Yahoo!ニュース

カタールW杯、森保ジャパンは本当に長谷部誠を招集しなくていいのか?

小宮良之スポーツライター・小説家
長谷部の代表最後の試合(写真:ロイター/アフロ)

 長谷部誠(フランクフルト)は10月12日のチャンピオンズリーグ、トッテナム戦で膝を怪我して戦線離脱している。内側側副靱帯損傷で、全治は発表されていないが、一般的には3~4週間か。

 つまり、11月1日のW杯日本代表メンバー発表には復帰が間に合わず、大会キャンプにギリギリと言ったところか。今シーズン、序盤のチャンピオンズリーグでの活躍もあって、代表復帰がわずかながら現実味を帯びていたが…。

「代表の線は消えた」

 それが一般的な見方だろう。「これまで招集した選手で選ぶ」と森保一監督も明言。そもそも、長谷部は2018年のロシアW杯後に代表を引退している。

 しかしカタールW杯に向け、森保ジャパンは本当に彼の力を借りないでいいのか?

長谷部の戦術能力は不世出

「長谷部誠は代表に復帰すべきで、周りは引退を撤回してもらえるように“三顧の礼”を尽くすべき」

 筆者はこの1年、ずっと訴えてきた。

https://news.yahoo.co.jp/byline/komiyayoshiyuki/20220401-00289116

 しかし、そのたびに「リーダーシップや経験がありますもんね」という解釈をされるか、「リーダーシップや経験は川島永嗣、吉田麻也、あるいは長友佑都で十分では」と勝手に反論される。無論、リーダーシップや経験は期待したい。

 だが、本当に求めていたのは、単純な戦力としての価値だ。

 ブンデスリーガ、フランクフルトに在籍する長谷部は38歳になる。控えめに言っても、かなりのベテラン選手と言える。本人も次世代に引き継ぐように、ロシアW杯後、代表引退を発表している。

 しかし、その戦術的センスは欧州トップリーグで今も屈指で、むしろ極まりつつある。常に状況を理解し、事前にポジションをとって、味方を補完。チーム全体にアドバンテージを与えられるクレバーさだ。

https://news.yahoo.co.jp/byline/komiyayoshiyuki/20180524-00085529

 今シーズンは好調で、ブンデスリーガでの出場時間も増えていた。欧州チャンピオンズリーグ、マルセイユ戦では見事に味方を操って、完封勝利に貢献。また、トッテナム戦では世界有数のFWハリー・ケインと堂々渡り合っている。まさに「皇帝」の存在感で、彼ほど戦い全体をマネジメントできる日本人選手は一人もいない。

 不世出のレベルだ。

3バックのリベロ起用を望む

 肉体的な衰えは否定できない。かつてのように90分間、中盤に君臨するのは厳しいだろう。一方、フランクフルトで任されている3バックのリベロは天職と言える。その戦術眼が際立つのだ。

 長谷部はもともと、屈強でもスピードスターでもない。彼が極めたのは「フットボール」そのものである。ボールゲームを行う中、少しでも味方が有利になるような一本のパスの精度やタイミング、然るべきポジショニングで、チーム全体を制御できるようになった。彼がピッチに立つことで不思議とチームは落ち着くのだ。

 昨シーズンは、ヨーロッパリーグ決勝で味方のケガで急遽、3バックのリベロで登場しているが、すぐに試合の流れに適応した。巧みにラインをコントロール。むしろチームの動きを改善させ、戴冠に大きく貢献している。

 長谷部を待望する理由は、W杯が短期決戦の濃密日程にもある。

 グループリーグ3試合、同じ陣容で戦うのは難しい。消耗は激しく、どこかでターンオーバーが必要になる。事実、日本がベスト16に勝ち進んだ時には、2010年の南アフリカ、2018年のロシアW杯と、2試合目のメンバーをほとんど総入れ替えしていた。それによって、グループリーグを勝ち抜くパワーが出た。

 東京五輪はW杯ほどハードな大会ではないが、グループリーグ3試合をほぼ同じ先発メンバーで戦った日本は、それ以降、急激にパワーダウンしていた。W杯だったら、3試合持たない。4−3−3か、4−2−3−1か、で同じ選手を当てはめるのではなく、別のシステム、別の選手で組む戦い方を他に用意すべきだ。

 その点、長谷部は切り札になる。フランクフルトでの3−4−2−1を当てはめると、全く新しいチームになる。「一度もやってないシステムを運用できない」という意見もある。しかし所詮、代表チーム同士の戦いは戦術的にクラブチームほど成熟していない。偉大な戦術家、アリゴ・サッキでさえイタリア代表を率いたアメリカW杯で、最後はロベルト・バッジョとフランコ・バレージに丸投げだった。

 結局、選手が戦術を運用するのだ。

 2002年日韓W杯は松田直樹などディフェンス陣がフラットスリーを捨てたし、2010年南アフリカW杯でも、選手たちの申し出で大会直前に戦い方を変更した。また、2018年ロシアW杯は西野朗監督が就任まもなくで、そもそも選手の自主性が促されていた。この3大会、どれもベスト16への道を切り拓いているのだ。

長谷部を外す理由はない

 長谷部は森保ジャパンでプレーしていないが、即席でも十分にシステムを運用できる。繰り返すが、彼の戦術眼は恐るべき境地にある。

 今の代表選手はほとんどが欧州組だけに適応力が高く、3バックをやったことがない、という選手も少ない。それぞれの立ち位置での仕事は、即座に理解できるだろう。選手同士の相性や連携度の問題はあるが、日本人選手は協調性も高く、外国人同士で合わせてきた選手にとって、そこまでの難問ではない。

「それでも故障明け、プレーできるか不透明で選出はナンセンス」

 その意見も道理だろう。しかし、彼のようなベテランは自らの肉体を知っているし、最善を尽くせる。十分、大会には間に合う。そして、たとえピッチに立てなかったとしても、なんだというのか。「その経験の豊かさだけで貴重」でもいいのではないか?

 今回のW杯は、これまでの23人ではなく26人を選出できる。リアルタイムで欧州の最前線で活躍している長谷部を外す理由はあるのか?11月、フランクフルトの日本ツアーに帯同予定という契約問題はあるのかもしれないが、今は”国難”である。そこで代表復帰を懇願することこそ、W杯に向かう森保監督の仕上げの仕事ではないのか。

 そもそも、ディフェンス陣はスクランブル態勢になりつつある。

 吉田麻也のパフォーマンスは、この1年で下降線に入っている。勝負所で仕上げていくだけの経験を持ち合わせているが、やや不安は残る。板倉滉は著しい成長を見せていたが、ケガからの復帰でほとんどぶっつけ本番。また、冨安健洋の実力は群を抜いているが、連戦ではケガの懸念が増す。盤石な陣容とは言えない。

 長谷部は切り札になる。

 招集の可能性は低いだろう。しかし、ここで長谷部を選べるようなら、森保監督の決断を個人的には称賛したい。11月1日、運命のW杯メンバー発表だ。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

小宮良之の最近の記事