「新型コロナ、経済、民主主義」 文在寅政権の意気込みを最新の演説から読む
4月19日は韓国では60年前に李承晩(イ・スンマン)政権を倒した学生革命の記念日として知られる。記念式での大統領演説から見えた、韓国政府の現状理解における3つのポイントを解説する。
●4.19とはどんな日か。
韓国は日付と共に現代史を記憶している。
例えば「8.15」は1945年8月15日の光復(日本による植民地支配からの解放)を、「6.25」は1950年6月25日の朝鮮戦争勃発を指すといった具合だ。「4.3」、「5.18」、「6.10」など、これを知るだけで現代史が分かるといっても過言ではない。
今日は「4.19」だった。狭義には1960年の4月19日に全国にソウルを中心に起きた李承晩政権の不正選挙を糾弾する大規模デモを指す。これにより韓国の初代大統領(1948〜)李承晩大統領は下野を余儀なくされた。
だが後に詳しく見る文在寅大統領の演説にもあるように、これは2月から始まった一連の反李承晩運動の「決定打」と見るのが正しい。
独裁を続ける李承晩政権に対する不満うねりが爆発し、政権を退陣に追い込んだ過程がそこにある。学生を中心に、知識人、市民が一体となった文字通りの「革命」だった。
「4.19革命」は憲法前文にも「4.19民主理念を継承し」と明記されるほど、韓国では重要な価値観を打ち立てた現代史の大事件と位置づけられる。
その意義の大きさは「韓国の民族主義の精神は『3.1独立運動』から、民主主義の精神は『4.19革命』から始まる」(※)との評価もあるほどだ。
この日午前、文在寅大統領は2017年5月の就任以降はじめて、「4.19革命」の記念式を訪れ演説を行った。演説の中には「民主主義」という4.19のテーマを絡め、今の韓国を理解するための重大なヒントがちりばめられていた。
青瓦台(大統領府)によると、元は2,500人規模で行われる予定だった記念式は、新型コロナウイルス拡散を防ぐための「社会的距離戦略(ソーシャル・ディスタンシング)」により200人に縮小して行われた。
※『論争で読む韓国現代史』(キム・ホギ/パク・テギュン、2019年、メディチ)P93より引用。
●要旨1:新型コロナにおける民主主義
それでは演説の内容を見ていく。
まずは1月から世界中を悩ませている新型コロナウイルス(韓国では正式名COVID-19を省略し「コロナ19」と呼ぶ)拡散対策を民主主義と結びつけた。
「いま'コロナ19'の厳重な状況を切り抜けていく力も4.19精神に基づく自律的な市民意識に基づいている」、「開放性、透明性、民主性を基盤とする'連帯と協力'の力で克服する」といった言及が印象的だった。
特に「開放性、透明性、民主性」という表現は、新型コロナ対策において文在寅政権お気に入りのフレーズだ。国際会議の席でも多用し「韓国式の対策」のキモと胸を張る。
その内容は「徹底した情報公開により政府と市民の間に強い信頼を醸成し、それを基盤に市民の防疫への自発的参加をうながし、可能な限り封鎖を行わない対策を取るもの」と整理できる。
そしてこの結果が「国民たちは自身よりも私たち(ウリ)を先に考え日常(生活)を譲歩してくれたし、買い占めひとつ無く共に困難を勝ち抜いた」という演説の一節につながる。
いささか大仰ではあるが、これはつまるところ「自己犠牲の上に社会的な正義を勝ち取った」という「4.19革命」の解釈につながるものと見てよいだろう。
5月で発足から丸3年を迎える文在寅政権の特徴として、民主主義の歴史の上に現在の出来事を位置づけるやり方がある。
新型コロナが単なる感染症ではなく、あたかも独裁政治のような「市民」に突きつけられた一種の挑戦であると受け止め、それを「連帯と協力」で乗り越えようと呼びかける、民主主義で一貫してきた韓国独自の世界観と言える。
●要旨2:国際的な韓国の役割を強調
次に目についたのは、国際的な舞台における「意欲」だ。
「全世界が共に経験することになる'ポストコロナ’の状況を、私たちが再び開放性、透明性、民主性を基盤とする'連帯と協力'の力で克服することができるならば、世界の人々に大きな勇気を与えることができるでしょう」。
これは言い換えると、前段で説明した「開放性、透明性、民主性」という原則を世界中に広めるという宣言に他ならない。
「経済、産業、教育、保健、安全など多くの分野で新たな世界的な規範と標準を作り出すことができるでしょう」と続く一節もこれを強調する。
事実、韓国政府は中国に代表される権威主義的国家との新型コロナ対策の「違い」に言及してきた。
政府関係者は「中国」との明言を避けながら、韓国式の特徴とする「開放性」を「都市封じ込め」に代表される権威主義的手法と異なるものと位置づけてきた。
韓国は新型コロナ対策において、住民登録番号による国民総背番号制の恩恵を大きく受けた。これにより国民の行動を追えるようになり、集団感染の把握と感染者・濃厚接触者・有症状者の隔離がうまくいった点は否めない。
だが、今回の演説による「3原則」への言及は、あくまでこうした行為を法律に基づいた一時的なものとし、市民の民主的権利と防疫との両立を目指す韓国政府の意気込みを感じさせる。
そしてそれを積極的に国際社会と共有し、「感染症対策における民主主義の確保」という今後、国際社会で論じられる核心的なテーマに正面から取り組んでいくという宣言でもあるだろう。非常に大切な言及だ。
●要旨3:「外貨危機以降最悪」経済という喫緊の課題
最後は、韓国経済への現状認識を明らかにすると同時に対策の基準を明示した点に触れたい。
文大統領は「私たちはウイルスだけでなく、通貨危機以降で最悪の経済危機状況を共に勝たねばならない」と言及した。
通貨危機は1997年に韓国で起きた。経済管理の失敗により保有外貨が大幅に減少、韓国の通貨価値が暴落、IMF(国際通貨基金)に緊急支援を受けることで「国家倒産」をギリギリで免れた出来事を指す。
当時、失業率は大きく上がり社会的な大混乱を生んだ。いくつかの財閥企業は倒産・解体され、大幅なリストラや規制緩和が行われるなど、韓国経済のグローバル化が大きく進むきっかけにもなった。
この時の経験を基に、韓国で「IMF」とは「最も厳しい経済危機」と同義語で使われる。今回の新型コロナによる経済的な影響がこれに比肩するものであるとの認識を示した形だ。
事実、韓国の経済指標は急速に悪化している。
2月の経済指標は全産業平均でマイナス3.5%を記録し、3月下旬から4月上旬にかけては昨年より15%以上輸出額が減っている。さらに、2月、3月の失業保険の給付額が過去最高に達している。
貿易依存度が7割を占める韓国経済は、新型コロナによる国際的な経済衰退の影響を今後も強く受けると予想され、危機感が強まっている。
こうした難題を前に、文大統領は「4.19革命が追求した政治的・市民的な民主主義を超え、全ての国民の生活を保障する実質的民主主義として拡張すること。これが今日、私たちが具現するべき4.19革命の精神と信じる」というビジョンを提示した。
これは政治的主張の自由といういわゆる「自由権」を超えて、経済・社会・文化的権利に代表される「社会権」にまで国家の責任を拡大する宣言といえる。
「自由権」と「社会権」は国際人権規約の双璧であり、多くの国が両方を批准している。だが新自由主義的経済秩序の下では「社会権」の範囲をできるだけ小さくしようとする国家の傾向が顕著になる。その代表が自己責任論だ。
これを改めるというのは、新型コロナを機に、より社会福祉の増大を目指す政府の方向性を打ち出したものと解釈してよい。
文大統領は「核心は雇用を守ること」と演説で言及した。
つまり今回の演説を通じ今後、有権者が「拡大される民主主義」という枠の中で、政府の経済方策を監視し判断できる「基準」が生まれたことを意味する。
●評価:非常に意味のある演説
実は青瓦台(韓国大統領府)はこの日、文大統領が記念式に参加した理由を明確に明かしていない。
だが60周年であることに加え、「4.19革命の歴史的な価値と意味に再びスポットライトを照らし、国民統合の契機とするため」という青瓦台の発表から、その背景が読み取れる。
この日の演説で、与党が180議席を獲得し大勝利に終わった総選挙への言及は無かった。
だが、韓国のあらゆるメディアが選挙結果を「保守陣営の衰退、没落の可視化」と評価する中で、過去、軍事独裁政権や権威主義政権を支えてきた保守陣営に「追い打ち」をかける演説だったと受け止めることもできる。
民主主義の発展で現代史をひとつながりにする歴史観。
これは繰り返すが韓国現代史を二分してきた開発独裁に代表される「産業化勢力」と「民主化勢力」のたたかいの中で、「民主陣営の勝利」を宣言したとも取れる内容だった。
過去3年、文大統領の演説を読み込んできた筆者の目には、今回の演説は近頃目立った感傷的な部分が排除され、明確な目標が設定された良いものに写る。
これは演説を手放しで称賛するのではなく、市民による「監視」の材料を提供したという点での高評価である点は言うまでもない。
総選挙を経て、文在寅政権の第二期が始まったと見てよいだろう。前途は多難とはいえ、希望がないよりはマシである。
なお、演説の全文訳は以下のページで読める。
[全訳]第60周年4.19革命記念式演説(文在寅、2020年4月19日)
https://www.thenewstance.com/news/articleView.html?idxno=2843