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もし長谷部が万全ならハリル解任もなかった?誰が監督であれ、最高の「ピッチの指揮官」

小宮良之スポーツライター・小説家
W杯で対戦するコロンビアのエース、ハメスと対峙する長谷部誠(写真:アフロ)

 ロシアワールドカップを戦う日本代表のキーマンは誰か?

 長谷部誠である。

 それ以外には考えられない。

 戦術的に日本代表を回しているのは、長谷部のインテリジェンスである。彼そのものがチームの頭脳。綻びを直し、勢いを強める、全体の動きを調整する力を持っている。

ドイツカップ決勝で見せたインテリジェンス

 ピッチの指揮官としての存在感が、如実に出た試合があった。

 ドイツカップ(DFBポカール)決勝、バイエルン・ミュンヘン戦。長谷部は玄人を唸らせるユーティリティ性を見せている。4-4-2のボランチとしてスタート後、ビルドアップに固執する相手が嫌がるプレッシングをタイミング良く仕掛けながら、ラインを上げる一方、つながれるとじりじりと下げ、ブロックの中心で攻撃を受け止めた。ラインを下げすぎず、ブロックの中心で、守備を撓ませていない。

 後半途中からは、相手のサイド攻撃が激しくなったことで、チームが5バックを選択。長谷部はリベロとしてバックラインに入る。ポジションの綻びを調整。右サイドのキミッヒからトリソに入った決定的シュートの場面では、俊敏なカバーリングでピンチを防いだ。

 そして終盤、フランクフルトは一つ前でボールを奪い、パワープレーを防ぎ、カウンターを発動させる戦術を選択。長谷部は5-3-2の中盤アンカーにポジション変更している。決勝点を挙げたシーンでは自陣右サイドで相手を追い込むと、長谷部がボールホルダーのハメス・ロドリゲスの背中に体を当て、ボディバランスを崩す。そのこぼれを味方が拾い、一気に裏へのカウンターを仕掛け、走り勝ったFWがGKの鼻先を破った。

 フランクフルトは強豪バイエルンを3-1と破って戴冠。その戦いの中心にいたのは紛れもなく長谷部だった。コロンビア代表エースであるハメスを籠絡したシーンを、ワールドカップで再現できたら――。

 どうしても、そんな想像を巡らせてしまうのだ。

長谷部のサッカーIQの高さ

 長谷部は所属するフランクフルトでは、4バックのダブルボランチ、3バックのリベロ、3、4バックのアンカーなど様々なポジションを担当している。これはサッカーIQの為せる業だろう。本職はボランチだが、右サイドバックやセンターバック、さらに攻撃的MFとしてもプレー。戦術理解度が突出して高いことで、どんなポジションでも役割をすぐさま果たせるのだ。

 いかなるシステムにもフィットし、周りの選手の良さを引き出せる戦術的プレーヤーで、ここまで賢い選手は世界を見渡しても少ない。

 ハリルJAPANのベストゲームの一つである一昨年10月のオーストラリア代表戦でも、長谷部は戦術の指揮棒を振っている。FW、MF、DFという3枚のラインを緊密に保ち、相手ボールの出所を塞ぎつつ、難しいと判断した場合はいなすようにラインを下げた。そして集中的守備によって、相手の攻撃を吸収。焦りを見せたところでボールを奪い、長谷部はダイレクトパスでカウンターを発動させ、原口元気が得点を決めた。

 長谷部がいることは、日本のアドバンテージである。

「いい守りはいい攻撃を生み出す」

 それは戦術論の基本だが、長谷部はその軸となって攻守を旋回させられるのだ。

長谷部が万全なら、ハリルの解任はなかった

 長谷部の影響力の大きさは、不在によって顕著に出る。

 長谷部が欠場した昨年の試合、ハリルJAPANのパフォーマンスは極端に低下している。昨年3月のUAE、タイ戦は勝利を飾ったものの、プレーは低調で戦術的に破綻しかけた。「縦に速く」「デュエルの激しさ」という二本立ての戦術要旨が、あらゆる局面で裏目に出ている。昨年6月、シリア、イラク戦、9月のサウジアラビア戦 10月のハイチ戦などはいずれも勝ちきれず、攻守はちぐはぐだった。

 昨年8月、日本がW杯出場を決めたオーストラリア戦で、長谷部は無理をして出場し、日本は苦しみながらも2-0で勝利している。

 もし、長谷部がケガで戦列を離れていなかったら――。ハリルJAPANはここまで下降線を描くことはなかっただろう。そしてヴァイッド・ハリルホジッチ解任にも至らなかったかもしれない。

「コミュニケーション不足」

 それが解任の理由と言われるが、長谷部はハリルホジッチの戦術的意図を一番に汲んでいた。実際、一昨年末までチームは戦術的に上向いている。中心選手の不満を抑えられるだけの求心力もあった。

 協会内で孤立していたハリルホジッチ監督にとって、長谷部は命脈だったのだ。

誰が監督であれ、「ピッチの指揮官」長谷部次第

 その意味で、西野朗監督が指揮をとることになった今も、日本が「長谷部次第」なのは変わらない。戦術的な機転の良さと熟練ぶりは圧倒的。例えば一本のパスの精度の違いで味方は時間的猶予を得られるし、適時にカバーへ回ることで空間的に有利にしている。周りを補完し、引き立てる。彼の代役は見つかっていない。昨年11月の欧州遠征、ベルギー戦では山口蛍が及第点のプレーを見せたが・・・。

 逆風にある日本代表をポジティブに捉えるとすれば――。それはドイツカップ王者になった長谷部のコンディションが良好な点だろう。

 戦力低下が懸念される日本代表だが、実力者はいる。トルコリーグ王者の長友佑都、ヨーロッパリーグファイナリストの酒井宏樹、プレミアリーグで鎬を削る吉田麻也、岡崎慎司、リーガエスパニョーラで高い評価を受ける乾貴士、フランス、ドイツの1部クラブで主力を張る川島永嗣、大迫勇也。彼らの能力を引き出せれば、誰も恐れる必要はない。

 長谷部は選手の力を引き出せる。誰が監督であれ、彼がいたら少々の困難は克服できる(今年3月のマリ、ウクライナ戦は、チーム全体の士気があまりにも低かった)。日本には「ピッチの指揮官」がいる。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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