パリの三つ星シェフがラーメン屋を開店【SUPU RAMEN】
新しいラーメン屋さんができた。
そう聞いて「またか」と思うくらい、パリのラーメンブームは依然として続いている。いや、もはやブームを超えて、ラーメンという食文化がパリにも定着しそうな勢いだ。
だが、今回ばかりはかなり驚いた。なぜならフランスを代表する三つ星シェフ、ギィ・サヴォア氏がラーメン屋を開いたのだ。
その名は「SUPU RAMEN(スープラーメン)」。花の都パリの中でも特に風光明媚な中心部のセーヌ左岸、ポンヌフからすぐのところにある。
外観を一見した限りでは、普通のラーメン屋さんとは思えない。それもそのはず。ギィ・サヴォア氏のカジュアルラインのレストランのうちの一軒、「ブキニスト」が衣替えしたものなのだ。
店に入ると内装にまずキョロキョロしてしまう。床も壁も天井までおしゃれなポップアートに彩られ、ちょっと楽しい気分になる。若い気さくな感じのスタッフの案内で席につくと、テーブルにはいきなりお銚子が。
お酒が入っているとは思えないから、花立てにでもするつもりなのかと思いきや、中にはお醤油が入っていた。
メニューを見ると、一行目はEdamameとあるが、次の行にはFoie grasの文字。ここは前菜にフォアグラがあるラーメン屋さんなのだ。
そして肝心のラーメンの項目の頭には「ブイヨン、ラーメン、たくさんのグリーン」と前書きがあり、「鶏のブイヨン 地鶏の胸肉のマリネ キャベツのマリネ」「出汁ブイヨン のり さば ねぎ 辛味の効いた味噌」「豚のブイヨン フランクラン豚の胸肉のコンフィ サボデ しいたけ もやし」「野菜の味噌風味ブイヨン なす トマト マッシュルーム えだまめ オニオンフライ」…。ちなみに、サボデとはリヨン地方のシャルキュトリーのこと。カギカッコ内の食材がすべてひとつのどんぶりに入っているということだから、かなり想像がつきにくいお品書きと言える。
とにかく試してみないことには話にならない。筆者が最初にこの店にトライしたのは、オープンしてまだ10日もしない日で、仕事の仲間と一緒だった。3人で別々のものをとってみようということで、運ばれてきたのがこちらのラーメン。
どんぶりのデザインからしてすでにインパクトがあるが、トマトとサバのトッピングなどはかなり意表をついた取り合わせ。食してみれば、スープが馴染みのある醤油味でも塩でも味噌でもとんこつでもなければ、麺もまったく別物。「これはラーメンと言わない」と、日本人なら思ってしまうラーメンだった。
いったいどういう思いからこの店を開いたのか、これは是非ともギィ・サヴォア氏のお話を聞いてみたい。
そんな筆者のリクエストに、シェフは快く応じてくれた。
取材の場所は、ギィ・サヴォア氏の本丸ともいうべき三つ星レストラン。「スープラーメン」から歩いてすぐのセーヌ岸、造幣局の建物の中にあり、レストラン格付けランキングLa Listeなどでは世界一に選ばれる名店中の名店だ。
以下、ここでうかがったお話をご紹介したい。
- そもそもどうしてラーメン店を出そうと思ったのですか?
まず私自身、ラーメンが好きです。旅先、たとえばラスベガスやロンドンでも、そしてパリでもラーメンを食べます。かしこまらずに手早くランチができるという形式がまずとてもいい。夜の外食は、有名レストランに行くことが多いので、昼は軽くしたいというときには理想的です。寿司とか刺身とかはよく知っているところでないと食べる気にはならないけれど、ラーメンならその心配はない。しかもブイヨンと麺、そして野菜とかの組み合わせは、ある種ヘルシーな完全食だと思います。
私は88年からビストロ形式の店を始めました。星付きシェフのビストロ。これは10年以上は続くスタイルだと思っていました。「ブキニスト」もパリに開いた複数のビストロレストランの一軒で、うまくいってはいたのですが、それを閉じる決心をした。なぜなら、いまやこの種のレストランはたくさんある。だからその代わりに新しいものを作ろうと思いました。
- それがラーメン屋?
はじめはベトナムの屋台のスープにしようとも思いましたが、あれは食べ応えがいまひとつ。スープと野菜が中心だからちょっとした軽食で食事にはならない。でもラーメンなら十分に食事になる。
- パリではスターシェフが日本食の店を開くのがブームです。たとえば、ヤニック・アレノシェフは寿司店を、シリル・リニャックの寿司バーも大繁盛しています。寿司はどちらかというと上級の日本食ですが、ラーメンは庶民的。あなたのは一番パンチがきいているように思います。三つ星シェフ、しかも大御所のシェフという立場からして、リスクがあるとは考えませんでしたか?
いいえ。かねてから、現代の料理人は食のあらゆる方面からアプローチすべきだと思っていました。だから全くコンプレックスはない。
- そういえば、あなたは三つ星レストランのワインリストに最初に日本酒を載せた先駆者でもあります。10年以上前のことでした。いまのような日本酒ブームが来ようとは想像もしなかった頃に。また、かのポール・ボキューズさんも同じ時期にハンバーガーの店を開いたりしていました。
大事なのは美味しいかどうか。真の料理人がそこにいて、真の素材があることが大事。だから全く問題ない。でも、私は型にはまったラーメン屋をやるとは言いません。それをするのだったら、自分の名前は出さずに、日本人のチームに任せればいい。
- 何かモデルになるラーメンがあるわけではないのですね。
ありません。味、食感。絶えず試行錯誤して発展させようと思っています。私がこうであったらいいな、と思うラーメンを作っている最中です。
- ラーメンは麺とスープが大事ですが、「スープラーメン」のは普通のラーメンとはまったく違います。
スープは、鶏、豚、野菜などいろんなものがありますが、フランス料理のブイヨンと同じ考え方です。つまりよくデグレッセして(注/表面の余分な油脂を取り除く)、きれいにする。ムール貝やオマール海老、トリュフのブイヨンも季節のラーメンとして出そうかと思っています。麺の小麦粉はイルドフランス(注/パリを中心とする地域圏)産。ブラスイユで製粉されたもので、それをブルターニュ産のそば粉と合わせています。野菜や豚もイルドフランス産で、豚は麻を混ぜた飼料で育ったものですし、ほとんどの食材はビオ(有機栽培)。質が良くて、まっとうで、ヘルシーなものをと思えば、そういうこだわりはむしろ自然なことです。
- レシピはあなたが考えるのですか?
シェフのステファンと一緒に考えます。彼はラーメンにとてもパッションを持っている。
脂っこくないスープで、サラダ(グリーンの葉物)を載せるというアイディアは、私自身の体験からです。ラスベガスで食べたラーメンにサラダが載っていたのですが、味がない。味がないのに、どういう意味があってサラダを載せるんだろうと考えた。
もっともサラダはフランス料理にはよく使います。お肉と。子羊だったらクレッソンですが、それはクレッソンのスパイシーなところが子羊とよく合うからです。そういうわけで、「スープラーメン」にはサラダを、しかもその3分の1はクレッソンが占めているようにしたいと思ったのです。つまりこれは非常にクラシックなフランス料理からきているアイディア。ルッコラも夏向きのにはいいんじゃないかと思っています。
- 昨日いただいたラーメンにはかぼちゃと子牛、プルロット(しめじのようなきのこ)が入っていました。
先週は鴨を入れたりしました。その時期その時期のラーメンを出します。
- フランス人にとってラーメンはどう受け止められているのでしょう? また今後このラーメンブームはどうなっていくでしょう?
パリでは若い世代でこそラーメンがブームになっていますが、うちのレストランに来るフランス人のお客さんはラーメンをまだ知らない人が多いです。
私は「スープラーメン」のラーメンを日本のラーメンと同じとは言いません。日本からインスピレーションを受けた上でクリエイトしている。そもそもラーメンそのものが中国からきたものですよね。昨今、これだけたくさんの日本人シェフがフレンチレストランをしているんだから、逆があってもいいでしょう。(笑)
とにかくクオリティをあげてゆきたい。改良するというよりも、発展させていこうと思っています。1年後にはいまとはまったく別物になっているかもしれない。
- 店名の「スープラーメン」に続けて「avec Guy Savoy」(ギィ・サヴォアとともに)となっています。par Guy Savoy(ギィ・サヴォアによる)ではなく。
はい。なぜなら私自身は毎日その場所にはいませんから。
とはいえ、場所のエスプリは私のアイディアそのもの。「ラーメン屋を開こうと思う」と話したら、即座に「それはいい! だったら是非、内装は自分に任せてほしい」とアーティストのファブリス・イベールが形にしてくれた。食事以前に、この場所そのものがユニークだと思います。しばしばラーメン屋って、暗くて、狭い感じ。でもここではセーヌ岸の景色が愛でられる明るくて、アートがある場所。もしも自分だったら、まずそのために行ってみたいと思う。
- たしかにこの一等地をラーメン屋にしたのは太っ腹です。
そうでしょう? 15ユーロのラーメン1杯で、ポンヌフのそばのパリで一番美しいスペクタクルの場所に座っていられるのですよ。もちろん、15ユーロが安い値段だとは言いません。学生たちが4〜5ユーロでお昼を食べている現実だって知っています。でもいい場所にあるからと言って、他のレストランよりも高くしているつもりはありません。
- ラーメン1杯の値段としてはパリの相場ですね。
庶民的な食事であっても、喜びのある場所にしたかった。レストランそのものが芸術作品で、足を踏み入れるとまるでFiac(注/パリで毎年開催されているコンテンポラリーアートの国際見本市)そのものの中に入ったような気分になる。庶民的でしかも高貴であっていいと思うのです。
ギィ・サヴォア氏は「Populaire noble(ポピュレール・ノーブル)」という言葉で、このインタビューを締めくくった。
庶民的で貴族的、あるいは高貴な庶民派とでも訳せるだろうか。
美味しい不味い、好きか嫌いかを言うのは食べる人の自由。
ともあれ私たち日本人の“想定外”のラーメン文化がパリに生まれつつあるということは言えそうだ。