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「溶血性レンサ球菌」いわゆる「人食いバクテリア」による感染症はなぜ「劇症化」するのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 劇症型溶血性レンサ球菌、いわゆる「人食いバクテリア」による感染症の感染者が例年より増えている。なぜ劇症化するのか、先行研究から探ってみた。

急速に重症化

 劇症型レンサ球菌感染症(劇症型溶血性レンサ球菌感染症)はいわゆる「人食いバクテリア症」ともいわれ、1990年代から米国などでメディアが「Man Eater Bacteria (Flesh-eating Bacteria)」と報じてから、広く周知されるようになった(※1)。だが、19世紀から猩紅熱として報告されている感染症の多くが、劇症型レンサ球菌感染症と考えられている(※2)。

 この感染症は、一般的な咽頭炎、中耳炎、傷の化膿、猩紅熱などを引き起こすA群溶血性レンサ球菌咽頭炎 (溶連菌感染症)が劇症化し、身体の組織を壊死させ、多臓器不全や敗血症によるショックを引き起こすなどして重篤な症状になり、死亡するケースもある感染症だ。

 初期症状としては、手足の疼痛、むくみ、発熱、血圧低下などがあるが数十時間程度で急速に病状が悪化する。致死率は30%から40%といわれ、劇症型は30代以上の成人に多く、治癒してもリウマチなどの自己免疫疾患や腎炎といった後遺症が残ることがある。

 飛沫感染、接触感染、手や足の傷口からの感染によると考えられる感染症だが、なぜ劇症化するのか、どんな人が劇症化しやすいのか、そのメカニズムや理由などはまだよくわかっていない。

なぜ劇症化するのか

 劇症化した患者は、同じような病態をたどるのではなく、レンサ球菌の遺伝子のわずかな差異と転写機構、それによって生じた多種多様な構造によって、感染したレンサ球菌ごとに異なった病態になる可能性が高いと以前から指摘されていた(※3)。

 そのため、治療戦略の策定が難しいが、最近のゲノム解析などから劇症型のレンサ球菌が産生する毒素が次第にわかってきている。

 レンサ球菌が持っているMタンパク質は、ヒトの細胞へ感染するために重要な役割を持っている。また、Mタンパク質は、免疫機能から逃れる抗オプソニン作用があるため、レンサ球菌による劇症化に関係していると考えられてきた(※4)。

 この他にも感染力を強めるタンパク質がいくつか報告され、劇症型レンサ球菌は直接、ヒトの細胞へ障害をおよぼす毒素も持っている。その一つが細胞膜に穴を開ける細胞溶解毒素(ストレプトリジン群)で、細胞へ開けた穴から細胞内へ毒素を送り込んだり、溶血毒として血液凝固作用を妨げる(※5)。

 また劇症型レンサ球菌は、病原体などを貪食する好中球を無力化し、免疫機能を低下させる。さらに、T細胞を活性化することにより免疫機能を撹乱し、敗血症の一種であるトキシックショック症候群を引き起こすスーパー抗原も持つ(※6)。

 劇症型レンサ球菌が持つタンパク質、毒素、スーパー抗原などにより、心臓、脳、腎臓、関節、全身の筋肉などへ影響がおよび、壊死性筋膜炎、トキシックショック症候群といった致死性の高い症状を引き起こす(※7)。

感染予防が効果的

 だが、これらのタンパク質などは、前述したようにレンサ球菌ごとに多様で、何か単独の因子だけで劇症型になるわけではない。

 例えば、ほぼ同じ時期に劇症型溶血性レンサ球菌感染症を発症した夫婦でも、一方は亡くなり、一方は回復したケースがあるように、感染後に強い毒性を持つように変異することもあるようだ(※8)。

 一方、レンサ球菌も感染した宿主をすぐに殺してしまっては感染を広げられない。

 そのため、毒素を制御するマスターレギュレーターといういくつかの因子を持つ(※9)。最近の研究によると、このマスターレギュレーターに何らかの変化が起きて壊れ、毒素を抑制できずに劇症化するようになるのではないかと考えられている。

 劇症型レンサ球菌には、喉へ指向性を持つ株があることがわかっているが、新型コロナのパンデミック中、このタイプのレンサ球菌感染症が減っていたことがわかっている。パンデミック中のマスク着用や手指衛生など、感染防護の効果があったと考えられている(※10)。

 劇症型でも予後が不良のレンサ球菌とそうでないものを識別することと同時に、なぜレンサ球菌が多様な因子を持ち、劇症化を引き起こすように変化するメカニズムを明らかにすることが重要だろう。そのため、マスターレギュレーターの研究が進められている。

 また、ワクチンも開発され、途上国で試験運用がされ始めているが、日本など衛生環境のいい先進国では、マスク着用や手指衛生、手足の傷のすみやかな治療など、まず感染しない予防が大切ということになる。

 劇症化する前の抗生薬剤に効果があるとされ、前述した手足の疼痛、むくみ、発熱、血圧低下などの症状がある場合、すみやかに医療機関を受診し、診察治療を受け、重症化を避けるようにすべきだ。

※1:Stanley N. Schwartz, et al., "Streptococcal Necrotizing Fasciitis" The Journal of Oklahoma State Medical Association, Vol.88, November, 1995
※2:Andrew C. Steer, et al., "Invasive Group A Streptococcal Disease" Drugs, Vol.72(9), 1213-1227, 6, January, 2012
※3:Deborah F. Talkington, et al., "Association of Phenotypic and Genotypic Characteristics of Invasive Streptococcus pyogenes Isolates with Clinical Components of Streptococcal Toxic Shock Syndrome" Infection and Immunity, Vol.61, No.8, 3369-3374, August, 1993
※4:V A. Fischetti, "Streptococcal M protein: molecular design and biological behavior" Clinical Microbiology Reviews, Vol.2(3), 285-314, July, 1989
※5:John C. Madden, et al., "Cytolysin-Mediated Translocation (CMT)" Cell, Vol.104, Issue1, P143-152, 12, January, 2001
※6:Janice White, et al., "The Vβ-specific superantigen staphylococcal enterotoxin B: Stimulation of mature T cells and clonal deletion in neonatal mice" Cell, Vol.56, Issue1, P27-35, 13, January, 1989
※7:Mark J. Walker, et al., "Disease Manifestations and Pathogenic Mechanisms of Group A Streptococcus" Clinical Microbiology Review, Vol.27, No.2, 1, April, 2014
※8:大泉智哉ら、「転帰に差があった家族内発生のStreptococcus pyogenesによる壊死性筋膜炎の2症例の検討」、日本集中治療医学会雑誌、第30巻、231-234、2023
※9:Luis A. Vega, et al., "Chapter 12Virulence-Related Transcriptional Regulators of Streptococcus pyogenes" Streptococcus pyogenes: Basic Biology to Clinical Manifestations [Internet]. 2nd edition, 24, July, 2022
※10:Tadayosho Ikebe, et al., "Epidemiological shifts in and impact of COVID-19 on streptococcal toxic shock syndrome in Japan: A genotypic analysis of group A Streptococcus isolates" International Journal of Infectious Diseases, Vol.142, 106954, May, 2024

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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