「ゲイとして生きる道を切り拓いてくれた世代に敬意を示したかったんだ」。『スワンソング』に込めた想い。
最愛のパートナーを早くにエイズで亡くし、老人ホームでひっそり暮らすパトリック・ピッツェンガー(通称ミスター・パット)は、元人気ヘアメイクドレッサー。かつての顧客で親友だったリタに死化粧をほどこすという依頼を受けたパットは、わだかまりを残したまま亡くなった旧友の最後の願いを叶えるために、老人ホームを抜け出してリタの屋敷がある町の中心部へと向かう。
ウド・キアーがパットを演じる『スワンソング』(原題:SWAN SONG)は、トッド・スティーブンス監督の故郷オハイオ州の小さな町サンダスキーの実在の人物を題材にしている。
1984年、当時17歳だったスティーブンスは、本作にも登場するゲイバー『ユニバーサル・フルーツ・アンド・ナッツ・カンパニー』で踊るミスター・パットの輝きに衝撃を受けたという。何も恐れず、ありのままの自分ででいいと感じさせてくれた存在なのだ。
次第に美をクリエイトすることへの情熱を取り戻し、自身の人生を見つめ直すことになる毒舌家パットの小さな旅は、エッジが効きつつもハートフル。同時に、80年代から現在に至るまでのゲイ・カルチャーの変化をも映し出してもいる。
自伝的作品『Edge of Seventeen』など、故郷を舞台にした「サンダスキー・トリロジー」を送り出してきたスティーブンスが、13年ぶりの監督作『スワンソング』に込めた想いを聞いた。
「ミスター・パットたちの時代を描く重要性を感じていましたし、パットたちのゲイ世代に敬意を表したかったんです。彼らは我々が生きていく道を切り拓いてくれた人たちですから。パットのことはずっと描きたいと思っていて、『Edge of Seventeen』に主要人物の一人として登場させるつもりだったんですが、ふさわしい俳優が見つからなくて諦めたんです。それに僕の故郷もゲイに対して開かれてきている。その変化もキャプチャーしたかった」
相続問題や子育てなど、同性カップルを取り巻くこの30年余りの社会の意識やゲイの人々のスタイルの変化は、道中でパットが遭遇する人々との会話などで随所に登場。リタがパットと疎遠になった理由にも80年代当時の社会の偏見が映し出されている。そうした描写は、当時のことをすっかり忘れてしまっているほど社会が変わったことを、観客にも改めて気づかせてくれるのだ。
「久しぶりにホームタウンに戻ったパットは、かつては異端の存在だった自分が、今やまったく普通の存在であることにむしろ違和感を感じている。“今の時代において、自分はどうやってゲイとして生きていったらいいのかわからなくなってきた”みたいな台詞が出てくるくらいにね。
そうしたアイデンティティの葛藤や、ゲイという存在がメインストリームになるにつれて消失してきている、ゲイにとって安全地帯的だった場所やコミュニティのこもと描きたかったんです」
愛犬の名はライザ・ミネリ
まさにパットだ、この人は!
そんなパットを演じて、物語をさらに輝かせているのが名優ウド・キアー。近年も『異端の鳥』や『アイアン・スカイ』シリーズなどで異彩を放ってきた個性派俳優の代表作になった。
「このキャスティングは僕のアイディアと言いたいところですけど(笑)、キャスティング・ディレクターのリナ・トッドが薦めてくれました。実際にパットのような人生を歩んできたクィアの俳優をキャスティングするのも大切かもと意識していたこともあって、キャスティングは難航していたんです。
そんななか、リナがベルリン映画祭でから帰ってくるなり、“私、パットに会ったわよ!ウド・キアーならバッチリよ!”って。最初は“えっ、あの悪役ばっかりやるドイツの俳優?”と驚いたんですけど、脚本を送って読んでもらったところ、ウドが住んでいるパーム・スプリングスへ招いてくれた。玄関を開けると、家の中から犬が出てくるんですよ。“愛犬のライザ・ミネリなんだ”っていうわけですね。まさにミスター・パッドだ、この人は!と思いました」
キアーは資金調達のための試作ビデオにも参加。
「その撮影で改めてパームスプリングスに戻って週末3日間くらい一緒に過ごして、信頼関係が築けた。役者からいいパフォーマンスを引き出すには信頼関係が不可欠だと思っているので、僕としてしては大きな布石になりました」
ただ、監督としては、不安を抱かずにいられない要望もあったそう。
ウド・キアーはリハーサルが嫌い
順撮りができるか、何度も確認
「ウドからは“ロケーションを見たい” “老人ホームでしばらく暮らしてみたい”というリクエストがありました。でも、“リハーサルはしたくない”というんです。僕はいつもリハーサルをして撮影してきたので、これはちょっと心配でした。彼はその場を生きるタイプの役者なので、リハーサルをするとそういう魔法が薄れる気がするのでしょう。とにかく嫌がるので、リハーサルはしませんでした。
でも、この映画は順撮りで、撮影初日の1カット目、ウドが老人ホームのベッドで起き上がるところから撮影してるんですけれども、そのシーンを撮影したときに、なんの心配も要らないと確信しました」
順撮りもキアーのリクエスト。
「順撮りにはすごくこだわっていて、“順撮りできるね、大丈夫だよね”と電話してくるんですよね。その翌日もまた念押ししてくる。でも、そうやってキャラクターを創造することができました。最初は抜け殻のような人物が、どんどん生命力を取り戻していく様を描いているので、順撮りにこだわったんでしょうね」
楽曲が見事に権利クリアできた
パットの力が働いたのかな
そんなパットの旅をさらに輝かせているのが、LGBTQカルチャーのアイコンであるジュディ・ガーランドの『The Man That Got Away』をはじめとした楽曲のかずかず。パットの心情と重なるセレクションに、観客も胸の高鳴りを感じるはず。
「音楽は私のインスピレーションの源なので、これらの楽曲を想定して脚本を書きました。僕がパットのドラァグショーを見たときに、彼はシャーリー・バッシーの『This is My Life』を使っていたんです。違うシーンですが、その曲も使っています。脚本を書くときはいつも音楽を聴いていて、その音楽は作品のDNAの中に組み込まれていくんですよね。
今回はジュディやダスティ・スプリングフィールドなど、脚本を描きながら想定していた楽曲が、見事に権利クリアできた。こんなこと、なかなかない。きっと、ミスター・パットの力が働いたんじゃないかな」
パットの家族やサンダスキーの人たちにも支えられた。パットは既に亡くなっているが、遺族は、靴箱に収められたジュエリーや喫いかけの煙草を見せてくれたり、リサーチに協力を惜しまなかった。
「その箱の中にあった指輪をウドにはめてもらおうかと思ったんですが、ウドの指には小さすぎて。でも、パットが遺したゴールドのネックレスを、ウドは撮影中ずっと身につけていました。
地元の人たちも“髪をカットしてもらったことあるわ”とか、“おばあちゃんが通ってたわ”とか、口々にパットの話を聞かせてくれた。おかげで、パットが人生を通して、地元コミュニティの中でいろんな愛を生み出したことがひしひしと伝わってきたんですよね」
「地元の皆さんも低予算映画の私たちを手厚くサポートしてくれて。キャストとスタッフを泊まらせてくれたり、リンダ・エヴァンズさん(リタ役)の棺は葬儀屋さんが無料で貸し出してくれたり。いろんな小道具大道具を貸してくれた。
英語には“You can’t go home.”という、故郷に戻ろうとしても、そこにはあなたの思い描いていた故郷はないみたいな言い回しがあるんです。でも、今回、僕は故郷に戻れたと感じられた。素晴らしいヒーリングになりましたね」
(c)2021 Swan Song Film LLC
『スワンソング』
シネスイッチ銀座、シネマート新宿、アップリンク吉祥寺ほか公開中。全国順次公開。