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トランプ米大統領が選挙での敗北を頑なに認めないなか、シリアに駐留する米軍が撤退を開始か?

青山弘之東京外国語大学 教授
シリア人権監視団、2020年11月15日

米大統領選挙は民主党のジョー・バイデン候補(前副大統領)が現職のドナルド・トランプ大統領を下した。投票時の不正を理由にトランプ大統領が敗北を認めようとしないなか、米国の安全保障政策に混乱、さらには空白が生じるのではとの懸念が出始めている。

こうした懸念を強めるような動きがシリアで出始めている。

シリア駐留部隊がイラクに移動

英国を活動拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団、反体制系サイトのOrient.net、そしてAlkhaboutr.comによると、シリア北東部のハサカ県に駐留を続けている米軍部隊が11月14日と15日、イラクに向けて移動を始めたというのだ。

米国は、イスラーム国に対する「テロとの戦い」と油田防衛を口実に、クルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局や、クルド人民兵組織の人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍の支配下にあるユーフラテス川東岸(ジャズィーラ地方)の各所に基地を設置し、部隊を駐留させている。

シリア領内に違法に設置されている基地の数は14に及ぶ(なお、このほかにもイラク、ヨルダン国境に近いヒムス県南東部のタンフ国境通行所にも米軍が駐留している)。

筆者作成
筆者作成

撤退が伝えられたのは、ハサカ県シャッダーディー市とマーリキーヤ市の近郊の基地に駐留していた部隊。車列を連ねてチグリス川河畔のスィーマルカー国境通行所(あるいはワリード国境通行所)を経由し、イラク領内(イラク・クルディスタン地域)に向かったという。

イラク領内への部隊の移動が、撤退なのか単なる交代なのかは現在のところ不明だが、シリア人権監視団が公開したビデオ映像(https://www.syriahr.com/wp-content/uploads/2020/11/Untitled-Project25.mp4?_=1)には、車列を護衛するヘリコプターが上空を旋回するなか、MRAP(耐地雷・伏撃防護車両)多数が移動する様子が映っている。

Orient.netは、イラク領内に向かった米軍兵士は50人、装甲車は70輌に達していると伝えている。

トランプ政権任期終了までに撤退か?

シリア駐留部隊の移動は、トランプ大統領が11月9日にマーク・エスパー国防長官を解任し、国防長官代行に国家テロ対策センター長のクリストファー・ミラー氏を任命、11日にダグラス・マグレガー退役大佐が国防総省上級顧問への就任が発表された直後に始まった。

マグレガー氏は、シリアやアフガニスタンからの米軍部隊撤退を強く主張していた人物として知られている。米国の一部メディアは、この人事に関して、レイムダックとなったはずのトランプ米政権が、任期終了までにシリアを含む中東地域から撤退する意思を示したものなどと伝えていた。

なお、トランプ大統領は2018年12月と2019年10月にシリアからの米軍部隊の撤退を決定したが、いずれも事実上撤回され、今日に至っている。

残留への意思表示と提言

むろん、駐留継続への意思表示もなされている。11月15日、デヴィッド・ブラウンタイン国務省シリア問題担当副特使が、ハサカ県を訪れ、シリア民主軍のマズルーム・アブディー総司令官と会談したのだ。

会談の内容は不明だが、アブディー総司令官はツイッターで次のようなコメントを書き込んでいる。

ブラウンタイン副特使をお迎えできて光栄です。我々は、すべてのシリア人が平和と自由を享受する未来についてのヴィジョンを共有している。我々は、すべてのシリア人同胞とともに活動し、共通の課題を克服し、この目的を達成することを心待ちにしている。

また、11月7日に米国務省シリア問題担当特使職を辞したジェームズ・ジェフリーは12日にニュース配信サイトのDefense One(11月12日付)のインタビューに応じ、トランプ米政権の対中東政策を「リアルポリティック」だとして高く評価したうえで、バイデン次期大統領にトランプ政権と同様の政策を継続するよう提言した。

インタビューのなかで、ジェフリーは次のように述べ、トランプ政権を偽り、説得することで米軍部隊をシリアに駐留させることで、成功を収めたと主張している。

我々はいつもシェル・ゲームを行い、我々が何人の兵士をそこに派遣しているのかを指導部に明かさないようにした…。シリア北東部に駐留する実際の兵士の数は、2019年にトランプ大統領が最初に撤退に同意した時にいたとされる約200人よりもはるかに多かった。

(トランプ大統領によるシリア駐留部隊の2度にわたる撤退決定とその撤回は)政府で務めていた私の50年間のなかでもっとも物議を醸したものだった…。しかし、それは、米軍が今もシリアで任務を続け、ロシアとシリアの領土獲得を拒否し、ダーイシュ残党の再生を阻止しているという点で、最終的にはサクセス・ストーリーだった。

シリアからの撤退とは何だったか? シリアからの撤退など起こらなかった…。ダーイシュを敗北させ、シリア北東部の状況がかなり安定すると、(トランプ大統領)は撤退させようとした。いずれの場合も、我々はなぜ駐留を継続する必要があるのか…を説得し、我々はいずれも成功した。それがストーリーだ。

アサド大統領の発言

シリアのアサド大統領は10月8日にロシアのRIAノーヴォスチが放映したインタビューのなかでこう述べていた。

我々は通常、米大統領選挙で(選ばれる)大統領に期待はしない。彼らは行政担当者に過ぎない。なぜなら「会議」があるからだ。この「会議」は、圧力団体、銀行、武器製造業界、石油業界などの大企業によって構成されている。行政担当者には(政策を)見直す権利も権限もなく、行政を執行することしかできない…。

トランプはいかなる時も行政担当者に過ぎない…。政策変更について話すのであれば、「会議」がある…。行政担当者は代わるが、「会議」はそのままだ。だから、何も期待はしない…。

ジェフリー、そしてアサド大統領の言葉を聞く限り、米国での政権交代、そしてそれに伴う混乱が、米国のシリアに対する貪欲さを変えることはなさそうである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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