穴を空けてまで自分の検査に時間を割けない」という発想に教員はなりがちだという。そうやって対応が後手後手になっているうちに、「手遅れ」になってしまいかねない。増えている教員の過労死も、こういうところが影響しているはずだ。

 同じようなことは「生理」についてもいえる。いくら生理痛がひどくても、それで休むという環境になっていない。

「どんなに生理痛のひどさを説明してもわかってもらえない、という気持ちが強くあります。男性は経験がないのですから、なおさらです。そして『生理休暇なんてとれません』という意見もよく聞きます。生理だということを知られたくない、という気持ちが強いからです。生理を理解しようという環境になっていないために、生理をタブー視する傾向が強いことが影響しているとおもいます」

 言い出せない環境に甘んじている教員本人にも、もちろん問題はある。しかし、無理をして授業を行うことが、身体にも精神的にも良いはずがない。それが、さらに大きな問題を見逃すことにもなりかねない。西嶋さんが言う。

「ひどい生理痛は、いろいろな病気が原因になっている場合もあります。早い時期に医者に診てもらえば、子宮に問題があることが発見できて、早く治療できたかもしれない。治療が遅れたために妊娠しづらい身体になっていた、そんな話もよく聞きます」

 出産・育児を教員不足の要因にしたがる傾向があるが、じつは教員が出産・育児をしづらくなっているのが現状なのだ。教員本人の問題も皆無ではないが、制度だけつくって利用できる環境をつくっていないことに大きな問題がある。出産・育児、そして体調の悪いときは休める環境が整っていれば、もっと教員志望者も増えるはずである。

「もっと出産・育児をしやすい環境を整えてもらいたいと教育委員会に申し入れても、『制度はありますから、それを利用するかどうかは本人の問題です』という返答が戻ってくるだけです。利用できる環境にないと反論しても、同じ返答の繰り返しで、話は堂々巡りするばかりです」と、西嶋さんは言う。そうなってしまっている理由は、じつは、はっきりしている。

「出産休暇をとりたくてもとれない、病院へ行かなくてはいけないのに行けない、生理痛がひどくても無理してしまう、その理由は自分が抜けたあとをフォローしてくれる人がいないからです」

|絵に描いた餅では充実した制度も無意味でしかない

 制度をつくって終わりではなく、それを利用できるように代替要員が確保できる環境を整えておかなくては「絵に描いた餅」でしかない。「絵」だけ描いて、あとは教員の責任感の強さに頼っているのが現状だ。教員は消耗するだけだし、教員志望者も増えるわけがない。

 こういう話になると、「民間企業も同じだから、教員もガマンして当然」と言う人がでてくる。しかし、どう考えても良くないこと、社会的に良くないことを、「みんな同じだからガマンしろ」という理屈は成り立たない。良くないことは、改善していくべきである。学校が率先して改善しても、なんの不都合もない。

 産休・育休が増えているのが、教員不足の要因ではない。出産・育児のために抜ける人員を補う体制をつくっていないことが、教員不足のほんとうの要因なのだ。病院に行けなかったり生理痛をガマンして体調を崩すのは、教員本人の問題よりも、休んだときにフォローしてもらえる環境を整えていないところにこそ問題がある。制度だけ整えていても、それが使えない環境にしてしまっていることが、最大の問題なのだ。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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