観光地は自然災害で死者を出すな(有珠山噴火の場合)
有珠山噴火の歴史
北海道南部の洞爺湖の南に位置する有珠山は、約2万年前に形成され、今から約7000年前の噴火から寛文3年(1663年)の噴火まで活動を休止していました。
その後、何回か噴火がありましたが、明治43年(1910年)の噴火活動により洞爺湖畔で温泉が湧出し、これが洞爺湖温泉の始まりとなっています。
有珠山は、噴火に伴って溶岩ドームによる新山を形成すること、噴火前には地殻変動や群発地震が発生するという特徴があり、これは粘性の高いマグマによるものです。そして、噴火を繰り返す周期が短く、比較的「噴火予知のしやすい火山」であるとされています(図1)。
昭和新山と有珠新山
有珠山の東麓では、太平洋戦争中の昭和18年(1943年)末から地震が続き、昭和19年(1944年)6月23日に水蒸気爆発が発生し、その後も爆発を繰り返しています。そして、溶岩ドームが成長を続し、標高は400メートルを超えて昭和新山となっています。
昭和52年(1977年)の噴火は、8月7日に山頂カルデラや小有珠斜面から噴火が始り、火口周辺地域のハイキングコースや牧場などに多量の軽石や火山灰が堆積しています。
このときに出来たのが「有珠新山」です。1年前まで勤務していた函館海洋気象台の職場の旅行会で噴火した場所を散策していますので、特別に自然の驚異を感じました。
昭和新山のときも、有珠新山のときも、噴火が差し迫っていることはある程度わかっていましたが、噴火の直前予知はできませんでした。
噴火前に緊急火山情報を発表
有珠山では、平成12年3月27日からの火山性地震が発生し、3月29日に室蘭地方気象台から緊急火山情報第1号が発表されています(表)。
現在とは情報の出し方が多少違いますが、人命に関わる噴火発生を知らせる緊急火山情報が、噴火前に発表された初めての例です。
これを受けて壮瞥町、虻田町(当時、現在は洞爺湖町)、伊達市の周辺3市町では危険地域に住む1万人以上の避難を開始しています。被害地域の住民の多くは昭和18年や昭和52年の噴火を経験した人が多く、ハザードマップの作成や、防災教育、防災訓練が実感をもって行われていたのが、円滑な避難につながりました。
緊急火山情報発表後の3月31日午後1時7分、国道230号線のすぐ横の西山山麓から最初のマグマ水蒸気爆発がおき、火口上空3500メートルまで噴煙があがっています。
災害発生直後に大臣等の責任者が視察するということが多いのですが、このときは、大災害の発生が危惧され、二階俊博運輸大臣と山本孝二気象庁長官が現地で陣頭指揮をとっている最中の噴火です。運輸大臣と気象庁長官は、噴火の瞬間をヘリコプターの中から目撃しました。
当時、気象庁企画課で防災対応の支援業務をしていましたが、大臣があわただしく打ち合わせで気象庁にやってきて、火山業務を行っている現場を視察し、関係者に大きな声で激励をし、あわただしく現地に向かっていったという、トップダウンでの素早い意志決定と行動が記憶に残っています。
死者は出さない
4月1日には北海道洞爺村洞爺湖温泉街に近い有珠山麓に新しく口を開いた噴火口から、黒い噴煙が立ち上りました。
噴火直後より、内閣安全保障・危機管理室からの要請で札幌行の特急列車の運行を打ち切り、その列車を洞爺駅へ回送させ、これを虻田・豊浦町民を長万部町へ移送する等の避難列車としています。
被害地域の住民の多くは前回、前々回の噴火を経験した、あるいは年長者から伝え聞いたことのある人が多くいました。
また、近い将来発生するということから周辺市町のハザードマップの作成が行われ、防災教育や防災訓練が実感をもって行われていました。
このことが、あれほどの火山災害なのに人的被害がでなかったことにつながっていると思います。
「死者0」が早い観光の復興に貢献
平成20年(2008年)7月7日から第34回主要国首脳会議が洞爺湖町(虻田町と洞爺村が合併して誕生)で開催され、福田康夫内閣総理大臣、サルコジ仏大統領、ジョージ・ブッシュ米大統領、ブラウン英首相など世界の要人が集まっています。洞爺湖町での開催は、火山噴火で死者がでておらず、防災対応で被害が最小限に抑えられ、素早い復興があったことを背景に、日本の防災力をアピールする狙いもあったとの見方があります。
観光業に携わる人の「死にそうだった」という話は、観光客にとって興味ある話題です。実際には死んでいない人の「死にそうだった」という苦労話や、災害の痕跡は観光資源に変わります。有珠山周辺の火山噴火の痕跡は、「洞爺湖有珠山ジオパーク」となり、日本初の世界ジオパークに認定され、大きな観光資源となっています。
しかし、実際に死者が出ていると、楽しい旅行にはなりません。早い観光の復興に貢献するのは「死者0」という言葉です。
観光業に携わっている人は、自然現象による死者を出してはいけないのです。
火山噴火時の予知
マグマは、岩盤の割れ目など、上昇しやすいところから上昇してきます。昔、マグマがとったところは岩盤が弱くなっているところですので、同じような場所から噴火が起きやすいといえます。
マグマが小さな隙間を押し分けて上昇するときは、地震や微動等の前兆現象がありますので、居住地域に影響を与えるような大規模な噴火に不意打ちはありません。
気象庁では、各地の火山で、関係機関の協力の下、地震計や遠望カメラなどを設置し、火山活動の監視・観測を行っています(図2)。そして、少しでも異常を感じたら観測を強化し、素早く情報を発表しています。
ただ、山頂の火口付近での小規模噴火(水蒸気噴火)は、前兆がないか、あっても直前で予測が困難です。
平成26年(2014年)9月27日の御嶽山(長野・岐阜県境)噴火や、平成30年(2018年)1月23日の草津白根山(群馬県)噴火は水蒸気噴火で、マグマの上昇による噴火ではないため、予知はできませんでした。
山で異変を感じたらすぐ下山が必要です。噴石がとんできたら、すぐにシェルターや岩陰に避難し、珍しい現象だからといってブログ用の写真をとっていると逃げ遅れます。
火山噴火時の対応
火山近くに住む人は、日頃からハザードマップを見て、どのような危険性があるのかを知っておき、危険との情報があったら迅速に避難です。津波のように一秒を争ってではありませんが、各種防災機関や報道機関は普段通りに機能していますので、情報をしっかり入手し、落ち着いて行動をとる必要があります。
火口から離れて住んでいる人でも火山灰に注意が必要です。噴火の規模が大きければ火山からかなり離れていても降灰等が飛んできます。気象情報に注意し、火山灰が飛んでくるときには、洗濯物を外に干さないとか、外出時にはマスクをするなどの対策が必要です。
図の出典:気象庁ホームページ。
タイトル画像、表の出典:饒村曜(2000)、地震のことがわかる本、新星出版社。