「不快感」が逆にアピール? タイトルもハマった「関心領域」。劇場ならではの体験がヒットに
日本の映画興行では、公開時のシネコンなどでのスクリーン数がヒットを左右する。「いっぱい上映してたら話題作?」というシンプルな法則が、観客のモチベーションを刺激するからだ。
しかし、先週末に公開された『関心領域』は、この法則に反して好成績を上げている。
5/24〜26の週末映画動員ランキングを、劇場の公開館数とともに並べると……
1位『帰ってきた あぶない刑事』 371
2位『劇場版「ウマ娘 プリティダービー 新時代の扉」』 331
3位『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』 380
4位『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 後章』 251
5位『関心領域』 112
6位『碁盤斬り』 342
7位『猿の惑星/キングダム』 374
と、初登場5位の『関心領域』だけが極端に少ないスクリーン数で、ランクに食い込んだことがわかる。コアなファンがいる日本のアニメ作品などで、このようなパターンはよく見られるが、『関心領域』はイギリス/ポーランド/アメリカの合作。しかも東京・日比谷ではTOHOシネマズ シャンテがメイン館。シャンテといえば、アート系、大人向けの映画を専門に上映する劇場で、シャンテで公開の作品がランキング5位というのも珍しいケース。
この『関心領域』は今年のアカデミー賞で国際長編映画賞と音響賞の2部門受賞を果たし、監督のジョナサン・グレイザーの受賞スピーチに込められた反戦メッセージも話題になったが、それも2ヶ月以上前のこと。『オッペンハイマー』のように、アカデミー賞と同じ月に公開された作品と違って、話題性としてはやや沈静化していた。それでも、アカデミー賞受賞から公開日に至るまで、各メディアがこの『関心領域』のスゴさを伝え続けたことで、観客の期待がキープされていたようだ。
日本公開のタイトルも効果的だった。原題の「The Zone of Interest」の直訳ではあるが、一見、何を表しているのかわからない。近年、洋画の日本公開タイトル(邦題)は、元の意味と違っても「わかりやすく」変換されるケースも多いが、このように「わからない」からこそ逆に興味を湧かせる…という方向性もうまくいくことを『関心領域』が証明した。まったく無関係なニュースで、「関心領域」という言葉が引用されていたりも。この成功はすべての作品に通じるわけではなく、同じく今年のアカデミー賞で複数受賞した『落下の解剖学』は、直訳ゆえにどんな映画かわからないという声も多く聞き、期待以上の数字を残せなかった。
『関心領域』は、1945年、ポーランドのアウシュビッツ強制収容所の「隣」で暮らす、同収容所の所長一家の日常を淡々と追った作品。収容所内のシーンはほとんど登場しないが、アカデミー賞で音響賞を受賞(これも『オッペンハイマー』が本命とされながらの受賞)しただけあって、「音」が信じがたい効果を発揮する。その意味で、配信やDVDなどのソフトではなく、暗闇の密閉空間、しかも良好な音響を提供でき映画館でこそ、真髄がわかる作品。日常の生活音に邪魔されてはいけない鑑賞については、これも各メディアが伝えており、「絶対に映画館で」と思った人も多いはず。映画紹介が適切に観客に届いたことでも幸福な例となった。
しかし収容所をテーマにしたことで、当然のごとく「おぞましさ」「不快感」がもたらされる瞬間もある。その描き方も『関心領域』は独自なアプローチをみせており、直接的ではないからこそ、衝撃を与えるというスタイルに、一定数の人が心をざわめかせている。ナチスもの、ホロコーストものは、日本でもある程度の需要が期待されるジャンルで、そこには「不快感」を求める人間の本能も関係しているように思える。
実際に公開後の反応も、とくに音の「不快さ」や、登場人物たち=収容所一家の無意識の「悪意」に言及するSNSのポストが目立っている。否定的なメンションもあるが、それが「観たい」欲求を募らせたりも。
このように少なめのスクリーン数で公開の週末は満席の回も多かった『関心領域』だが、平日に入るとさすがに動員数はやや控え目にシフトしている。平日、および2週目の数字によって、好調をキープできるか。こうしたタイプの映画がヒットを示すことは、日本における洋画、およびミニシアター系作品のここ数年の低調化に希望の光を灯すので期待したいところ。
不快なものを目にして、耳にすること。それは人間の欲求であり、映画のひとつの味わい方でもある。そして、そうした作品がうまくアピールすれば、もたらされる余韻も長く深い。さらに現実の社会と重ねたくなる──。『関心領域』のような作品は、一人でも多くの人に映画館で体感してもらいたい。
『関心領域』
新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開中
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