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やはり「クジラ」を食べていた「シャチ」の祖先

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 クジラの進化は次第に明らかになってきているが、化石に残った胃の内容物からクジラの祖先が何を食べていたのかがわかる。最近の研究では、爬虫類時代が終わった後、クジラが海の捕食者、つまりシャチの祖先のような生態を持っていたことがわかってきた。

肉食のまま水中へ進出

 恐竜が絶滅した後の地球では、我々ヒトの祖先でもある哺乳類が生態系の重要な位置を占めるようになった。これは海でも同じで、モササウルスやプレシオサウルスなど水棲の爬虫類が絶滅した後、哺乳類の中には海へ戻るものもいた。

 クジラ類の祖先は、すでに4800〜5200万年前の始新世初期に出現していたと考えられている。それがパキケトゥス(Pakicetus)というキツネかコヨーテほどの大きさの生物で、現在のイルカのように水中生活に適した生理機能を持ち始めていたようだ(※1)。

 また、化石の分析からパキケトゥスが、偶蹄目(ウシ、シカ、ラクダ、ブタ)の祖先であり、DNA分析などの分子生物学の観点からクジラは現在のカバに最も近い遺伝子を持つことがわかっている(※2)。そのため、クジラ目と偶蹄目を合わせた分類も主張されるようになっているというわけだ。

 パキケトゥスは肉食だったが、草食の陸上生物が出現したのは約3億年前とされ、生物進化の上でそう前のことではない。栄養素をコスト・パフォーマンス良く摂取できるのは肉食であり、植物という莫大な資源を活用できる草食動物の生理機能が備わって初めて肉食・草食の食物連鎖が生まれることになる。

 オキアミなどを食べるヒゲクジラの仲間を含め、クジラ類は肉食だ。パキケトゥスというクジラの祖先は、草食にならずに肉食のまま水中・海中というニッチな環境へ進出することにしたのだろう。

 半陸上半水中という生活をしていたパキケトゥスから1000万年ほどすると、水棲の生態を完全に備えた現在のクジラに直結する祖先が出現する。それがバシロサウルス(Basilosaurus)だ。

 進化論が発達する以前、クジラの祖先の化石は爬虫類と間違えられることが多かった。バシロサウルスもクジラという哺乳類の仲間だが、化石が発見された当時、爬虫類と考えられ、「-saurus=サウルス」という恐竜にもよくつけられる接尾語がつけられて命名された。

海洋の支配者バシロサウルス

 バシロサウルスの化石は世界各地で発見されているが、北米のものはバシロサウルス・セトイデス(Basilosaurus cetoides、※3)、エジプトなどで発見されたものはバシロサウルス・イシス(B. isis、※4)と分類されている。バシロサウルスの全長は約15メートル、大型のシャチでも約8メートルだから倍近い。

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当時の海洋生態系の頂点に君臨していたバシロサウルス(上)と被捕食者であったイルカのようなドルドン・アトロクス(下)。Via:Manja Voss, et al., "Stomach contents of the archaeocete Basilosaurus isis: Apex predator in oceans of the late Eocene." PLOS ONE, 2019

 化石からわかるバシロサウルスの全体像は、魚類でいえば巨大なハモやアナゴ、タチウオといった感じでその大部分が細長く、蛇行による泳ぎが主な行動だったようだ。エジプトから発見された化石の胃の内容物を分析した研究によれば、バシロサウルスは当時の海洋における生態系の頂点に位置し、それは現在のシャチのような存在だったという(※5)。

 これはドイツのフンボルト博物館などの研究グループによるバシロサウルスの最新の生態研究で、バシロサウルスはより小さなクジラ、当時のイルカのような存在である体長約5メートルほどのドルドン・アトロクス(Dorudon atrox)や大型の全骨魚類ピクノドゥス類(Pycnodont)を食べていたという。ピクノドゥスは円盤状をした、大きなものでは体長2メートルにもなる魚類で、始新世で絶滅したとされる。

 バシロサウルスについては、これまで泳ぎがあまりうまくなかったであろうその体型からスカベンジャー(腐肉あさり)だったのではないか、という説もあった。だが。今回の研究により、当時の生態系の頂点に君臨する捕食者であり、現在のシャチのような存在だったことが示唆された。これは、クジラ類の祖先がどうやって海洋生態系に進出していったのかを探るヒントになると考えられている。

※1:J G M. Thevissen, et al., "From Land to Water: the Origin of Whales, Dolphins, and Porpoises." Evolution: Education & Outreach, Vol.2, 272-288, 2009

※2:Masao Nikaido, et al., "Phylogenetic relationships among cetartiodactyls based on insertions of short and long interpersed elements: Hippopotamuses are the closest extant relatives of whales." PNAS, Vol.96(18), 10261-10266, 1999

※3:Richard Owen, "V.─Observations on the Basilosaurus of Dr. Harlan (Zeuglodon cetoides, Owen)." Transactions of the Geological Society of London, Vol.S2-6, Issue1, 1841

※4:C W. Andrews, "III.─Further Notes on the Mammals of the Eocene of Egypt." Geological Magazine, Vol.1, Issue5, 211-215, 1904

※5:Manja Voss, et al., "Stomach contents of the archaeocete Basilosaurus isis: Apex predator in oceans of the late Eocene." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0209021, 2019

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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