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メッシの存在とゼロトップ流行の理由。ジルーの移籍に、現代フットボールの「FW像」

森田泰史スポーツライター
2022年のW杯決勝で対峙したメッシとジルー(写真:ロイター/アフロ)

オリヴィエ・ジルーが、アメリカに行く。

その一報を聞いて、思うところがある。ジルーは今季終了時にミランを退団して、ロサンゼルス・ギャラクシーに移籍する決断を下した。

MLSは近年、補強に力を注いでいる。リオネル・メッシ、ジョルディ・アルバ、セルヒオ・ブスケッツ、ルイス・スアレス、ズラタン・イブラヒモビッチ…。そのリストに、ジルーも加わる格好だ。

ジルーのキャリアは、大衆には理解しくにいものになっている。

■ジルーのキャリア

ジルーはフランス代表で131試合に出場して57得点を記録している。フランス代表の史上最多得点者だ。

フランス代表でワールドカップ優勝(2018年)、チェルシーでチャンピオンズリーグ優勝(2021年)を経験している。それにも拘らず、ディディエ・デシャン監督といった名将が評価するなか、あまり大きくクローズアップされずにきた。

顕著だったのがロシア・ワールドカップだ。ジルーは初戦のオーストラリア戦を除いて、全試合でスタメン出場した。545分のプレータイムを得て、ノーゴール。だがフランスはジュール・リメ杯を獲得している。

フランス代表でチームメートのジルーとエムバペ
フランス代表でチームメートのジルーとエムバペ写真:ロイター/アフロ

「ジルー症候群」の判例は、ないわけではない。

1966年のワールドカップで、イングランド代表の優勝に貢献したジミー・グリーブスは、大会を通じてノーゴールに終わっている。1998年のワールドカップでは、フランス代表のステファヌ・ギバルシュが、背番号9を背負いながら無得点で大会を後にしている。

ジルーに対する批判、それは彼のテクニック不足、そして矛盾するようだが、その連携力の高さに紐付いている。

ジルーは周りが見える選手だ。空中戦に強く、相手のセンターバックを引き付けるのが上手い。ゴール前で、あえて自分が「潰れ役」になったり、より良いポジションにいる選手にパスを出したり、得点ではないプレーを選択する。ゆえに、ジルー自身のゴールが積み重なっていかない。

それでも、ジルーはフランス代表でティエリ・アンリ(51得点)、キリアン・エムバペ(46得点)、アントワーヌ・グリーズマン(44得点)、ミシェル・プラティニ(41得点)よりゴールを挙げている。

エムバペに抜かれるのは時間の問題かも知れないが、アンリ、プラティニ以上のゴール数というのは、誇れる実績だろう。

■ゼロトップと現代のストライカー

近代フットボールにおいて、フェルソ・ヌエベ(ゼロトップ/偽背番号9)という戦術の普及、また、それに伴うようにモビリティのあるFWが重宝される傾向が強まっている。

3トップの中央に小柄でありながらテクニックが高いタイプの選手を置く。バルセロナ(リオネル・メッシ)、スペイン代表(セスク・ファブレガス/ダビド・シルバ)がその戦術を駆使して2000年代後半から世界を席巻した。

その際、重要なのはウィングやインテリオールの動きだ。ファルソ・ヌエベの選手が、中盤に降りてくれば、その分、ミドルゾーンで数的優位ができやすい。しかし、それに応じて、ウィングの選手がディアゴナルランでスペースに出ていく必要がある。そのムーブによって、チームの攻撃に「深み」がもたらされる。

バルセロナ時代のメッシ
バルセロナ時代のメッシ写真:なかしまだいすけ/アフロ

その連動性は、典型的な9番(ジルーのような)プレーヤーがいる時とは、異なる。

例えば、メッシだ。メッシがいた頃のバルセロナもとい「ペップ・チーム」は、メッシを中心に動いていた。

そこではメッシを軸にボールが回り、周囲の選手はメッシのポジションを見て、動き出す。あるいは自分の位置取りを決める。アンドレス・イニエスタ、シャビ・エルナンデス、ブスケッツ、ダビド・ビジャといった選手たちでさえ、メッシを“王様”として、ポジショニングしていた。

つまり、メッシ発信のチームだ。選手たちの第一選択肢は常にメッシであり、ファーストアクションはメッシから始まる。メッシを使わない、という選択肢でさえ、メッシがいるから成り立つものだ。

だがジルーは、違う。ジルーは自らが第一選択肢になることを考えてはいない。

周囲の動き、チームメートのポジションを見て、感じ取り、自分のプレーを決める。それはセカンドアクションであり、メッシの一連の動きとは決定的に異なる。

■モビリティのあるFW

もうひとつ、ファルソ・ヌエベの影響を挙げるとしたら、モビリティのあるFWの存在だ。

いまのFWは、時にサイドに流れ、スペースに出て、起点をつくる。その時、FWには高いテクニック、ボールキープ力が求められる。一旦、ポゼッションに参加して、再びゴール前に出ていくというプレーが要求される。

ダルウィン・ヌニェス(リヴァプール)、ラウタロ・マルティネス(インテル)らが高い評価を受けているのは、そういった理由からだ。

■遅咲きだったジルー

ジルーは遅咲きの選手だ。彼がトップクラブに辿り着いたのは、25歳の時である。

2011−12シーズン、モンペリエのリーグ・アン優勝に貢献した後、アーセナルが食指を動かした。同胞のアーセン・ヴェンゲル監督は、ロビン・ファン・ペルシの後釜を探していたのだ。

アーセナルでは、5シーズン半を過ごした。253試合で105得点を挙げ、価値を高めた。その後、チェルシー、ミランとビッグクラブを渡り歩いて、来シーズンからアメリカに移籍する。

シュートを打つジルー
シュートを打つジルー写真:ロイター/アフロ

デイビッド・ベッカム、スティーブン・ジェラード、カカー、ディディエ・ドログバ、アンドレア・ピルロ、フランク・ランパード、ガレス・ベイル…。往年の名プレーヤーが、アメリカでプレーしてきた。

真のストライカーが、その地に到着する。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

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