Yahoo!ニュース

獄中で今も無実を…和歌山毒物カレー事件の林眞須美 映画に協力してくれた家族には細心の注意をはらった

斉藤博昭映画ジャーナリスト
(c) 2024digTV

和歌山毒物カレー事件を題材にしたドキュメンタリー映画『マミー』(8/3公開)は、関係者への誹謗中傷が起こるなどして、映像の一部を加工して上映されることが報じられた。そのニュースによって「製作側が関係者に許可をもらわずに映画を作ったのでは」などという憶測、さらなる批判も一部で上がったが、そこは誤りであることを、二村真弘監督とのインタビューで伝える。

人によっては、すっかり記憶の彼方に閉じ込められた事件かもしれない。しかし、1998年、リアルタイムでニュースを見ていた人は、この人の顔は一生忘れられないだろう──。

和歌山毒物カレー事件。夏祭りのために準備されたカレーの鍋に猛毒のヒ素が混入され、小学生を含む4人が死亡し、日本中を震撼させた。当日、カレーの番をしていたため、犯人と断定されたのが林眞須美。本人は犯行を否定するも、過去に夫の健治ら周囲の人物が保険金詐欺を行なっていたことが発覚。その詐欺で眞須美の共謀も明らかになる。彼女の自宅前に群がるマスコミに対し、笑いながらホースで放水する眞須美の映像は、ワイドショーの格好の素材となった。2009年、最高裁で林眞須美の死刑が確定。しかし今も、彼女は無実を訴え続けている……。

刑の確定によって、世間では限りなく「クロ」とされてきたこの事件を掘り返し、多くの関係者にもアプローチ。改めて事件の真実に思いを巡らせるドキュメンタリー映画が作られた。『マミー』である。

あくまでも「目撃者」として話が聞きたかった

「多くの関係者」の中には、林眞須美の家族も含まれる。彼らの証言、事件当時の思いは、この作品の肝になっており、ここまで赤裸々な言葉をよく引き出せたと感心もする。監督の二村真弘は、林眞須美の家族との接点が、今から5年前にあったことを語り始めた。

「2019年、林眞須美さんの長男と、(事件を追った)『毒婦』の作家、田中ひかるさんのトークイベントがありました。そこで長男が死刑囚の息子としての半生を語り、最後の方で冤罪の可能性も言及したのです。そのイベントにはTV局のカメラクルーも取材で入っており、冤罪についても番組で取り上げる予定だと聞かされました。しかし結局、TV局の判断で『死刑が確定している人の冤罪の可能性を検証する番組はできない』と、番組は作られなかったのです。そもそもメディアは検証するのが仕事であり、大きな疑問が湧きました。僕もTVでドキュメンタリーを作る立場として、何かを作らなければ、という衝動に突き動かされたのが、すべての始まりです」

この「番組が作られなかった」という裏事情を二村監督が聞いたのは、眞須美の長男からだったという。『マミー』では、この長男、林浩次が多くの場面に登場する。「浩次」という下の名前は仮名だ。

「どのように登場させるかには気を遣いました。浩次さんには、母親が冤罪である可能性を訴えたい気持ちがある。一方で、『息子だから、かばっている』と、自分が前に出ることがマイナスに働くリスクも彼は承知していました」

二村監督は『マミー』の前段階としてYouTubeのチャンネル「digTV」で、この事件に関する取材を配信してきた。その段階から二村監督は林浩次に話を聞き、徐々に距離を縮めていったという。

「『長男だから』という理由で、彼の言葉を信じないようにしました。あくまでも事件当時、カレー鍋が置かれていたガレージで眞須美さんと次女(浩次の姉)を見た目撃者として話を聞きたかったのです」

『マミー』より (c) 2024digTV
『マミー』より (c) 2024digTV

そしてもう一人、林眞須美の夫、林健治も『マミー』にはたっぷり登場する。当時のニュースを覚えている人なら、彼の顔と名前はおなじみのはず。しかも眞須美に劣らない強烈なキャラクターである。そもそもシロアリ駆除会社を経営していた健治が、自分の身体でヒ素の効果を試したことが、保険金詐欺へとつながったのだ。ヒ素で体調を崩し、半年間も身体が動かないふりをして、高度傷害保険など約2億円を受け取っている。そこに眞須美も加担した。『マミー』は、健治の現在の思いも詳らかにしていく。この健治という人、とにかくやること、考えること、常識を超えて目がくらむレベルだ。

「保険金詐欺で服役し、刑期満了で出所した健治さんは、今でこそ取材者がたびたび訪れていますが、当初は『メディアに対して怒っている』と勝手にイメージされていた。それで恐る恐るアプローチしたら、受けてくれた…ということです。人を楽しませるんが好きで、ざっくばらんな人。眞須美さんとは漫才のような掛け合いを日頃からしていたそうで、何でも言い合える家族関係ではあったようです」

やっていない可能性が高いのではないか…

二村監督が話すこの家族関係も本作のひとつのテーマを形成しており、眞須美と健治の長女と次女も、もちろん作品の大切な要素になっている。タイトルが『マミー』となったのも、監督のこだわりのようだ。

「浩次さんと健治さんが眞須美さんのことを話す時、今も『マミー』と呼んでいます。眞須美さんが逮捕されたのが、浩次さんが小学校5年の時で、当時の母の呼び名が『マミー』だったそうです。本来なら成長していく中で『かあさん』『おかん』に変わったはず。そこで関係が切れたので、時間が止まったように『マミー』という言葉が残ってしまった。これはちょっと象徴的であり、多くの人が抱く毒婦などのイメージではなく、眞須美さんの母親としての存在も伝えられるということで、このタイトルにしました」

現在、林眞須美は死刑の執行を待つ身。二村監督が直接、面会することは叶わない。実際に会うことができたら、自身の思いをぶつけたいという。「事件当時、林眞須美さんを取材したことがある記者に聞くと、当時の彼女の話に嘘が混じっていたから信用できない、と言う人もいた」と監督も語るが、こうして自身のドキュメンタリーが公開されることに、彼女は何を思うのだろうか……。

改めて、林眞須美と事件の関わりについてどう考えているか。二村監督に問う。

「保険金詐欺に関しては本人も認めているとおり、悪知恵を働かせてやってしまったのでしょう。しかしカレー事件に関しては、やっていない可能性が高いと考えています。少なくとも有罪の根拠となった裁判所の認定には、いくつもの矛盾があることは明らかです。この映画を作りながら、少しずつそんな気持ちになっていきました」

なぜ二村監督がそう感じたのか。『マミー』を観れば、われわれの固定観念も激しく揺さぶられることになる。

二村真弘監督 撮影:筆者
二村真弘監督 撮影:筆者

『マミー』8月3日(土)より、[東京]シアター・イメージフォーラム、[大阪]第七藝術劇場ほか全国順次公開

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

斉藤博昭の最近の記事