コロナ危機で増益、縮小する市場で構造改革を迫られるレコード会社の転機
音楽業界を代表するレコード会社であり、今年創業55周年を迎えたポニーキャニオン。2000年代に入って音楽売上が減少の一途をたどり、業界そのものが変革を迫られるなか、この5年で事業構造改革を進めてきた同社はコロナ禍の1年でも増益を確保している。そんな変革への取り組みと次への挑戦を吉村隆社長に聞いた。
■コロナ前からの構造改革が奏効、ライブはダメでも直販で収益
音楽ソフト・配信の売上額は、2007年の4666億円をピークに縮小を続け、とくにソフト(CDやDVD・BDなどのパッケージ)は当時の半分以下にまで落ち込んでいる(※)。音楽メディアが時代とともに変遷を遂げるなか、半世紀に渡ってパッケージ販売がビジネスの根幹であった音楽産業。世の中全体のデジタルシフトという大きな動きのなかで、事業構造そのものの変革をこの10年迫られてきていた。
ここ最近でも、Official髭男dism(ヒゲダン)など音楽だけでなく、『東京リベンジャーズ』や『進撃の巨人』をはじめとするアニメでも多くのヒットを生み出してきているポニーキャニオン。1966年の創業以来、パッケージ事業を中心にしてきた同社は、10年前にはパッケージマーケット規模がすでに最盛期の半分以下にまで落ちていたにもかかわらず、全体売上の85%をパッケージが占めており、利益に至っては9割に上っていた。
そんな当時を吉村社長は「ヒット作が生まれることは会社にとっていいことである反面、新たな変革には大きな足かせになってしまう。縮小傾向にあったマーケット状況を予測していたにもかかわらず、当時はヒット作に恵まれ業績も好調であったことから、結果としてそれが事業構造の変革を大きく遅らせる要因になってしまいました」と振り返る。
当時、早くから危機感を抱いていた少数派のひとりである吉村氏は、社長就任後の2016年より、事業構造の転換を図るべくさまざまな改革に取り組み、まずはパッケージ依存からの脱却を目指すための中期経営計画を発表。その中心となる「直販」「海外」「ライブ」の3つの出口戦略を打ち出し、併せて構造改革と働き方改革をセットにして取り組んできた。
■ライブ中止でチケット収入は消滅するもグッズ販売で利益
その結果、コロナの甚大な影響を受けた昨年度の音楽業界において、ライブ事業は壊滅状態となり、売上高は対前年比24%減の310億円となったが、営業利益は15%増の21億円。「直販」を推進してきたことが、コロナ禍でも利益を確保することにつながった。
「ライブ事業の収入には大きくチケットとグッズの売上がありますが、大規模なコンサートやイベントになればなるほど、舞台制作等のコストはチケット収入だけではまかなえない。その不足分はもちろんですが、利益の確保も含めてグッズ等の収入で充当していくわけです。今回の場合、コンサートの中止が制作費の持ち出しをなくし、グッズの売上がそのまま利益となりました。この1年、ライブ事業の壊滅は、チケット収入が無くなったぶん大幅な減収となりましたが、コロナ禍でも『直販』が利益確保のひとつとして大きく寄与してくれました」
この「直販」だけではないが、コロナが同社の事業構造の変革を後押しし、昨年のパッケージ売上は会社全体の5割以下。もしライブ事業が通常通り行われていれば、3割ほどであったと推測する。
■コロナの強制的な環境変化により3年先へ進んだデジタル意識
音楽業界全体に言えることだが、レコード会社には長らくパッケージソフトの制作、販売を事業の柱に据えてきたことで培ってきた文化が根強くある。それゆえに、時代がデジタルに大きく進むなかでも、フィジカルからのシフトは容易なことではない。
しかし、コロナでパッケージの生産がストップし発売ができない。また、巣ごもりでユーザーの音楽視聴環境が一気にデジタルへ移行し、アーティストも続々とSNSなどネットでの発信をはじめる。必然的にデジタルに対する音楽業界の意識も大きく変わっていった。
「もしコロナがなかったら、いまこの時点のデジタルへの意識、知識、スキルに到達するには、あと3年かかっていたかもしれません。結果的に弊社はパッケージだけに頼らない事業構造の転換を4年で成し遂げましたが、その経緯で大きかったのはヒゲダンの大ヒットです。サブスク(聴き放題サービス)で数億回再生される大ヒットは、社員全員のデジタル意識を大きく変えてくれました」
■日本音楽業界に衝撃が走った松原みきの世界的ヒット
一方、昨年はデジタル時代ならではの異例のヒットが日本音楽業界に衝撃を走らせた出来事があった。それは、40年以上前に発売された松原みきの「真夜中のドア」がSpotifyのグローバルチャート1位(全世界再生回数1位)になったこと。もともと日本の歌謡曲がシティポップとして世界的に人気を得ていたなか、インドネシアのYouTuberが歌った同曲がバズって再生回数が跳ね上がり、それに気づいた同社の社員が後追いでいろいろと仕掛けたことで、大きなうねりになった。
こうした動きが生まれたことに対して吉村社長は「これまでは国内需要がすべてであり、新譜が中心の音楽業界でしたが、デジタルは世界を相手にできます。新譜、旧譜の区別なく、世界のどこかで聞いてくれた人から拡散していくことが可能となりますので、極端に言えば、国内で売れなくても海外で売れればいいという考え方も成り立ちます」。海外ビジネスにおける意識の転換があったと力を込める。
■環境変化で進んだ働き方改革、社員の学ぶ意欲の向上へ
コロナによる在宅勤務が増えるなか、同社は社内環境および働き方を大きく変えた。この6月からフリーアドレスにするとともにデスクを社員数の3分の1にし、社内のあらゆる場所で仕事ができる環境にしている。吉村社長は「オフィスのコンセプトはコミュニケーションからのイノベーション。部署を超えたいろいろな雑談から新しいものを創造していく」とそのねらいを説明する。
「コロナは人々の生活様式を大きく変え、働き方そのものも変えなければならないなか、感染防止対策をしながらも弊社らしい働き方を模索し続けた1年だったと思います。業績的にも大きな影響があり、大変なことがたくさんありました。しかし、この危機がひとつのきっかけになって弊社は大きく変化できたと言えるかもしれません。ある意味いい方向に作用しました。ただ、それはコロナ前から事業転換を図ってきたことが大きかったと思います」
そんな同社のアフターコロナに向けた挑戦を聞くと、原点回帰ともいえるクリエイティブ力の底上げに言及する。
「音楽業界において、とくに我々のようなコンテンツを発信する会社が、コロナ禍でも安定した事業の継続を行うには、やはり強いコンテンツを持ち、その権利をどれだけ保有してるかが一番大事になります。こういう仕事には当たり前のことですが、あえていまクリエイティブ力強化を大きく掲げました。クリエイティブとは、あらゆる部署にあてはまること。一人ひとりのクリエイティブ力向上が、結果的に会社全体の創造力を高めます。それがなければ強いコンテンツは生まれません」
■企業寿命30年説を超えて次の時代へ向けた道筋を作る
同社は6月1日に新たな中期経営計画を発表した。その大きなビジョンは「競争から共創へ」。この20年、音楽、アニメ、映画を主軸に社内カンパニー制となる事業部制であったが、マーケットが変わり、時代の変化がこれまで以上に速くなるなか、部門ごとにクローズドだった旧体制から、制作部門すべてを統括する責任者を置くオープンイノベーションを掲げる新体制へと移行した。その背景には、30年先の経営を見据える吉村社長のビジョンがある。
スタートとなったのが5年前。吉村社長は「社長に就任した当初は、パッケージマーケットの縮小に対し、新たな活路が見いだせていない、このままだと赤字転落になるという状況に苦しみました。最低でも3〜4年で変われなかったらその先は厳しい。この会社の存続がかかっていました」。危機的状況を迎えていた当時を振り返りながら、目指すべき会社のあり方を力強く語る。
「私が一番に目指すのは持続可能な会社であること。企業寿命30年という説がありますが、それに当てはめると弊社の第1期は1966年の設立から30年後の1996年まで。そこでは、その10年前から当時としては画期的な『ビデオレンタル事業への参入』『アニメ制作会社の設立』そして『音楽事業への投資』を行い、次の30年の礎を作りました」
「いまの第2期の30年が終わる2026年まではあと5年。第3期30年に向けて2026年までに足元を固めなくてはなりませんが、この5年でその道筋はしっかり作れたと思います。今回の中期経営計画をもとに、これからの5年は新たなコンテンツの開発とともに、さらに収益力の強化を図って次の時代へバトンを渡していきたいと思っています」
※音楽売上:2007年4666億円(ソフト3911億円、配信755億円)、2020年2727億円(ソフト1944億円、配信783億円)/日本レコード協会調べ