『キャプテン翼』で描かれた「走り去るバスに向かってパス」は、どれほどの超絶プレーだったか?
こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。
マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。
さて、今回の研究レポートは……。
『キャプテン翼』といえば、バスですね! バスは友達だ!
などと浮かれているのは、『キャプ翼』を読み返して、翼くんはバスに深い縁があることに気づいたから。
「小学生編」の最初と最後に、バスに関係するすごいエピソードがあるのだ。
最初は、若林くんと初めて対面したとき。
翼くんは、ボールを蹴って走っているバスの下をくぐらせ、道の反対側にいる若林くんにシュート!
最後は、全国少年サッカー大会に優勝したあと。
走り去るバスに向かってボールを蹴って、転校していく岬くんにパス!
どちらも一つ間違えれば事故につながるキケンな行為で、絶対にやってはなりません。もちろん、いまでは翼くんもそれを理解し、充分に反省しているだろう。
ここでは安全上の問題はいったん置くとして、純粋にこれらのすごさについて考えてみたい。
◆バスの構造を考える
「バスの下くぐらせ事件」が発生したのは、翼くんが南葛市に引っ越してきて間もない頃。
最初にアクションしたのは若林くんで、道路の反対側を歩いていた翼くんに気づいて、「くらえ~っ!!」とボールを蹴ってきた。
道路は二車線だったから、2人の距離は10mほどだ。
翼くんは後ろに倒れ込みながら、ボールを真上に蹴り上げ、落ちてきたところをボレーで蹴り返そうとするが、そこへバスが来た! いっしょにいた石崎くんが「やめろ! バスにぶつかる!!」と叫ぶ。
だが翼くんは、構わずボールを蹴った!
ボールは低い弾道でバスの下をくぐり抜け、若林くんに一直線!
若林くんは、低い姿勢でボールをキャッチ!
その額からは冷や汗が流れる。
これはもう、どれほど汗を流しても足りない驚異のプレーだ。
何がすごいといって、バスの下をノーバウンドで10mも飛ばしたこと!
そもそも、バスの下には、どれほどの空間があるのか。
現在のバスは、ノーステップ化などで最低地上高(車体のいちばん低いところの地面からの高さ)は15cm前後しかない。少年用サッカーボールの直径は20.5cmだから、その下をくぐらせることは不可能だ。
だが昔のバスは、車高が高かった。
『キャプ翼』の連載開始は1981年で、舞台は静岡県。
だったら、静鉄バスかなあ……と思って、当時の静鉄バスの車種を調べると、どうやら「日野RE140」という車種らしい。
1970年代に製造されたこのバスは、全長11.2m、全幅2.46m、全高3.02m。定員は座席32名、立席64名。
そして、最低地上高24.5cm。おおっ、これならボールが通る!
とはいえ、ボールが通る空間は上下24.5cmで、ボールの直径は20.5cm。上下の余裕はたったの4cmしかない。
空中を運動する物体は、放物線の軌道を描き、速度が速いほど、直線に近づく。
翼くんが蹴ったボールは、バスの下をほぼ一直線に飛んでいたが、具体的にはどんなスピードが必要か?
翼くんが地上1cmでボールをボレーして、若林くんが地上1cmでキャッチしたと考えれば、ボールは水平に10m進むあいだに、最大でも3cmの上昇&下降しかしなかったことになる。
地球上で、物体が3cm落下する時間は0.078秒。上昇にかかる時間も同じだから、3cmの上昇&下降にかかる時間は、0.156秒だ。
すると速度は、10m÷0.156秒=秒速63.9m=時速230km!
プロサッカー選手のシュートは、時速100kmくらいといわれるが、翼くんは倍以上のスピードで蹴ったのだ。11歳なのに!
◆走り去るバスにパス!
もう一つは、全国少年サッカー大会で優勝した後のエピソード。
試合後、黄金コンビを組んでいた岬くんが、九州へ旅立つことになった。岬くんのお父さんは、放浪画家だったのだ。
岬くんは友達に会うと別れが辛くなるからと、皆には「明日旅立つ」と言っておきながら、今日これからバスに乗って、この地を離れようとしていた。
バス停にいるところを南葛FCの仲間が見つけ、河原にいた翼くんを呼んでくるが、翼くんがバス停まで走ってきたときには、バスはすでに発車していた。
翼くんは、皆の寄せ書きでいっぱいのボールを、バスの岬くんめがけて蹴る!
岬くんは窓から顔と手を出してボールをャッチ!
どちらも決してやってはならない危険行為だが、このゴールデンコンビらしすぎる別れに、胸が熱くなるシーンであった。
そしてこれは、科学的にもまことに興味深い現象だ。
ポイントは、ボールが飛んでいくあいだにも、バスは進み続けること。
しかも走り始めたばかりのバスは速度を上げつつあり、サッカーボールは空気抵抗の影響を受けやすいから、蹴った瞬間からスピードは落ちていく。
つまり、加速するバスを、減速するボールが追いかける。
追いつけるかどうか、ハラハラドキドキだ。
◆ギリギリだった!
ボールの運動を「上下」と「水平」に分けて考えてみよう。計算をシンプルにするために、空気抵抗については、より影響の大きい水平方向だけを考慮する。
まず、上下方向。画面の描写から、翼くんが蹴ったボールは地上4mまで上がり、岬くんは地上2mの高さでそれをキャッチしたと仮定しよう。これに要する時間は、1.54秒だ。
続いて、水平方向。調べると、路線バスは、平均して1秒間に時速3kmずつ速くなるように運転されるようだ。
この場合、ボールを蹴ったときに、バスが30m進んでいたとすれば、岬くんにボールを届けるには、翼くんは斜め上12.5度に、時速147kmでボールを蹴らなければならない。水平方向の速度は、時速143kmだ。
その経過を0.3秒ごとにたどると、次のようになる。
0.0秒後 バス時速25km ボール時速143km 岬くんまで30m
0.3秒後 バス時速26km ボール時速119km 岬くんまで21m
0.6秒後 バス時速27km ボール時速102km 岬くんまで14m
0.9秒後 バス時速28km ボール時速89km 岬くんまで8.8m
1.2秒後 バス時速29km ボール時速79km 岬くんまで4.2m
1.5秒後 バス時速30km ボール時速72km 岬くんまで47cm
そして1.54秒後、岬くんは、彼から見れば時速40kmで飛んでくるボールをキャッチしたことになる。
これはすごい。ボールの減速がすさまじく、本当にギリギリで届いたのだ。
この絶妙なプレーには、絶妙なコントロールが必要である。
計算すると、翼くんの蹴る力が3%強かったら、ボールは岬くんの前方80cmを通過していた。バスの窓からでは決して取れない!
力は同じでも角度が0.5度高かったら、前方84cmを通過。これも取れない!
空想科学で考えると、翼くんのテクニックと、黄金コンビの絆の強さを表す名シーンだったと唸らざるを得ない。