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元Jリーガー石川直樹はなぜメンタルトレーナーを目指すのか? 日本サッカーに足りない「視点」

村上アシシプロサポーター・著述家・ビジネスコンサルタント
スペインでスポーツコーチングを学んできた石川直樹(右) 本人提供

2020年に北海道コンサドーレ札幌で現役を引退した石川直樹は、セカンドキャリアに「メンタルコーチング」の道を選んだ。現役を退いてから9カ月経った先月、石川はこのコロナ禍の中、メンタルトレーナーのスキル研修のため、スペインに飛んだ。サッカー先進国で何を学んできたのか、マドリードとバルセロナに計3週間滞在して帰国した後、千葉県の実家で自主隔離中にオンラインで話を伺った(取材日:2021年10月11日)。

スペイン渡航直前にトラブル発生

--スペインお疲れ様でした。このコロナ禍で海外に行くなんて、相当難易度高かったんじゃないですか?

石川「準備がめちゃくちゃ大変でした。アトレティコ・マドリードで研修を受けてきたんですが、事前にインビテーションレター(招聘状)を送ってもらったり、コロナ関連で必要な文書を作成したり、出国直前にアトレティコ側から無犯罪証明書を持ってこいと突然言われたり…、とにかく大変でした」

--僕もよく海外行きますが、無犯罪証明書なんて初めて聞きました。

石川「滞在中はアトレティコの寮に泊まる予定で、スペインでは性犯罪とかそういうのにすごく厳しいんですよ。寮ではアトレティコの将来有望な若手選手も一緒に住むので、彼らを守るためにも必要だと言われて。外務省に電話して確認を取りながら最短で取得できる可能性を探りました。最終的には北海道警察に発行してもらったんですが、何カ月も前から準備してきたのに、直前に言われて出国前の1週間は本当にてんやわんやでした」

--ラテンの国あるあるですね。スペイン語・ポルトガル語圏の人たちって本当に適当ですよね。スペインでは入国後に隔離とかなくて、すぐ研修に参加できたんですか?

石川「ワクチンを事前にうって、さらに陰性証明書も持っていきました。僕が行った時は隔離期間はありませんでしたが、入国してから数日後にスペインが日本からの入国規定をさらに厳しくしたので、出国が数日遅かったら出国自体できなかったかもしれないですね」

スペイン現地で学んだ実践的なメンタルコーチングの手法

--アトレティコ・マドリードではどんなことを学んできたんですか?

石川「アトレティコには下部組織からトップチームまで全カテゴリーのメンタルトレーニング領域を受け持つ部門があって、専属で4人のメンタルトレーナーがいるんですけど、そこの責任者のディエゴ(※)に時間を作ってもらって個人セッションをしてもらいました」

※編集注:冒頭写真の左がディエゴ

--個人セッションというのは具体的にどんな講義を受けるんですか?

石川「午前は座学形式で実例を交えながら基礎知識の講義でした。試合がある時は試合を見ながら、実践的なスポーツコーチングの手法をシミュレーションしていく形でした。実際にアトレティコ・マドリードのBチームの公式試合をスタンドで見ながらセッションが行われたんですが、ある選手がシュートを外して、看板を思い切り蹴飛ばして、イエローカードをもらったんですよ。そこでディエゴが、“何が原因で看板を蹴ったと思う? 感情のコントロールだよね。彼だったら、どうやってセッションする? どれくらい時間をあけてセッションする?”と次々にお題を出してきて、ひとつひとつ解説してくれました」

--そのセッション、すごく面白そうですね。

石川「めちゃくちゃ面白かったです。その研修の数日後にトップチームのリーガの試合をワンダスタジアムで観戦したんですが、ジョアン・フェリックスが肘打ちでイエローカードをもらって、抗議したせいで2枚目ももらって退場したんですよ。これまさにこの間の研修でやった感情のコントロールじゃん! となって、翌日のセッションではそのテーマで議論が進みました」

--生きた事例を元に研修が進むと、学びが多そうですね。

石川「そうなんです。ジョアンにどういうアプローチでいくんですか? と聞いたら、まだ21歳だし、今話してもイライラしててたぶん何も入らないだろうから、2~3日は様子を見た上で、自分で考えさせる時間を与えるつもり、という回答でした。本人から来るか、こちらから行くかによってアプローチが違ってくるという話もあって、現場で起きている事例を元にどういう選択をするのかをリアルに学べたのは本当に良かったなと思います」

スペインと日本の違い

--ちなみにアトレティコの専属のメンタルトレーナーという仕事は、具体的にどんな仕事をするんですか? 競技面のメンタルケアがメインですか?

石川「いや違いますね。ピッチ上のメンタルサポートだけではありません。最初は人生全体を俯瞰的に見ることで、人生の目標設定から入ります。私生活に問題があればパフォーマンスに影響が出るので、プライベートの悩みについてもケアします。サッカーと私生活の両面からメンタルを鍛えていくアプローチを下部組織の段階から行っています」

--そこまで面倒見るんですね。それにしても、メンタル面を専属で見る人がクラブに4人もいるなんて、日本のJクラブだと聞いたことがありませんね。

石川「それこそコンサドーレだと、昨年アカデミーのメンタルアドバイザーにスポーツ精神科医の木村好珠先生が就任しましたが、トップチームまで一気通貫で見る専属スタッフがいる日本のクラブは、僕も聞いたことがありません」

--スペインのようなサッカー先進国ではクラブ主導でメンタルサポートを行う体制が整っているのに、日本ではまだまだ整備されていない理由は何だと思いますか?

石川「正直、経済的なところも関係してくるんじゃないですかね。監督、コーチ、フィジカルコーチ、アスレティックトレーナーなど、たくさんのスタッフがいる中で、メンタルっていう目に見えない領域の優先順位がまだまだ日本では低いというのが現状だと思います」

「メンタルコーチング」の道を選んだ切っ掛け

--でも、プロサッカー選手の3分の1以上がメンタルヘルスの問題を抱えている、という記事もあります。目に見えるデータもあるわけで、そこはやっぱりクラブ主導でメンタル面のサポート体制を整えてくるJクラブが出てきてもいいんじゃないかなとは思います。

石川「そうですね。自分自身も2013年に新潟から仙台に移籍した時、メンタル不調を起こして夜に一切眠れない時期がありました」

--引退直後の報知の記事にも書いてありましたよね。詳しく聞かせてください。

石川「当時はACL出場クラブとして即戦力での加入だったんですよ。でも加入当時どんなに頑張っても自分らしさを表現できなくて苦しみました。弱音を吐かずに作り笑顔でごまかしつつも、試合に出るのが怖くて、監督やチームメイト、サポーターの評価がひたすら気になる。頭の中はミスに対する不安に支配されてて、目を閉じるとそれらの不安がぐるぐる24時間ずっと回っている、地獄のような生活をしていました」

--それが切っ掛けでメンタルトレーニングの勉強を始めたと。

石川「そうです。ひょっとしたら同じように悩みを抱えているアスリートは世の中にたくさんいるのかなと思って。そういった人が心からの笑顔で自分の人生を生きていけるようなサポートを今後やっていきたいなと」

石川直樹が目指す未来

--では最後に、セカンドキャリアとして直樹さんが目指す将来の話を聞かせてください。

石川「まずはメンタルコーチングの分野がスポーツ界で当たり前になるように、裾野を広げていきたいです。限界がきてから精神科医に診てもらうんじゃなくて、日常の中にメンタルトレーナーがそばにいて、何を話してもいいし、逆に何も話さなくてもいい。そこにいることで安心や安全を感じられる環境を作っていきたいです。再び自分が頑張りたいことへ一歩踏み出していけるような、そういうのが普通の世の中になるように、今後は活動していきたいです」

--そういう意味で、スペインにまで行って学んできた先進的な事例は、メンタルサポートの重要性を訴える上で活かせそうですね。

石川「そうですね。日本ではメンタルコーチングと聞くと、“メンタル弱い人がやるんでしょ”という誤解がまだ多い。そういう誤解を解いて、日本でもメンタル面のサポートが当たり前に行われるような環境に少しでも近づけるような活動を続けていきたいです」

(了)

プロサポーター・著述家・ビジネスコンサルタント

1977年札幌生まれ。2000年アクセンチュア入社。2006年に退社し、ビジネスコンサルタントとして独立して以降、「半年仕事・半年旅人」という独自のライフスタイルを継続。2019年にパパデビューし、「半年仕事・半年育児」のライフスタイルにシフト。南アW杯では出場32カ国を歴訪する「世界一蹴の旅」を完遂し、同名の書籍を出版。2017年にはビジネス書「半年だけ働く。」を上梓。Jリーグでは北海道コンサドーレ札幌のサポーター兼個人スポンサー。2016年以降、サポーターに対するサポート活動で生計を立てているため、「プロサポーター」を自称。カタール現地観戦コミュニティ主宰(詳細は公式サイトURLで)。

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