「資産寿命」についてまとめた話題の金融庁報告書、もう投資を嫌がってはいられない
◆「報告書」で書かれていること
5月22日に原案が提出された金融審議会市場ワーキング・グループの報告書「高齢社会における資産形成・管理」ですが、ほぼ原案どおりの内容で6月3日に公表されました。
原案が発表されて以降、様々な取り上げ方がされて話題になっているこの報告書。
内容の骨子は、「長寿化が進む中、資産形成・管理において、資産寿命を延ばす観点から、広く国民が知っておくことが望ましい事項」というもので、現役期、リタイア期前後、高齢期の3つのライフステージ別に、どういったことに留意すべきかなどが述べられています。
たとえば、現役期は「少額からでも長期・積立・分散投資の行動を起こす」といった具合です。
そうすべき理由のひとつのが、高齢夫婦無職世帯の平均的な毎月の赤字額は約5万円で、老後資金の不足額は20年で約1300万円、30年で約2000万円になるという予測です。この赤字分は保有している金融資産を取り崩して埋めることになるため、早いうちから資産形成しておく必要があるというわけです。
また、退職金制度について、2018年には約80%の企業が採用しており、退職金額は平均で1700万円~2000万円程度となっているものの、今後は退職金制度の採用企業数や退職給付額の減少傾向が続く可能性があると予測しています。退職金を当てにしての老後資金設計が難しくなるということです。
そして公的年金については、「公的年金制度が多くの人にとって老後の収入の柱であり続けることは間違いない」と述べつつ、原案では「年金の給付水準が今までと同等のものであると期待することは難しい」としていました。現在の年金受給者と同じレベルの生活を送るには、自己資金でカバーすべき部分が多くなるということです。
この記述に「年金制度を維持できないことを国が認めた」、「老後資金を自己責任で貯めろと言っている」といった過剰反応があったことから、3日公表の報告書では「年金制度の持続可能性を担保するためにマクロ経済スライドによる給付水準の調整が進められることとなっている」というマイルドな表現に修正されています。
いずれにせよ、資産形成・管理について個人が意識を高めていくことの必要性は、今に始まったことではありません。全体を通して書かれている内容には「今さら感」が満ちているのですが、報告書のかたちで明文化されたことには意義があると言えるでしょう。
◆平均値などのデータが当てはまるとは限らない
この報告書を受けて、私たち生活者は何をどうすればいいのでしょうか。まず、目に入ってくる平均値などの数字に引き摺られないよう注意しましょう。
報告書の「高齢夫婦無職世帯の平均的な毎月の赤字額5万円」は、総務省が行う「家計調査報告(家計収支編)」が元になっています。私も毎年チェックしているデータですが、例年5万円前後の赤字という結果が続いているのは確かです(2月発表の2018年の数値は約4万2000円の赤字、ちなみに単身世帯は約3万9000円の赤字)。
しかし、こういったデータは多くのケースの平均値であり、ひとつひとつの家庭の事情は違っています。目安にはできますが、わが家に当てはまるかどうかは何とも言えません。
大切なのは、わが家の場合はどうなのかを具体的に探ることです。平均やモデルケースの数値が一人歩きすると、過剰な不安を抱いたり、逆に楽観的になりすぎたりで、ミスリードされる可能性があります。
平均で1700万円~2000万円程度という退職金についても、リタイアが近い世代はわが家の場合はいくらなのか、前もってリサーチしておく必要があるでしょう。もしかしたら、老後の赤字をかなりカバーできる金額かもしれないし、期待より少ないかもしれません。老後のプランを左右する重要な情報です。
報告書によると、退職金の給付額を把握した時期について、約3割が「退職金を受け取るまで知らなかった」、約2割が「定年退職半年以内」と回答したとしており、多くのケースで退職金を活かした老後資金プランを前もって立てていない様子がうかがえます。
◆家計の黒字化で積立額を増やす
いずれリタイアを迎える現役世代は、今後のライフプランを具体的に描いておき、そのライフプランに向けて資金準備がうまく進められるよう、計画的に家計管理を行うことが必須です。
ライフプランについては、たとえば、リタイア後はどこで暮らすか、どんな時間の過ごし方をしたいか、大きなお金が必要になるとしたらどんな事柄かなどです。どのような暮らしを望むかを夫婦で話し合い、共有しておくことが大切。資金準備は夫婦で協力して進めていく必要があるからです。
リタイアは遠い先という若い世代の場合は、老後をイメージするのは難しいと思うので、具体的に描ける範囲でのライフプランを時間経過とともにつなげ、将来に向かっていくということでかまいません。なかなか計画通りに行かないのが人生ですが、かと言って、何の青写真もなしに行き当たりばったりで進むと、先々の不安要素となります。予測できる範囲でプランを立て、修正していけばいいのです。
そして、資金準備を進めるために大事なのは、現在の家計収支の把握と管理です。当たり前ですが、家計収支の黒字額が多いほど貯蓄に回すことができます。単なる倹約ではなく黒字を増やすためにも、支出項目を予算化するなど計画的に管理し、使途不明金が発生しないように努めましょう。
家計収支がしっかり把握できていれば、リタイア期が見えてきた頃には、年金生活に入った後のわが家の赤字額もほぼ予測できるようになっているはずです。貯まった資産をどう使うかのプランも、具体的にイメージできるようになるでしょう。
ところで、家計の黒字額を貯蓄していく場合、報告書にも明記してあるように、一部はつみたてNISAやiDeCoに代表される投資信託での「長期・積立・分散投資」が望まれます。利息の決まった預貯金は元本も安全で安心感はありますが、預貯金だけでは増え方に限界があります。預金金利ブラスαの利回りが期待できる投資商品を資産の中に取り入れることで、資産全体の底上げを図ることができます。
◆金融リテラシー向上で生活を守る
そこで求められるのは、各自が金融リテラシーを高めることです。投資に不慣れな人にとっては積立投資もハードルが高く感じられますから、まずは投資に対するネガティブなイメージをなくし、始めるにあたって基礎的な知識を持っておく必要があります。
報告書には金融リテラシー向上について、関係省庁・企業・機関・地方公共団体等にセミナーなどの取り組みの工夫・強化を期待する旨が記されていますが、生活者が興味を持ってそれらの取り組みにコミットしなければ、なかなか自分のものとすることはできません。地域や職場で資産形成・管理に関わるセミナーなどが開催される場合、知っておくべき生活情報という感覚で積極的に参加することをお勧めします。
理想を言えば、趣味のように金融・経済の動きを追いかけるのが面白くなり、自分で資産形成のための金融商品を選べる力が付くことです。しかし、多くの人にとって金融・経済は専門外でしょうから、そこに割ける時間や労力には限りがあります。
そのため報告書でも、「個々人に的確なアドバイスができるアドバイザーの存在が重要」としています。アドバイザーとなりうる主体として、原案にはなかった「投資助言・代理業、金融商品仲介業、保険代理店やフィナンシャルプランナーなど」が報告書に盛り込まれました。アドバイスを求める相手について具体的に示されたことは、生活者にとっても参考になると思われます。
とはいえ、販売商品を持っているアドバイザーにアドバイスを求めれば、商品の見込み客として見られることに留意が必要です。金融サービス提供者については、報告書にも「顧客本位の業務運営」が謳われていますが、中には顧客の利益より自分の売上げを優先するアドバイザーがいないとも限りません。
本当に自分に合ったアドバイスがなされているのか、勧められた金融商品はライフプランに沿っているのか、同内容の金融商品と比較して手数料などのコストは割高でないのかなど、必要最低限のことは見分ける力が必要です。
個人が金融リテラシー向上に取り組むことは、将来の生活を守ることにつながると考えるべきでしょう。