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名将ベンゲルが指摘する日本サッカーの課題(「アーセン・ベンゲル基調講演会」取材記事)

河治良幸スポーツジャーナリスト

プレミアリーグのアーセナルを率い、強豪クラブに導いたアーセン・ベンゲル氏が来日し、都内で『渋谷未来デザイン』が主催する基調講演会を行いました。1部ではFC東京の大金直樹社長、東京ヴェルディの羽生英之社長を招いて都心にスタジアムを建設することの意義について語り、2部では岡田武史氏と「日本サッカーを強くする方法」をディスカッションしました。

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「名古屋に来たのが1995年のこと。Jリーグが3年前に始まって、サッカー熱が盛り上がっている時代に日本にくることができて、日本を発見した経験がいまの私にも残っています」とベンゲル氏は語ります。

「日本のサッカーは20年間でとても進化したが、20年前からの弱点もまだ克服されていないように思います。W杯でもその弱点が空中に漂っていて、得点されるとどうしてもパニクってしまう。ベルギー戦などがいい例。そういう弱点がまだ追いついていない」

ベンゲル氏は母国フランスリーグのナンシーやモナコを率いたあと、名古屋グランパスの監督に就任。低迷しかけていたクラブに自信と戦術を植え付け、天皇杯でクラブに初のタイトルをもたらしました。1995年のJリーグ最優秀監督にも輝いたベンゲル氏は翌年の10月にアーセナルの監督に就任。そこから23年間で数々の栄冠をもたらしました。

「サッカーのゲームの流れはいまも昔も変わっていませんが、確かにこの10年で身体能力の非常に優れたトップアスリートが良いチームに所属している傾向もあります」と語るベンゲル氏ですが、サッカーにおいて大事なことは「問題が出ると解決する」ことであり、そのためにメンタルが非常に重要であると説きます。

「身体能力が非常に優れた選手たちに残っているのはメンタル。かなり若い段階からメンタルを鍛えて、すごいプレッシャーに耐えて、勝ち抜いていくメンタルの強さが求められている。最近のモダンフットボールは非常にモチベーションが高い中でもリラックスして挑まなければならない。サッカーは身体的に動くわけですから、リラックスしながらも必要な身体機能だけを動かすことができるようになるのが一番。シンプルに言えば、頭でこうしようと思ったことがまっすぐ身体につながるということがトップレベルのアスリート。やろうと思ったことができる体を持っていて、頭脳、インテリジェンスが必要。残念ながら僕の体は司令を出してもいうことをきかないが(笑)」

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知古の友人でもあるゲストの岡田武史氏(FC今治監督)とのディスカッションでベンゲル氏は「チームを1人の人間と例えたら、最後の一歩を踏み出す時の己への自信が足りないのではないかと思います。それがどうして足りないのか。メンタルを強くする、どんなプレッシャーかでも俺は行けるという自己肯定感、一歩踏み出せる勇気、恐怖に打ち勝てる自分がいることが大事」と強調しました。

「恐怖はどこにあるのかと言ったら個人個人の中に宿っている。怖さに目を向けるのではなく、自分が何をしたいかを問うこと。日本のサッカー界はパフォーマンス性をいかによくして行くかに注目し、複雑かつシンプルなやり方で構築できる。20〜22歳の選手のレベルのプラットフォームにたどり着けるか。人間としての意味でのプラットフォームです」

このベンゲル氏の言説に関して岡田氏は「彼(ベンゲル)の言っている”プラットフォーム”はプレーヤーの環境だけじゃなくて、日本の文化がある意味スポーツに向いていないということもあると思う。周りとの同調圧力に弱い。ドイツでも日本でも親が行けーと応援する。でも終わった後がぜんぜん違う。ドイツは負けてもグッドゲームと抱き合う」と語ります。

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ベンゲル氏は「1つのネガティブを出すためには3つの肯定的な要素が必要。人間はやっぱり楽なことを楽しく、苦労なくしたい。トップチーム、アスリートは何が違うと言ったら、これをしたいということに対して持って行く、やって行く、現在とのギャップを埋めるすべを知っている。だが、フットボールのクラブ、組織は勝者のメンタリティが必ずしも持っているわけではない」と語ります。

「監督だからいろんなプレッシャーがかかる。でも選手も一緒。プレッシャー下でいかに良いパフォーマンスを出すか。そして、できることを全て出す、できなかったら謝る。そこで全て切り替わるわけですね。これから勝負という時に、プレッシャーがかかった。逃げるか直面するか。怖いという思いは誰にでもある。直面して負けたら、どういった結果が出るか。負けないために何をしたら良いかが俯瞰で分かってくる。そして問題を解決する。怖いのは自然なことですが、問題点がどこにあるかを引いて見て、どうかして行くかを判断する」

サッカーでの問題解決は「居心地の悪い状態で、居心地をよくする」ことだと表現するベンゲル氏は現在のサッカーが「確かに成熟期かもしれない」と前置きしながら「忘れてはいけないのはクリエイティビティ。しかし、そういう選手がクビに、ゲームから外されるのを見てきた。サッカーはアートであり続けなければならない。我々監督がしないといけないことはテクニカル、フィジカル、クリエイティブを複合して実現することだ」と指摘しました。

日本サッカー協会テクニカルディレクターもしくはアドバイザーの打診を受けているとの報道については「NO」と否定したベンゲル氏ですが、ベンゲル氏が日本サッカーに強い関心を持ち続けていることが分かる基調講演でした。また様々な形で知識と経験を伝えて欲しいと願うばかりです。

スポーツジャーナリスト

タグマのウェブマガジン【サッカーの羅針盤】 https://www.targma.jp/kawaji/ を運営。 『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』選手カードデータを製作協力。著書は『ジャイアントキリングはキセキじゃない』(東邦出版)『勝負のスイッチ』(白夜書房)、『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(ソル・メディア)『解説者のコトバを知れば サッカーの観かたが解る』(内外出版社)など。プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。NHK『ミラクルボディー』の「スペイン代表 世界最強の”天才脳”」監修。

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