「禁煙本」を転がしておく禁煙法とは
前回の記事では、タバコを吸っている人に対し、タバコの害を指摘して喫煙を非難し、行動を変えるよう無理に指導しても逆効果、と書いた。社会的にこれほどまで喫煙に対して風当たりが強い環境変化の中、依然としてタバコを吸い続けている人たちは「確信」的に自分の行動を肯定しているのではないだろうか、と考えるからだ。
喫煙は、身体的なニコチン中毒を含む心理的にもはっきりとした「依存症」だが、タバコを吸う人はそれをなかなか認めたがらない。
本人の動機を気付かせる
タバコに限らず、依存症は「否認の病」であり「自分が依存症だと認めないからどんどん深みにはまっていく」と言うのは、禁煙外来での禁煙サポートを中心にした依存症の行動療法を続けている磯村毅医師だ。磯村医師は「リセット禁煙」や「失楽園仮説」など、独自の観点からの禁煙サポート手法を考案したことでも知られている。
──タバコでもギャンブルでも、自分の行動が依存かどうかはどう判断するのか。
磯村「自分の行動が依存なのではないかと考えることは、喫煙から自発的に離脱するための第一歩ですが、まずそれが自分にとって必要な行動かそうでないかというのが判断の基準になります。これを言い換えると、自分の大切な人、たとえば子どもなどが同じことをしても許容できるかどうか、考えることによってその行動が自分にとって必要かそうでないかがわかるでしょう。つまり、喫煙者は自分の子どもがヘビースモーカーになってもいいか考えてみて抵抗があるのなら、自分のやっていることは依存ということになります」
──喫煙者にそう考えてもらうために家族はどうすればいいのか。
磯村「まず、本人が内心でもっているであろう、依存症から脱却したい、という動機を自ら発見させ、必ずそれから脱却するという自信を高めてあげる、という方法があります。これは動機づけ(Motivational、面接法、Interviewing)といいますが、他の認知行動療法を併用することで効果を高められる可能性があります」
自分で気付くために本を読む
依存は本人にも納得のできない病的な状態、と磯村医師は言う。
自分にとって必要という意味ではなく「必要がなくなっても」まだまだ欲しくなる。そういう状態が依存であり依存症だ。
喫煙自体、ニコチン中毒というストレスを生む。タバコを吸うことは、単にそのストレスが解消しただけだ。一方、ほかのストレスは全く解消されていない、という錯覚に陥る。喫煙者はこのモヤモヤした状態に気付いているが、否認の病といわれるだけに、自らそれに目を向けず、気付かないふりを続ける。
──自ら気付くことが重要ということか。
磯村「喫煙者は、タバコはいいものだし、喫煙にはメリットがある、と考えています。一方、家族は、タバコには害がある、というデメリットを主張する。喫煙者は禁煙してタバコを取り上げられてしまうことを恐れていますが、家族は禁煙のメリットしか考えません。このズレが禁煙サポートが空回りする理由です。喫煙者が持っているタバコへの期待と禁煙への恐怖をぬぐい去るためには、喫煙者自身の気づきが大切なんです」
──喫煙者自身に気付かせるための方法はあるのか。
磯村「前述した動機づけ面接法は効果的ですが、やり方に慣れるのに手間暇がかかります。そこで、まず最初に読書療法を紹介しましょう。これは読書、つまり本を使った方法で、ビブリオセラピー(Biblio Therapy)とも言います。そもそも本を読む、という行為には自発性が含まれています。また、本は情報量が多いですし、自分の読みたいところを飛ばして読むこともできます。自発的な読書には、自分の行動が依存なのではないか、ということに気付かせてくれる可能性があるのです。それが禁煙や依存症についての本なら、それによって喫煙者は自分の状態を客観的に眺めるきっかけになるのです」
こそこそと本を読む
──では、頑なな喫煙者に禁煙の本をどう読ませるのか。
磯村「旦那さんに禁煙してもらいたい奥さんだとしたら、旦那さんに見られているのを承知で内緒で読む振りをして禁煙の本をこそこそ読んでみればどうでしょう。旦那さんは『うちのカミさん、最近なにかよく読んでるな。何を読んでるんだろう』と興味を抱くこともあるはずです。それが禁煙についての本だということがわかり、旦那さんが本心では禁煙したいと考えていたら、もっと興味を抱くでしょう。奥さんはうっかり置き忘れたように、本を寝室かどこかに放置しておくのです。ある日、旦那さんはその本を手にとって読み始めることがあるかもしれません」
禁煙法と依存症についての本の例。読書治療法の場合、本をそのへんに置いておく、というのが効果的なので電子書籍だとこの方法ではあまり意味はないかもしれない。上段左から『リセット禁煙』(磯村毅、PHP、2014年)、『あなたも30分でタバコがやめられる!』(山崎裕介、フォレスト出版、2009年)、『「禁煙」科の医者が書いた7日でやめる本〜長く吸っている人ほどやめられるがまんいらずの禁煙メソッド』(阿部真弓、青春出版社、2003年)、『一生モノの禁煙術〜これでダメなら諦めなさい!』(武本秀治、廣済堂出版、2016年)、『禁煙セラピー』(アレン・カー、ロングセラーズ、1996年、電子書籍のマンガ版などもある)、『二重洗脳─依存症の謎を解く』(磯村毅、東洋経済新報社、2009年)
禁煙治療の専門医師や薬剤師、看護師などのアプローチについては多種多様な試みが研究されているが、家族については特に効果的な手法はまだ開発されてはいない、という論文がある(※1)。この論文は、英語圏の論文のシステマティックレビュー(過去の複数の論文を系統的に集め、比較して分析する手法)だが、18歳以上の喫煙者を対象とした家族間での禁煙サポートについてのランダム化比較試験(RCT)を8つ集めて比較している。
両親などの保護者や血縁者といった関係と、友人同士の働きかけでは、禁煙サポートの手法が違うだろうことは考えられるとし、配偶者と言っても喫煙者との人間関係はいろいろだ、と分析している。また、家族間の関係が仲が良いいか喧嘩がちかということでも禁煙へ誘導する方法に大きな違いが出るはずだ、ともしている。
読書によって「気づき」を得る方法は、一種の動機づけだ。磯村医師がまず紹介したのは、読書治療法と動機づけ面接法との併用に効果を期待する、というアプローチになる。
禁煙サポートでは、家族がどんなアプローチをすればいいのか、まだ研究途上の段階だが、自らの行動を客観的に振り返り、依存から脱却して「自由」になる、ということに「気付く」のは禁煙への第一歩になるのではないだろうか。次回は動機づけ面接法というアプローチについて、家庭内でどう活かしていけばいいかを中心に磯村医師に話を聞いていきたい。
磯村毅(いそむらたけし)
1989年、名古屋大学医学部卒。同大大学院卒業後、テキサス大学医学部研究員。帰国後に名鉄病院呼吸器科。「子どものための禁煙外来」を開設したり河合塾とのコラボ企画「禁煙で合格率アップ」などの活動を通じて「リセット禁煙」という禁煙法を提唱している。リセット禁煙研究会・予防医療研究所代表。子どもをタバコから守る会・愛知世話人。トヨタ記念病院禁煙外来医師。名古屋大学医学部非常勤講師(依存症とメディカルコーチング)。日本呼吸器学会認定専門医。動機づけ面接トレーナー。
※1:Gill Hubbard, et al., "A systematic review and narrative summary of family-based smoking cessation interventions to help adults quit smoking." BMC Family Practice, 2016