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ただ喋るだけの青春に意味をもたらすのは美少女。『セトウツミ』

杉谷伸子映画ライター

たくさんある映画の中から、どれを観に行くか。選ぶときの大きな決め手のひとつはキャストでしょう。「この川で暇をつぶすだけのそんな青春があってもええんちゃうか」という試写状に記されていたフレーズもうまい『セトウツミ』は、原作を知らなくてもちょっと気になる題材ですが、主演が池松壮亮と菅田将暉となると、俄然、観たい作品になってきます。

瀬戸と内海でセトウツミ。此元和津也のコミックを、大森立嗣監督で実写化したこの作品。池松壮亮演じるシニカルなインテリタイプの内海想と、菅田将暉演じるお調子者の瀬戸小吉という高校二年生の2人が、基本、川辺の階段に腰掛けて喋って過ごす放課後の風景が映し出されていくというもの。

間違いなく将来の日本映画を背負って立つだろう、池松と菅田。時代を代表するスターになるには、対になる存在が必要だと言われます。この2人自身は、いい役者になりたいと思ってはいても、スターになりたいとは思っていないでしょうが、観客としてはそういう対になる存在としてスクリーンで観てみたいと思う顔合わせのひとつ。『ディストラクション・ベイビーズ』でも同じ作品の中で2人を観るという興奮はあったけれど! 『デスノート Light up the NEW world』(10月29日公開)でも共演はするけれど! いまさら「注目の若手」などと書くのは憚られるほどの演技派2人がガッツリ組んで、なおかつ自然体を演じてみせるという作品に触れられるのは、映画好きにとってはたまらない幸せ。そして、この2人、そんな期待にしっかり応えてくれるのです。

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冒頭に挙げた「この川で暇をつぶすだけの青春があってもええんちゃうか」と言うのは内海の心のつぶやきですが、そんな内海と ある出来事が原因で帰宅部になってしまった瀬戸が繰り広げるのは、他愛なくも 時に人生の深いところもついているような味わいもある無駄話。

大きな事件が起こるわけでもないのに、アホな無駄話を繰りひろげる瀬戸と内海の姿はずっと観ていたいほど。私が書くと「池松も菅田もイケメンだからだろ?」と思われそうですが、ただ喋るだけの75分間に見入らせるのは、彼らの無駄話そのもののおかしさはもちろんのこと、『まほろ駅前多田便利軒』『まほろ駅前狂騒曲』でも脱力系バディームービーを楽しませてくれた大森監督とともに、絶妙な間合いで楽しませてくれるセンスと力量が演者にあればこそ。画を持たせる存在感といい、彼らの高い俳優力を改めて確認せずにいられません。

そうはいっても、もちろん登場人物は2人だけではありません。2人の前には、瀬戸をビビらせる三年生のヤンキー・鳴山(成田瑛基)も現れれば、瀬戸が憧れている同級生の美少女・樫村一期(中条あやみ)も絡んで、思いがけず感動的な光景を目撃させてくれたりもします。これまた最近面白い映画で見かけることの多い気になる若手・岡山天音が、いかにもいそうな馴れ馴れしいクラスメイト役で登場することにもテンションUP。

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部活に汗を流す青春もいいけれど、誰もが部活や恋にキラキラ輝く青春をすごせるわけじゃない。部活はともかく、むしろ大乱闘も壁ドンもそうそう縁がないのが、フツーの青春。ある意味、リアルな瀬戸と内海の青春には共感せずにいられないのですが、やっぱり、そこには意味があったほうが映画として胸に残ります。

そんな“真実”にも気づかせてくれるのが、瀬戸と内海の青春に意味を与えてくれる樫村さん。連載コミックのスタイルをいかし、この作品は8つのエピソードからなっているのですが、この構成が実に効果的。章仕立ての映画は、ときに単調になりがちですが、中盤に挿入された内海の内面に触れさせる「第0話」や、「エピローグ」が作品にリズムをもたらすと同時に、ただ眺めているだけでもいいんじゃないかと思わせる瀬戸と内海のやりとりに深みを与えることになっているのが秀逸。瀬戸に憧れられているけれど、気になっている内海にはつれなくされている この美少女は、彼女自身の名前を通して、彼らのただ暇をつぶすだけの青春の1ページをかけがえのないものとして輝かせてくれるのですから。

そんな樫村さんが惹かれているのは、お調子者っぽい瀬戸ではなくて、クールな内海。そのへんにも青春のリアルがあるなと、オトナ(特に女性)は思うはず。

(C)此元和津也(別冊少年チャンピオン)2013 (C)2016映画「セトウツミ」製作委員会

7月2日(土)新宿ピカデリーほか全国ロードショー

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『SCREEN』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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