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学習指導要領が追いついてきた~ホリスティック教育~

前屋毅フリージャーナリスト
日本で刊行されていた季刊誌『ホリスティック教育』 撮影:筆者

「ようやく、学習指導要領が追いついてきました」と言ったのは、成田喜一郎さん。彼は、ホリスティック教育/ケア学会の副会長を務めている。幼稚園では2018年から、小学校では2020年から、中学校では2021年から、そして高等学校では2022年から完全実施される「新学習指導要領」になって、「ようやくホリスティック教育の考え方に追いついてきた」と、彼は言っているのだ。

「新学習指導要領では、幼稚園から高等学校まで『前文』がはいっています。これまでの学習指導要領にはなかったもので、初めてのことです」と、成田さん。たしかに新学習指導要領では「前文」がはいり、しかも幼稚園から高等学校まで、ほぼ同じ内容となっている。それは、「文科省が目指す教育の目的」といってもいい。「そこにはホリスティック教育という言葉こそありませんが、ホリスティック教育そのものといっていい表現があります」と成田さんは言って、「前文」の一文を示した。

「持続可能な社会の創り手となることができるようにする」

 ホリスティック教育を最初に提唱したのは、カナダのトロント大学大学院オンタリオ教育研究所のジョン・ミラー教授であり、彼は著書『The Holistic Curriculum』(邦訳『ホリスティック教育 いのちのつながりを求めて』)で、その理論と実践を紹介している。その序章の第一節で彼は、「私たちの時代は、たくさんの問題を抱えている」とし、いろいろ研究もすすめられてはいるが、「その恐ろしい結果の全体像はつかみきれないでいる。たしかなことは、私たちが知っているこの文明生活は消え失せるだろうということだ」と述べている。

 つまり、「このままでは持続可能な社会にはならない」と言っているのだ。その理由をミラー教授は、「つながり合う生命の全体が分断されてしまったという問題が横たわっているように思われる」と続けている。

 たとえば企業家たちは、自分たちの利益ばかりを考えて、環境のことを考えてこなかった。考えが「分断」されてしまっているのだ。だから、環境問題が起きている。

 これと同じで、「分断」されていることが問題の根っこにあるというのがミラー教授の考えである。そして彼は、問題の解決につなげ、持続可能な社会を創るためには「ホリスティック(全関連的)」なアプローチこそが必要だと説く。

 そのホリスティックな思考のためには教育が重要だ、ともミラー教授は述べている。しかし、その教育こそが分断的でしかない。彼は書いている。

「教育行政は学力テストの成績向上を第一の課題とし、父母は基礎学力の確保を求め、教育研究者は思考能力の形成プロセスを議論してきた」

 この本をミラー教授は1988年にカナダで発表したが、まさに日本の従来の教育の姿でもある。これを改めるべきだとして、彼は次のように提案している。

「いま必要なのはホリスティック教育の考えとアプローチ」と成田さん。 撮影:筆者
「いま必要なのはホリスティック教育の考えとアプローチ」と成田さん。 撮影:筆者

「一人ひとりの教師の目の前にいるのは、全体としての子どもなのであり、こちらがその特定の側面だけを区別したり重視したりして一面的に理解することは、決してあってはならない」

 それは教科についても同じで、「学習内容は各教科に分割され、教科は単元に細分化され、それら相互の関係づけがなされていない」と批判し、つながりを重視したホリスティックなアプローチが必要とされているとミラー教授は指摘する。「それが、新学習指導要領で強調されている『主体的・対話的で深い学び』にもつながる」と、成田さんは強調する。

 新学習指導要領はホリスティック教育に追いついてきているのかもしれない。ただし、上辺の言葉だけで終わるようなら、ホリスティック教育に追いついたとはいえない。新学習指導要領の前文で掲げた「持続可能な社会の創り手」を育てることなど、できないだろう。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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