ジャングルでも大都会でもサバイブできる、ケイコ・フォレスト流、野性的でエレガンスな子育て術とはその1
ジャングルで育った話題の17歳のモデル、小林サラの母親、ケイコ・フォレストさん。
名古屋出身、弁護士事務所の秘書としての何不自由ない生活を捨て、単身アメリカに移住。10ヶ月かけてアメリカを歩いて横断。その後、北カリフォルニアにあるメンドシーノ国有林で暮らし、メキシコ人男性とメキシコにて結婚。カリフォルニアで二人の娘を家族だけで水中出産。9年前から、ハワイ島のプナ地区に移住。
「ヤナの森の生活」の著者であり、ジャングルにて、電気も水道も通っていない生活を送る。ジャングルの奥地の広大な敷地に、女手一つで数年かけて、「THE VILLAGE」という洗練された施設を作り上げ、ジャングルスクール「nest」を運営。食べられるジャングルとして、フルーツなどの植物を育てる。
ジャングルでも、東京でも、一瞬にしてなじめる小林サラを育てた母親とは?
自身のチャレンジングな生き方が、子育てにどう影響していくのか。
ジャングルの中で、ワイルドに力強く生きながら、一方で、おしゃれにエレガントにも生活できる。キラウエア火山噴火、溶岩が流れ、移りゆく大自然の中でも柔軟に考え方を変えられる。
そんな親子の生き方、価値観から、どうとでもなる、どうにでもできる、たくましさを学ぶ。
「小林サラ&ケイコ・フォレスト」親子リレーインタビュー。
このページでは、プロインタビュアー 佐藤智子が、あらゆる職業、地域、年齢、性別、国籍を超えて、さまざまな方にインタビューいたします。
エンターテインメント以外にも、トラベル、教育、ビジネス、健康、美容、芸術、カルチャー、ライフスタイル、スピリチュアルなどのジャンルから、インタビューを試みます。
取材をさせていただいた方のキャラクターや言い回しをリアルに感じていただくために、あえて、インタビューを会話形式にそのまま再現しています。これは、インタビュアーにとっても勇気のいること。ですが、その場にいるような、臨場感を感じていただければと思っております。
――― サラちゃんから、「お母さんがすごい人だ」と聞いています。「世界中を旅したり、ジャングルの中におしゃれなエコビレッジを作ったり、ほんとに素晴らしい」と言っていたんですけど、ケイコさんとしては、サラちゃんをどういうふうに育ててきたつもりですか。何かあります? こういう育て方をしたとか。
ケイコ いや、生まれるのも自然出産で自分で産んだんですけれど、生まれる前からお腹に手を当ててコンタクトがあって、なので、自分たちの生まれたいように産んだつもりでね。
――― 自然の中で、自然分娩をしたんですか?
ケイコ そう。
――― それが、カリフォルニアの奥地の。
ケイコ そう。助産師さんが来てくれるような場所じゃなかったから、やむを得ず。
――― わあ、すごい。サラちゃんは、カリフォルニアの奥地のことは、あまり覚えてはいないらしいのだけど。覚えているのは、ハワイ島に8歳の時に来て、ビーチで過ごせると思ったらジャングルだったって、すごい衝撃を受けたって言ってたけど。
ケイコ そうそう、ずっと今でも言われてる、「だまされて連れてこられた」って(笑)。
――― ジャングルで育てようっていう計画があったんですか。
ケイコ いや、そういう計画はなかったけれど。
――― たまたま?
ケイコ そう、たまたま。まだ子どもたちが生まれる前にそこに行って、ここにいつか住みたいって思ってたから。
――― あ、昔から? じゃあ、探して探してそこに行き着いたんじゃなくて、そういうところに住みたいと思っていて。
ケイコ そう。そうなの。
――― でも女の子2人いるでしょ。ジャングルで育てて、っていうことで、どういうスキルというか、どういうことを一番大事に育てました?
ケイコ 私が割と体が弱くて、小さい頃はね。もう病院が家みたいな感じで過ごしてたので。それが成人になってから自分の意思でいろいろ行きたいところに行くようになって、それで変わってきたんですよ。
――― なるほど。
赤ちゃんの頃から枕なしで寝かせて
ケイコ 旅を始めたんですけれど、やっぱり枕が変わると寝られないとか、そういう不都合がいっぱいあったんで、だから、この子たちはどこにいてもなじめるように育てたいと思って。赤ちゃんの頃からそういう環境にいればそうなるだろうと思って、枕なしでね。
――― 枕なしで寝かせていたと。
ケイコ 硬いところでは寝られないとか、自分がそういうふうだったからね、硬いところでも寝れたり。父親がメキシコ人で、メキシコと日本とアメリカを行ったり来たりして暮らしてたので、言語も全然違うし、生活環境も全く異なった場所だったんですけれど、どこに行ってもなじめるようにという思いで。
――― だからサラちゃんは東京の大都会でも大丈夫なんですね。
ケイコ そうそう。
――― 急にオーディションを受けるっていう話になった時に、どうでした?
ケイコ まだ14歳だったので、18歳ぐらいになってからって思ってたので、突然だったんですよ、私にとっても。でも、サラが「ジャングルにいたらそんなチャンスはないから、行かせてほしい」って言ってね。じゃあ、トライしてみよう。ダメだったらまたジャングルに戻ってくればいい。そういう感じでとりあえず、何がどうなるか分かんないので、トライしてみるって(笑)。
――― でも、その時は、ジャングルでプロフィール写真撮ったりとか、メークをしてちょっとおしゃれするんじゃなくて、すっぴんのナチュラルな感じで写真を撮ったんですよね。
ケイコ いや、それもあったんですが、ちょうどね、うちにゲストで偶然に来た人がファッションフォトグラファーだったんですよ。
――― えー、ケイコさんのエコビレッジに。
ケイコ そう。奥さんがメークアップ・アーティストだったんで、遊びながらサラに軽くメークしてくれて。
――― へー。サポートを受けたんですね。
ケイコ 偶然なんですけどね。
――― それでオーディションに。でも全然そういう知識がないわけでしょ、どうしたら受かるとか。
ケイコ 全くない、うん。
――― 他の人たちはみんな、子役からやってるとかレッスンを受けてる人とかもいるわけでしょ。その中で2人はどういう準備をしたんですか。
ケイコ 私がびっくりしたんですけれど、堂々としてたんですよ(笑)。
――― サラちゃんが。最初から。
ケイコ うん。でも多分、小さい頃から、彼女の姉のモモもそうだったんですけれど、メキシコに行った時はもう、私たち日頃は山の中に暮らしてるんですけれど、メキシコに行ったらいきなり向かいの家にばーって行っちゃって、向かいの家の子どもたちと一緒に「バモノス」とか言ってスペイン語しゃべっちゃって。そこの家で出された食事して帰ってくる。メキシコってすごい色のついたジュースとか飲んでる感じなんですけれど、そういう生活にもスッと入って。娘たち2人とも。
――― じゃ、どこに行ってもなじめる感じで。
ケイコ なじめる感じで、日本に行ったら、私、名古屋が実家だったから、帰国したら、名古屋の小学校に入れてもらってたんですよ。カリフォルニアは3カ月の夏休みがあるから、夏休みになってすぐ日本に来ると日本の小学校に2カ月入れてもらえるので、それで私の卒業した名古屋の小学校に2カ月入れていただいて。私も英語の読み聞かせに行ったりとか、そういう文化交流があって。
――― じゃ、もう、ほんとに、すぐに順応するような感じで、やってきたんですね。
ケイコ そうなんですよ。
――― じゃあ、これといってオーディションだから何か準備するとかじゃなくて、自然な感じで。
ケイコ うん、うん、自然な感じで、楽しんでたっていうか。
多少の枠があったほうが、子どもはのびのびできる
――― サラちゃんが、ママは「大概のことはオッケー、ダメとは言わない」と。それは、やっぱり自分の中でポリシーがあるんですか、好きなことをさせたいという。
ケイコ そう。でも、今ちょっと思っているのは、子どもっていうのは枠がないと不安定になってしまうので、もう少し枠を与えてあげればよかったなと思ったりはしてるんですけれど。
――― というのは。
ケイコ モモなんかにも「ママはほんとに何でもやらせてくれて、自分で決めろっていつも言われてきたから、もう少しコントロールしてほしかった」みたいなことを言われて。私もちょっと学習したら、多少の枠があったほうが子どもはその中で安心してのびのびできるみたいで。「ダメ、ダメ」って言わないのはいいかもしれないけれど、その子の才能を伸ばすためにね、でも小さい枠を与えてあげて。
――― なるほどお。例えば、どういうことですか、それは。サラちゃんが言うには、モデルのお仕事のギャランティーも全部自分のものじゃなくて、ちゃんと何に使うかを報告するって。「ママ、これ行きたいんだけど」みたいな、お小遣いみたい感じにしててと。
ケイコ そうそう。そういうのも枠だし、まだ17歳だからそんな自由にはいかないし。
――― ケイコさんの中で、こういうことだったらお金使って、こういうことはちょっと待ってという、何かあるんですか。こういうことだったら使っていいんじゃない、という。
ケイコ うーん。逐一報告してくるんですよ、どこどこでセールで980円だったから、1,000円以下だったら買っていい? とか結構堅実で。
――― へー、かわいい。
ケイコ そう(笑)。でも、小さい枠を与えてあげて、この子はこれぐらいの枠の、もしはみ出そうだなと思ったら、その枠に押し込めるんじゃなくて、その枠をちょっと広げてあげる。そうすると、子どもは自然にのびのびと、自由に、そこを越える努力をする。
電気が消えても、水がなくなっても、当たり前のジャングル生活
――― ジャングル育ちだからなのか、元々の性質なのかどうか分からないけど、サラちゃん、すごくナチュラルで素直ないい子ですね。
ケイコ ありがとうございます。
――― どうしたらあんな子が育つのか、もう、すごく、いい子。
ケイコ ね。
――― だから多分スタッフの人にも大人気だと思うんですけど。
ケイコ あ、ほんと? ありがとうございます(笑)。
――― やっぱりモデルとかやってたら、どんどん、そうは言ってても、環境も変わって、買いたい服も買えるようになるし、周りがみんなかわいいから自分もおしゃれしたいし、いろいろやりたいっていうのを、どうしてそういう堅実のままでいられるのかな。
ケイコ 自分が多分、ものすごくしっかりあるから。それは私もびっくりしたんですけれど、初めてのオーディションの時もそうだったし、初めての撮影の時も、もう自分で全部決めて。
――― わあ、すごいですね。初めから自分で。
ケイコ そう。それは自由にやらせてきたから、そういう自分で考えるっていう習性ができてたのかもしれないけれど、お洋服なんかも自分で決めるから、いろいろ頂いたりするんですけれど、そういうのをあんまり着なくて。で、「ママ買って」って「自分が好きなものがあって」って。
――― でも実際、まだ14歳の子を、最初は東京についていっていたけれども、今は手放すっていうか。それは大丈夫ですか、どういう気持ちなんですか。
ケイコ ハワイ島と東京を、6カ月間通ったんですけれど。月に1回、日本に2週間いて、一緒に来たり帰ったりっていうのを繰り返して、私がちょっと無理だってことで、そして、もうそろそろ1人で行ってもいいかなって。最初は怖かったみたいですけれど、空港に送っていったら、オッケーみたいな感じで。
――― サラちゃんが、「今、お母さんと離れて暮らしているけれど、ママがいつもそばにいてくれるような気がする」と。そして、「ハワイに帰りたくなったら帰ってきてもいいよ」と言ってもらえると。「自分で決めたんだからつらくても帰ってきちゃダメ」「もっと頑張れ」なんて、言わないんですね。
ケイコ 帰ってくるところがあるから、好きなことをしてねと。合わなかったら帰ってくればいい、と思ってる。
――― 「そこにいてくれるっていうのだけで安心感がある」というね。
ケイコ だといいんですけど。
――― 誰もが言われたい言葉を言われて、幸せですね。サラちゃんに、「そんな帰りたい場所であるハワイ島が噴火して、今、大変なことになってるじゃない?」って言ったら、そうなんだけど、小さい時から電気が消えたり水がなくなったり、割と当たり前だったと。
ケイコ 聞きました?
――― 聞きました(笑)。
ケイコ 家のありとあらゆるところに、かわいいキャンドルスタンドがあるんですよ、うちは。そしてキャンドルがいっぱいそこにのってて、エコビレッジにゲストが来てる時に電気がぱって消えたりした時も、子どもたちがさっとライター持ってて、キャンドルに火をつけて、一瞬にして、ロマンティックなキャンドルナイトになるんですよ。
――― その辺の臨機応変さっていうのは、もう培われているってことですよね。
ケイコ そうですね、どこにいてもサバイブできるようにっていう(笑)。
その2につづく
●娘、小林サラインタビュー
その1はこちら
その2はこちら
その3はこちら
その4はこちら