パレスチナ支持と先住民のカウンターカルチャー、政治色を全面的に出したノルウェー音楽祭
10月30日から11月5日まで、ノルウェー首都オスロでは国際音楽祭「オスロ・ワールド」(Oslo World)が開催されている。
初日のオープニングコンサートでは、ノルウェー先住民サーミの音楽家たちとノルウェーを代表するジャズ・ピアニストのブッゲ・ヴェッセルトフト(Bugge Wesseltoft)の共演が披露された。
この日の幕開けは、国際音楽祭がパレスチナ支持を全面的に押し出したものとなった。
オープニングではパレスチナ人作家・詩人であるマフムード・ダルウィッシュさん(1941-2008)の詩が会場のスクリーンに映し出された。今あるものに感謝するだけでなく、恵まれない人たちを助けるよう促す内容だ。
先住民サーミと国際音楽祭のパレスチナ支持
ノルウェー・スウェーデン・フィンランド・ロシアの先住民「サーミ」を代表する歌手マリ・ボイネ(Mari Boine)さんは、この衝突の時代に「今ほど音楽が必要とされている時はありません」と静かに話した。
何千人もの子どもと女性が爆撃・殺害されている現状を非難し、「今ほどこの言葉を声にする必要性を感じている時はありません。フリー・パレスチナ」と語った後に、会場は大きな拍手に包まれた。先住民サーミの間ではパレスチナ支持の声が高い傾向がある。
今年はノルウェー政府とサーミ側とで、トナカイ放牧地である地域に風力発電所を建設する人権侵害とグリーン・コロニアリズム(緑の植民地主義)が大きな問題となり、両者の間の溝を深めている。
音楽祭側はこの問題を観客に詳しく説明するなど、「先住民に対する抑圧が続いていることをノルウェー社会は認識できていない」という情報周知にも力を入れていた。
国際音楽祭に招待されているアーティストには各地のマイノリティ、黒人アーティストなど、偏見・差別・迫害を受ける人々が多く、主催者側は抑圧される側への全面的な連帯と支持の態度を示した。
このような動きはこの音楽祭だけに限らず、ノルウェーの文化業界では子どもや市民の虐殺反対・パレスチナ支持・人質解放・パレスチナ解放など、自分たちの思想を表明する動きが相次いでいる。
サーミ文化と言語の衰退を嘆くようなダンス
ノルウェーでは先住民サーミはカウンタカルチャー運動であり続けている。
アーティストたちは「活動家」であり、「語り部」であり、「衰退する言語と文化を守る者」だ。
抑圧や差別という歴史や怒りの感情を背負うがゆえに、音楽などの文化的手段はサーミの心の声を伝えるため表現方法として機能している。
オープニング・コンサートは2部構成で、第一部は サーミの振付家でありアーティストでもあるElle Sofe Saraのダンス・パフォーマンス『Vástádus eana - The answer is land』が披露された。
言葉はわからずとも、サーミの不屈の闘志やシスターフッドが伝わる舞台となっており、彼女たちは今年の風力発電所とトナカイ放牧地を巡る抗議活動でも音楽の力を使って参加していた。
演出ではサーミの「心の声」ともいわれる独特の歌唱法「ヨイク」が使用され、ノルウェーの重要な振付師として評価されているElle Sofe Saraの演出と7人の女性パフォーマーたちの力強い声と体の動きが観客を圧倒させた。
1980年代からサーミ音楽の革新者として活躍するマリ・ボイネさん。音楽の伝統を伝え続けながら、サーミが受けてきた抑圧やノルウェー化政策についての議論における「不屈のカウンターボイス」でもある。
「ノルウェー版グレタ」と筆者がこれまでの記事でも何度も紹介しているエッラ・マリエ・ハエッタ・イーサクセン(Ella Marie Hætta Isaksen)さん、ノルウェージャズ界の大物ブッゲ・ヴェッセルトフトさん、Elle Sofe Saraの演出団という、奇跡としか言いようがない共演が実現されていた。
政治はタブーではない。音楽こそが政治と社会を前に進める
この舞台に立ったのはノルウェー音楽を代表する顔ばかりだ。それぞれが政治的な思想を明確に表明しているが、ノルウェーでは芸能人や文化人が政治的な発言をすることは珍しくはない。パレスチナ・イスラエル問題に対する「文化業界は沈黙してはいけない」という動きは、日々さらに強くなっているようにも筆者は感じている。
国際音楽祭という空間だからこそ、抑圧される側にいる者たちの連帯と政治をタブーにしない空気が非常に色濃く出ていた。またサーミの女性たちのフェミニズムの力を感じた連帯パフォーマンスには圧倒されたのだった。
Photo&Text: Asaki Abumi