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フランスの大学生がデモとストライキで大学を封鎖している(1) マクロン大統領の教育改革の何に反対か

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
4月10日パリのソルボンヌ大学近くでデモをする学生たち(写真:ロイター/アフロ)

フランスで、学生が大きなデモとストライキをやって、キャンパスを封鎖している。

職員や教授で参加している人もいる。

全部の大学ではないが、完全封鎖の所もあれば、機能の一部が止まっている所もある。

もう2週目になる(もっと長いところもある。大学によって異なる)。

今週はパリはどのみちバカンス(お休み)なのだが、来週に一体どういう動きがあるのだろうか。

警察が介入するという話があり、是非がトップニュースで論じられている。

なぜ学生はストライキをしているのか

なぜ学生はストライキをしているのだろうか。

マクロン大統領の大学入学改革に反対しているのだ。

「大学の入学で生徒の選別をするな」と主張してデモとストをしているのだ。

つまり、すべての機関において生徒を全入させろということになる。

具体的には、3月に法制化が公布された「学生の成功とオリエンテーションの法律」への反対である。

この新しい法律は、大学入学における生徒の選別を事実上合法化するものだ(その他にも色々な要素を含んでいる)。

なぜ反対なのか。教育はすべての人のものだから。選別はフランスの国是「自由・平等・博愛」に反するからである。

彼らの訴えは、男女差別問題、移民問題なども含んでいる。

この選別によって、弱い立場の者ーー例えば女性とか、移民で定住した人とか、貧しくて学業が振るわない者とか、成績が伸びない者などが選別されて大学へのアクセスが制限されてもいいのか、という問いかけをしている。

学問は平等ではないのか、この国は平等の国ではないのかーーと。

驚くべき学費、ではなく登録料

「平等ではない!」と学生は主張して闘っているが、日本人から見たら、うらやましくて泣きたくなるほどの平等がすでに実現している。

日本では今世紀に入ってやっと高校の授業料が無償化され、いま大学の授業料の無償化の検討が始まっている。

しかし、とっくにそれはフランスでは実現している。

大学(学士)の登録料は、184ユーロ(約2万5000円)である。

これを日本人に言ったら、「一ヶ月ですか」と言われた。違う。1年である。

これを学費と呼んではいけない。登録料である。手数料である。学費は無料なのだ。

外国人学生は入学で選別されているが、この登録料は同じ金額である。

よその欧州の国では、その国の人と外国人で学費が違うことがあるが(もちろん外国人が高い)、それをフランスでは「人種差別」という。

選別は学の平等に反する

「生徒の選別を事実上合法化」することに反対しているーーこれを聞いた日本人は「えっ、大学に入るのに生徒の選別がないの?」とさぞかしびっくりするだろう。

今まで選別はなかったのか。

驚くべきことに、建前上はないことになっていたのだ。

フランスは、平等を目指して革命を起こした国だから。特に「学校は聖域」という意識が強いのだ。

選別はタブーの話題なのである。

法的にはどうか。

大学院(修士・博士)では入学に選別があるし、法的にも裏付けされている。しかし大学(学士)では、法律の空白地帯だった。

マクロン大統領は、このあいまいな空白地帯にメスを入れ、事実上選別を法制化しようとしているのである。

日本人にわかりやすい例を想像するとーー政府が「非核三原則(核をもたず、つくらず、持ち込ませず)なんて、実際には有名無実となっている」として、少なくとも核の「持ち込ませず」について事実上認める法制化を始めたーーといえば、感じが伝わるだろうか。

現実はどうなっているか

実際は選別があるのに建前上はないことになっている、とは一体どういう状況か。

建前を信じて、本当にないと思っている人も結構いる。

世代や地域にもよるのだが。

本当に選別はないのか。どこでも志望すれば入れるのか。

数学がゼロ点の人が理系学科を志望しても、外国語がゼロ点の人が外国語学科を志望してもか。

もちろん、そんなことはない。

フランスでは高校卒業の資格を得るには、バカロレア(Bac)という試験を受ける(3種類ある)。2009年からバカロレアを取った学生の大学入学登録は、Admission Post Bac(APB)というサイトに一元化されている。これは教育省の管轄にあり、9割以上の登録が管理下にある。

今はどうやっているかというと、APBサイトで志望する所を選択する。最大24カ所選択できる。

一般のバカロレア取得者では、一人平均で7、8カ所を選択している。そうすると4種類の返事で各機関から通知がくる(合格決定の所、大体は大丈夫だがリスクあり、大体はダメだが可能性あり、ダメ。ここで選択を誤ると、合格決定を失うことになりかねない)。

ただし昨年度は、8万7000人に対して何の返事もなかった。つまり、どこにも入れなかった。

このように、現実には選別は行われているのだ。

でも日本で「実際には核は持ち込まれています」というのがタブーなのと同じで、「生徒を選別している」などというのはフランス社会のタブーなのだ。

実に不思議なことに、日本と違って偏差値表などという「差別的なもの」は存在しないのに、なぜか大学や学部で、「あそこはレベルが高い・普通・低い」とレベルというか評判が周りに認識されている。本当に不思議だ。

教師ですら自分の所属する機関がAPBサイト内部でどういう位置付けになっているか、よくわからないと言うのだが。

選別がくじ引き?!

以前から「選別はくじ引きで行われているのでは」とフランスの学生の間ではまことしやかに話されていた。

フランスで最も大きい学生組合UNEFが「くじ引き」を告発したのは、2014年のことだった。

ぜひ、以下の記事を参照してほしい。

大学の入学選抜がくじ引き 学生組合UNEFによる告発で明らかに

今では、92の機関がくじ引きをしていると認めている。

くじ引き?! そう、くじ引きだ。くじ引きは「平等」なのだ。選別なんて「違法」なことはしていない、若者の学の平等を犯してなどいない!ーーということなのだ。

しかし、くじ引きだけなのか。

こんなにくじ引きをカミングアウトしている状況なのに、「たったの92」と言えるのではないか。

他はどうしているのだろうか。

タブーだから謎

まず、地方と都会では違う。その地方出身の高卒資格者が、その地方の大学に入ろうとするなら、ほぼ全入だ。

このへんは、日本と状況がやや似ているかもしれない。

ただし日本の場合は、少子化でなし崩し的にそうなったのであって、確固たる政策や、思想や哲学があってそうなったわけではない。

問題は、人気のある学科、大都市、評判や名声の高い大学(学部・学科)、そして、フランスのみならず世界中から志望者が殺到するパリの大学である。特にパリ市内にある大学は、拡張が難しいケースが多く、かなり昔から飽和状態である。

一方でパリ郊外の大学の学科や学生数は、どんどん増えている。

選別をしていると発言する勇気がある(?)機関もある。しかし「うちは確かに高校の成績を見ていますが、生徒をバラエティをもってとっています。普通の成績の人から、モチベーションが高い人、成績が十分の人までミックスしています」のような発言になる。

面接をする大学ですら「これは選別のためではなく、勉強の現実を理解してもらうためです」という言い方をする。

実際にどうなっているのかは、結局大いなるミステリーというわけだ。

タブーというのは、謎だらけになるものだ。

日本の港に停泊するアメリカの空母に、本当に核が搭載されていないのか確認できない(しない)ように。「アメリカ側から何も言ってこないので、核は搭載されていないはずだ」のような、意味不明な政治家の発言が出るのと同じなのだろう。

はっきりさせたいマクロン政権の気持ちは、わからないでもない。

それに人々は「やっぱりいくらなんでも、くじ引きはまずいだろう」と思っている。

日本となんという違い・・・

フランス人から見たら、日本はどう映るのだろうと考えることがある。

いたいけな15歳から高校入試で選別が始まるなどとは、恐るべき人間差別。ましてや制服で一目で高校のランクがわかるなどというのは、まるで収容所の囚人のようなマーク付けに映るのではないか。

ましてや、5歳や11歳のときから「お受験」が始まっているとあっては、それは「カネにまみれたアメリカ資本主義社会」であり、批判する気も起きないほど「自分たちとは違う、別世界の国の話」だと思うだろう。

公立高校のほうから進んで予備校と連携する最先端の教育事情に至っては、「資本主義の末期症状」と思われるのは間違いなく、「腐っている」と思う人すらいるだろうな、と思う。

正直に言って、そういう腐った(?)日本から来た私には、たとえ理想主義すぎるとしても、「学の平等」「人間の平等」を求めてデモをする若者に感動してしまう。たとえ若さをもてあましているにせよ、反抗がカッコイイだけの人もいるにせよ、それでもこうして立ち上がる君たちは素晴らしい、と思う。

弱者が選別からもれてもいいのか

思えば2014年、最大の学生組合UNEFが初めて「くじ引き」の実態を告発したのは、今と同じで「選別をやめろ」と要求するためだった。全入を許可して、国の予算をもっと増やして、すべての人に大学教育のチャンスを与えろと主張するためだった。

実際には、大学に入学した人で卒業する人(学士の学位をとる人)は3割未満である。

それでも、チャンスを与えるのが大事なのだ。

当時、メディアは左派ですら冷ややかだった。

「理想主義すぎる」「現実的に不可能だ」「大学神話だ」と。

ところが、平等を目指す学生たちの「タブーの蓋」を開ける告発は、選別の合法化という、真逆に振れてしまったのだ。

繰り返すが、彼らの訴えは、差別問題を含んでいる。

男女差別、経済格差、元の頭の差異、出身国・地域による差別(経済格差につながっている)など。

彼らはいわゆる「弱者」である。

選別が法制化されたら、彼らが不利になってしまう。

学問は平等ではないのか、この国は平等の国ではないのか、彼らの大学へのアクセスが制限されてもいいのか。

特に貧しい人たちは移民系の人が多く、彼らの大学教育へのアクセスを妨げるのは人種差別じゃないのか。

同じ人間なのだ! 彼らと連帯するべきだ! ーーというのが彼らの主張である。

そんな主張をする、デモやストを呼びかける若者たちの雰囲気はとても興味深い。

フランス革命? パリ・コミューン? ロシア革命? みたいな感じである。バックミュージックは、「インターナショナル」が適切という雰囲気だ(本当にかけていた)。

「インターナショナル」とは、いわば「万国の人民」のための歌である。日本では、安保闘争を知る世代なら、全員知っているのではないかと思う・・・たぶん(ずっと原発反対を唱えていて、福島事故のあと信頼され頼りにされている気骨ある人々は、この世代に多いと感じる)。

社会主義・共産主義を代表する歌、あるいは労働運動の歌として有名だ。

おそらくロシア革命から来た歌だと思っている日本人が多いかもしれないが、大元はフランスだ。1871年のパリ・コミューンで、フランス語でつくられた歌である。パリ・コミューンとは、パリに生まれた自治体政権。短命に終わったものの、世界で初めての社会主義・プロレタリアート(・共産主義)の政権と位置付けられている。

アメリカが市民の自由の発祥の地なら、フランスは市民の平等思想のふるさとだ。

特にパリはーー。

「パリで人生を過ごしたことのある者は、一生パリがつきまとう」と言ったのはヘミングウエイだったか。

本当にそうだと、筆者は心から思う。

理由を書いているだけで、かなりの文量になってしまった。

写真にあるように、4月10日にソルボンヌ大学の前で大きめのデモがあった2日後、ソルボンヌ大学が学生によって封鎖された。

マクロン大統領の発言の直後のことだった。機動隊も出動したのだが、一体何が起きたのか。

続く

ソルボンヌの反乱:キャンパス封鎖 (2)フランスの大学生がデモとストライキで大学を封鎖している

追伸:その後の反響で、勘違いが起こっているようなので、書いておきます。

有名な大学や人気のある学科、大都市のど真ん中(特にパリ)の大学、つまり応募者がたくさん集まる所では、選別は間違いなく行われています。建前と現実の違いがありすぎるから、問題になったのです。また、外国人の入学に関しては、秘密でもなんでもなく、選別は行われています(ただし地方では、一定の基準や資格を満たすと、外国人であっても全入になることがある)。以上は学士(大学)の話です。上述したように、学士における選別は、法律の空白地帯だったのです。大学院は全く別です。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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