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学校の〝つまらない〟を取り払ったら、こんな学校が誕生した

前屋毅フリージャーナリスト
(提供:イメージマート)

 蓑手章吾さんは、14年間も公立小学校の教員として勤めてきた。そして退職して選んだのは、自分で学校をつくるという道だった。それが、蓑手さんが疑問に感じていた「学校をつまらなくしているもの」を取り払った、昨年4月に開校した「ヒロック初等部」だ。

|本質的な学びができる場をつくりたい

 公立学校の教員を辞めた理由を、「『こんな教育だったらいいのに』という思いが年々増えていったからです」と蓑手さんはいった。そして、続ける。

「こういう教育にすれば本質的な学びができる、という自分のやりたい教育の姿もみえてきました。それをやることは、既存の学校システムでは難しい。学校も変わってきていますけど、現在の変化のスピードでは、自分が定年を迎えるころになっても、自分が考えるような学校にはならない。それなら、自分でつくろうと考えたのです」

 本来、学校は学びの場であるはずだ。にもかかわらず、本質的な学びができない場になっているとしたら、その理由はどこにあるのだろうか。

「あまりにも偏差値(点数)を追いかける教育になっているからです。それが『学校での学び』をつまらなくしているし、子どもたちを追い詰めてしまっています」

 蓑手さんは、「学びは、本能的に楽しいことだとおもいます」と強調する。さらに続ける。

「新しいことを知り、それを活かして成長していくのは楽しい。その成長を手助けするのが、大人の役割です。成長を手助けできるのだから、これも楽しい。だから学びは、かかわっている全員が楽しいはずです」

 既存の学校は偏差値(点数)のために「がんばる」ことだけが求められて、「楽しい」は許されない雰囲気になってしまっている。これでは、子どもも大人もつまらない。

「受験や就職など大人だけの価値観で決めた同じ方向に子どもを向かわせるには、子どもたちが楽しいとおもうことは切り捨てたほうがやりやすいのかもしれません」

 そこに疑問をもったとしても、偏差値(点数)のための教育を無視することは許されない。蓑手さんも違和感はもっていたが、無視はできなかった。かといって、そこにドップリと浸かったわけでもなかった。

「ペーパーテストだと、暗記さえすれば点数がとれてしまうものが多い。だから、コスパのいい覚え方を子どもたちに指導していました。私が担任していたクラスは、めちゃくちゃ点数はとれていました。子どもたちが点数とれていれば、学校からも保護者からも文句はいわれません」

 もちろん、点数をとらせて終わりではない。「さっさとコスパよく点数とって、それで浮いた時間は楽しいことに使おうよ、というのが私のスタイルでした」と、蓑手さん。

 その楽しいことのひとつが、「自由進度学習」だった。子どもたちが自分の学びたいことを、自分のペースで学んでいく学習スタイルである。

 この自由進度学習は、ヒロック初等部では基本となっている。「小学校低学年の年齢で、中学生レベルの理科を学んでいる子もいれば、数学で高校生レベルをやっている子もいます」と、蓑手さん。

|小学低学年で高校レベルの数学を学習する子もいる

 いくらコスパよく偏差値(点数)を上げる指導をしたとしても、公立学校では自由進度学習を基本できるまでの時間は捻出できない。捻出できたとしても、自由進度学習を基本にすることはできない。同じ学年で同じことを、同じペースで勉強することが義務づけられているからだ。だから、蓑手さんは新しい学校をつくった。

 自由進度学習が基本だからといって、子どもたちが選択しないものは、ヒロック初等部では学ばなくていいわけではない。「探求的な場があって、たとえば漢字について考えたりします。漢字が読めたほうがインターネットで情報収集するにもやりやすいし、書ければメモもとれる、といったことを子どもたちが話し合いながら気づいていきます」と、蓑手さん。

 そういうことを考えさせる「仕掛け」も、教室中にある。たとえば、1日のスケジュールが書かれたホワイトボードが教室の一角に置かれているが、そこには意図的に漢字が多用されている。

「漢字が読めなくても、朝に大人が読み上げるので、困ることはありません。でも、自分で読めたほうが便利だろうな、と子どもたちは気づきます。気づけば、自発的に漢字を学んでいきます。押しつける必要はないんです」

 押し付けでは、つまらなくなる。ヒロック初等部には学年のくくりもない。学年で区別することでの弊害を、学校教員をするなかで蓑手さんは感じてきたからでもある。

「既存の学校では、自分のことを『オレはバカだからさ』という子がいます。その子のレベルにあった内容なら理解できるのに、5年生なら誰もが5年生でやると決められたことを押しつけられて、理解できなくても放っておかれています。本人にしてみれば、毎日、『お前はバカだ』といわれているようなものです。3年生くらいのレベルまで戻れば理解できて、すぐに5年生レベルにも追いつきます。その戻ることが、既存の学校ではゆるされません」

|「オレはバカだから」といわせてしまっている

 自由進度学習は、先に進むだけではない。戻るのも自由なのだ。学年は関係ないので、自分のペースで学習することが許される。「オレはバカだからさ」という必要などないのだ。「バカだからさ」という子がいるのは、無理やり学年で区切られていることの弊害でしかない。どんどん学校をつまらない場にしてしまっている。

 弊害は、まだある。学年別のシステムでは、たとえば2年生なら2年生同士だけの交流になりがちである。しかし、年下とも年上とも交流することで、学べることはたくさんある。学年で区別することによって、交流の可能性を狭めていると同時に、そこで生まれるいろいろな出来事との出会いまでを奪っていることにもなっている。わざわざつまらない場にしてしまっているといってもいい。

 そうした弊害を除くことも、既存の学校だと簡単にはできない。つまらないままでいるしかないのが、現在の学校の状況である。だから、蓑手さんは新しい学校をつくった。

 ヒロック初等部は、東京都世田谷区の砧公園の近くにある。大きな公園の近くという学校の立地も、蓑手さんのこだわりである。

「自然から学べることはたくさんあります。自然体験のできるところが近くにあることは、学校の場所を選ぶうえで大事な条件でした」

 ビルのワンフロアにあるヒロック初等部は、ひとつだけの教室である。ここで子どもたちは、自分のペースで学習しながら、いろいろな出会いのなかで豊かな学びを続けている。子どもにとっても大人にとっても、楽しい場所なのだ。

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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